第20話 19話より数時間前の話(舞side)
大戸学院1年A組。今は休み時間。
私は教室の机に座りながら、ボォーと窓の外を眺めていた。
目線の先にあるのは学院近くの街と遠くにある高層ビル群。教室自体が2階にあるのでよく見渡せれるのだ。
「宝田さん、何考えふけてるんだろう」
「大学とか進路とかじゃねぇの。それにしても今日も可愛いなぁ」
「でも最近男子の告白フったんだよな……俺達がやっても玉砕フラグだわ」
男子の会話がチラホラあったが、今の私にはほとんど聞き取れていなかった。
それよりもあそこら辺のビル、悠二君にはちょっと大きいかな。ああでも、悠二君は華奢だから、ヤモリのようにビルを登りながら屋上で咆哮……うんいい!
そしてその屋上からサルファーブレスを吐いてビルをなぎ倒して、それから火の海になった都市を見下ろしながらまた咆哮……うわぁやばい!!
……とまぁ、今の私は「ソドム時の悠二君が都市の中でどう映えるのか」という怪獣映画の監督さながらの妄想……もといシミュレーションをしていた。
もちろん悠二君に破壊の意思がないので、あくまで「もしそうなったら」の範囲内だ。
しかしやはり怪獣と言えば都市の破壊。その瓦礫になった場所の中での咆哮。これに尽きる。
ちなみに人間の虐殺なんてもっての他なので、都市内の避難は完了しているという設定だ。悠二君にそんな事をやらせる訳にはいかない。
まぁ、それにしても棘を飛ばした悠二君かっこよかったなぁ……それでいて人間の姿は可愛い男の子……尊い……! 推し……!!
努めて普通の表情をしているつもりだが、心の中ではオタク全開の本性が暴走している最中だ。
そんな私の元に、誰かがやって来る気配があった。
「舞ー、ちょっといい?」
「ん、どうしたの2人とも」
同じクラスの光ちゃんと勇美ちゃんだ。
まず明るい栗色のミディアムヘアをした子が光ちゃん。さっき声をかけたのがこちらのギャルっぽい方。
その横で腕組みをしているクールな子が勇美ちゃん。黒ロングをポニーテールにまとめているのが特徴。
どちらもこの学校に入ってからの友達でもある。
「来週に中間テストあんじゃん? ちょっとその事でお話しが……」
「お話しというほどでもないだろう。一緒に勉強するだけだぞ?」
「もー勇美、先に言わないでよー。という訳でこの通り! 今回はちょっとヤバいかも!」
光ちゃんが両手を合わせながら頭を下げた。
どうやら私から勉強を教わりたいらしい。ちなみにこれが初めてではなく、よく図書室とかに行って教えたりもしている。
「まぁいいけど。今回も図書室?」
「いや、今日は舞の家にお邪魔したいなーって。友達になってからまだそっちに行ってないもん」
「家……えっと、実は弟いるんだけど大丈夫かな?」
弟とはもちろん悠二君の事。
ちなみに弟がいるのを話したのも初めて……だが。
「そうそう弟クン! 実はこの間、学校にその弟クンがやって来たって噂聞いたよ。警備員さんの目を盗むとかすごく賢いね!」
「いや、多分警備員さんに断って入っただけだろう……。にしても舞、弟がいるなら最初から言えばよかったのに」
「アハハハ……ごめんね」
大戸学院に侵入したと悠二君本人から聞いた事があった。どうもそれが私の知らない内に知れ渡っているらしい。
なお彼が怪獣的な身体能力で学院に侵入したなんて、口が裂けても言えない。
「その弟クンが可愛いなんて聞くからさ、この目で確かめたくなったって訳。ていうかもう隠し立てはしないけど、実は弟クンを見に行きたいというのが本音で、勉強はあくまで建前です」
「自分で明かすのはどうかな……まぁそこまで言うのなら」
別に悠二君を隠している訳ではないし、会わせても問題はない。
私は光ちゃんの頼みを聞き入れた。
「ところで勇美ちゃんは参加しないの?」
「悪い、実は学校帰りにジム寄らないといけなくて」
「残念だよね~。本当な弟クンの姿が見れなくてガッカリしてたのに。ねぇ、ショタコンいさみん?」
「う、うるさい! ショタコン言うな!! あといさみんも!!」
トマトのように真っ赤になる勇美ちゃん。
この子がショタコンだったのには私も驚きだが、かといって人の事も言えないのであれこれ聞き出せそうとはしなかった。
********************************
授業が終わってから、私は光ちゃんと一緒に自宅へと向かった。
その帰りの電車が相変わらず混雑しているので、私達はドアを背に立つ。こうする事で後ろを襲われないし、痴漢対策にもなる。
ただこちらをチラチラと見ている殿方の視線が気になる。
まぁ、いつもの事だけど……。
私自身は自慢している訳ではないが、容姿は整っている方だと思っている。
光ちゃんもギャルはギャルなのだがとっつきにくさはなく、私から見ても綺麗な佇まいをしている。それは視線が集まってもおかしくはない。
というか部屋に入れるならショゴスの遺影隠さないと。
ショゴスごめんね……。
「でさぁ、弟クンってどういった子なの? ってか名前は?」
光ちゃんが小声で尋ねてきた。
彼女は明るい容姿と性格に反して、モラルを大事にしている。声を上げると迷惑になるのをよく知っているのだ。
「名前は悠二君。実は弟というか
「へぇ、どうして?」
「親戚の方が、海外出張でしばらく戻ってこれなくなったんだよ。私が言うのもなんだけど、すごく可愛いくて優しい弟だと思う」
「そうなんだー。こりゃあ目の保養にしてみたいねー」
「目の保養って……」
苦笑してしまうが、確かに悠二君は目の保養になる。
まず人間姿は加護欲と母性をくすぐってくるのですか? と言わんばかりに中性的で小柄。性格も私を気遣ってくれて優しい。
そしてソドム姿も凶暴的でカッコいい。あの鋭い牙、鋭い目つき、鋭い鉤爪、たくましい身体つき、刺々しい背ビレ、長い尻尾!
……またもや本性が暴走しかねないので、私は必死にクールダウンをした。
「でもごめんね舞。そんな事情があるのに家に行きたいって言ってさ」
「ううん平気だよ。そろそろ悠二君に2人を会わせなきゃって思ってたし。勇美ちゃんはちょっと残念だったかも……」
「確かにねー」
なんて苦笑すると、光ちゃんもケラケラ笑う。
もし勇美ちゃんが悠二君を見たらどうなるのか、少し気になるところだ。
「ところで中間は確か……」
テストについて聞こうと思った途端、ある違和感に気付いた。
光ちゃんが私の方を見ていない。どちらかというとその後ろを見ている。
「光ちゃん?」
彼女の視線を辿ってみると、やっと何を見ていたのか分かった。
人混みの中に女子高生がいる。制服が私達とは別なので大戸学院出身ではないはず。
問題は、彼女の太ももを誰かが触っているという事だ。
いやらしく撫で回す手に、女の子が唇をキュッとしてこらえていた。
「舞、ちょっと失礼」
光ちゃんが躊躇なく女の子に向かうや否や、これまた躊躇なく痴漢の手を掴んだ。
「すいません、この人痴漢してた!!」
「えっ!?」
ぐいっとその手を上げ、他の人にも見えるようにしていた。
痴漢していた相手はどこにでもいそうな中年のサラリーマンで、焦りからか目を白黒している。
その後、痴漢は他の乗客に取り押さえられ、次の駅で身柄を突き出された。
被害者の女の子は緊張の糸がほつれたのか、つうっと涙を流していた。
「あ、ありがとうございます……。私、怖くて……声上げれなくて……」
「ううん、痴漢は怖いもんね。もう平気だから、ね?」
「本当に……本当にすいません……私……」
「いいよいいよ、よしよし……」
光ちゃんは泣きじゃくる女の子を抱いて、背中を優しくポンポンと叩いたり擦ったりした。
警察が来るまでの間、私はその様子を見守った。
光ちゃんは見た目ギャルだが、心優しく正義感が強い。もし痴漢を目撃したのが私だけなら、あんな行動はとれなかった。
それに私が入学当初、教室の場所が分からなくて困っていたところを助けてくれたのも光ちゃんだ。
要するに彼女は見た目に反してお人好しなのだ。
だからこそ怪獣が許せないんだろうな……。
以前、光ちゃんが怪獣は理解できないと口にしていた。
怪獣はある種の災厄で、無慈悲に人や物を踏みにじる。正義感のある彼女が許さないのは至極当然の話だ。
「バレたらどうなるんだろう……」
「えっ、舞何か言った?」
「ううん、独り言」
もし私が怪獣好きだと知られたら。
もし悠二君が怪獣だと知られたら。その時に光ちゃんはどんな反応するのか。
私はそれが怖くて不安だった。
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