第9話 もう弟でいいや

 ひと段落を付けた俺と宝田さんは、徒歩で現場を後にした。

 道路には破壊跡へと向かうように消防車やパトカーが行き来して、けたましいサイレンを鳴らしている。俺がそれを眺めている内に、宝田さんの家が前方に見えてきた。


「ここが私の部屋だよ」


 家に入ってから、早速彼女の部屋に案内される。

 目の前に広がっているのは、創作の中でしか見られなかった女の子の部屋。前世で赴く事も叶わなかった侵されざる聖域だ。


 すごくいい香り……。女の子の部屋、こうなっているのか……。


「どうしたの?」


「部屋綺麗だなって。にしても怪獣が好きなわりにはそれっぽいのがないね」


 キョロキョロ見回しても、ぬいぐるみとか化粧品とかそういう女の子っぽいのしか見当たらない。

 すると高田さんがクローゼットへと向かい、そこを開けたのだ。


「こっちこっち」


 クローゼットの中にタンスがあって、その中を見るよう手招きしてくる。

 お言葉に甘えて覗いてみれば、怪獣のソフビがいっぱい置いてあるではないか。


「おお……すごいな」


 ただそこは異世界からなのか、前世では見た事ないような怪獣ばかりだった。恐らくこちらの世界なりに色んな特撮シリーズがあるのだろう。


 それにこうして隠しているという事は。


「人の目……ってやつかな。ここに入れているの」


「そうだね。両親にも内緒にしているから、この趣味」


「そっか。そういえばご両親見当たらないけど、しばらく帰ってこないの?」


「うん。中3の頃からかな、仕事の都合で数ヶ月帰ってくるか来ないか。だからといってソフビを出していたらバレそうで怖いけどね」


「……大変なんだな」


 女の子が怪獣を趣味しているというだけで、偏見を持たれるのは想像に難くない。

 宝田さんは相当、居心地の悪さを経験した事だろう。


「悠二君を生み出したのも、その影響があるかもね」


「俺?」


「うん、最初『人間に変身できる怪獣』って作れるかなぁって好奇心からだったんだけど、もしかしたら弟が欲しかったってのもあったと思う。私1人っ子だからさ……あっ、たまにリモートで両親と話しているし、仲は悪くないよ? その辺は心配しないで」


 必死に取り繕う宝田さんだが、その顔には少しの寂しさが浮かんでいる。

 少なくとも俺には分かった。


「でもやっぱり、誰かにこの趣味を分かち合えたらいいなって……。そうなると弟の事が頭に浮かんできて、悠二君を生み出した……のかも。うん、我ながらちょっと気持ち悪いね。ハハ……」


「――そんな事!」


 苦笑しながらのその言葉。それが聞き捨てならなかった。

 俺が声を張り上げると、それまで自嘲気味だった宝田さんが驚いた目をしてくる。


「あっ、いや、何というか……女の子が怪獣好きなのは悪い事じゃないし……俺は別に嫌いじゃないよ、そういうの」


 本当は「好きだよ、そういうの」と言いたかったが、それだと告白(からの玉砕フラグ)になりかねないので踏みとどまった。

 ともかく彼女が俺を弟のように扱う理由がよく分かった。そして俺はそれに応えなければならない。


 慰めたい一心で、必死に足りない頭で言葉を紡ぎ出した。


「こんな俺でよければ、その趣味について語り合いたいな。俺も怪獣とか好きだから、すぐに馴染むと思う……よ」


「……悠二君」


 こちらをじっと見つめてくる宝田さん。

 少し余計なお世話だっただろうか。そう思った時、彼女の口元が微笑むのが分かった。


「あなたを弟にしてよかったな……」


「……まぁうん。なんかませた弟だって我ながら思うけど……」


 自嘲しつつ頭をかいてしまう俺。

 その間、宝田さんがこちらへとやって来て、


「でもありがとう……嬉しいよ」


「……!」


 俺の頭を豊かな胸へと引き寄せ、抱き締めてくれた。

 全てを包み込んでくれるような胸の柔らかさ……。こんなものが顔中に広がっているのだから、自然と身体が熱くなる。しかし悪くはなかった。


 俺も……宝田さんの弟でよかったかもしれない……。


 いつしかそう思うようになった俺は、宝田さんに身を預けていた。

 そして同時に、怪獣ソドムとなった俺の2度目の人生が始まろうとしていた。

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