第22話 ダサシャツより可愛いネグリジェ

「……あっ、そろそろ門限の時間だ」


 1時間ほど経過したところで、光さんが腕時計を見た。


 ちなみに俺はもう解放されている。「足腰がちょっと痛むかな」と光さんが言ったのもあるが、さすがに1時間もそこにいられる根性など持っていない。


「今日はありがとう舞! 次の中間は乗り越えられそうだよ!」


「本当? それはよかった」


「悠二クンもありがとうね。君に会えて元気100倍になったよ」


「ど、どうも……」


 実は俺も別の意味で元気100倍になりかけたのは秘密だ。

 光さんがウキウキとした様子で玄関に向かうので、俺達も彼女を見送ろうと後を付いた。


「それじゃあ、わたしはこれで! 今日はとっても楽しかったよ」


「ええ……こちらこそ……。帰り道には気を付けて下さい……」


 光さんほどの美人なら、変な輩が付きまといそうで不安になる。

 俺が護衛として付き添いたいが、さすがに男の子が大の大人を圧倒したらそれはそれで怪しまれる可能性があった。


 ここは心苦しいがぐっと我慢するしかない。


「大丈夫だよ。パパの知り合いさんから護身術を教わった事があってさ。例えばいきなり肩を掴まれた時は、そのまま掴んだ腕を真上にピンッと伸ばして後ろにスクロール……」


「ひ、光ちゃん……その辺は次の日に聞くから……」


「そっかぁ、それは残念」


 その技を喰らった変質者がさらに目覚めて悪化してしまいそうだ。

 と、俺の前に光さんが寄ってきて、


「こんな美人ギャルと一緒に遊べてドキドキしたでしょ?」


「……まぁ、ドキドキは……しましたけど」


「フフッ、可愛いな~。これからも悠二クンに会いに行くから。楽しみにしててね」


 そう言った光さんが、俺の手を強く握ってくれた。


 ――その時、ある事に気付く。


「じゃあわたしはこの辺で。お邪魔しましたー」


「うん、じゃあね」


 舞さんに見送られながら、玄関を出ていく光さん。

 パタンと扉の閉まる音が静かに響く。


「予想はしてたけど、やっぱり光ちゃんにいじられてたね悠二君」


「い、いじられたというか……。その、舞さんはその辺どうだった?」


「その辺?」


「俺が言うのもなんだけど、光さんとそうしているのを見て面白くなかったとか」


 そう言った直後、これは自信過剰だろうと瞬間沸騰並みの速さで自己嫌悪に陥った。

 さすがにキモすぎた……。


「何で面白くないって思うの? 光ちゃん子供好きそうだから、ああするのは分かってたし。それに……」


 舞さんがしゃがんだと思えば、俺の首に両腕を巻きつけてきた。

 ついでに頬と頬をくっつけてくる。


「悠二君は私の大事な弟だもん。光ちゃんが帰った後に思う存分楽しめるしね」


「舞さん……」


 驚いた俺だが、これまた柔らかい香りが鼻腔びこうをくすぐってくる。

 それに愛おしい者を見つめるような、母性的で艶やかな舞さんの視線。こんな表情をするのかとつい思ってしまった。


「もうここで言っちゃうけど、寝る時は抱き締めたいかな。悠二君がよかったら」


「寝る時……じゃあ頼みがあるんけど」


「頼み?」


 いつしか俺はそんな事を口走ってしまった。

 舞さんが要求してきたのだから、自分もダメ元で言ってみようとかそういう気持ちがあったかもしれない。


「うん。これから寝る時、パジャマかネグリジェにしてくれませんか?」


「……えっ、ネグリジェ? どうして?」


 どうしてもこうもない。


 何度も舞さんと添い寝をしているが、彼女のキモカワ怪獣が描かれたシャツのせいで、たまに腹筋が壊れてしまいそうになるのだ。


 そんなので気持ちよく寝られるのかというと、答えはNOだ。


 俺は望みたいのだ。可愛らしいネグリジェを着た舞さんとの添い寝を。

 それだけでも、あのダサシャツとの違いが出るというものだ。


「その、別にシャツがどうこうじゃないけど、舞さんは可愛い寝間着を着た方がいいと思うんだ……! 綺麗な舞さんなら、絶対にそっちの方が似合うはずだから……!」


「……悠二君、エッチだね」


「うっ……」

 

「でもそれで悠二君が喜ぶなら、私も嬉しいかな」


 舞さんが頬を赤く染めていたが、でもすぐに穏やかに微笑む。

 それがまた俺の欲をかき乱す。


「じゃ、じゃあ、今すぐにアパレルショップに……」


「いや、確かネグリジェはお母さんに買ってもらった事があるの。確か奥にしまったかな」


「あんのかい!!? 何で着なかったの!?」


「そう言われても……いつもの寝間着の方が着心地いいし、絵も可愛いから……」


「おかしいですよ舞さん!!」


 どこぞの嘘なスペシャリストの名言を思わず言ってしまった。

 

 それから「おかしいかなぁ。あの絵好きなんだけど」と舞さんが上の空で呟いているが、その間俺はこっそりと右手を見た。


 実は光さんに握られた時、紙の切れ端を持たされたのだ。


 ゴミではないとすればメッセージか何かだろう。

 それも俺に黙って渡したという事は、舞さんに知られてはいけないという事になる。


「舞さん、ちょっとトイレに行ってくる」


「ああうん」


 トイレの中に入ってから紙を広げる。

 やはりそこには文字と数字の羅列が書かれていた。


『明日の8時半に書いてある住所まで集合。噴水のある公園が目印だから分かりやすいと思うけど、一応ネットで調べておいて』


「……字が丸くて可愛いな」


 字の形もいかにもなギャルっぽさがある。

 ……というのはさておき、何故光さんがこんな事をしたのか、俺は薄々


 明日、その真偽を確かめようと思っている。

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