3章
第19話 家の中にいたのは……?
マンティコアとの戦いから2週間近く経った。
「敵が来たら爪でダメージ……そして怯んだ隙に噛み付き……」
あるビルの屋上。そこで俺は呟きながら戦闘の鍛錬をしていた。
この場合、蹴りやパンチなど格闘がお約束なのだろうが、俺の場合は爪のひっかき、噛みつきなど獣の動きをしていた。
理由はもちろん、自分が怪獣だから。
「小さい頃から怪獣映画を見ててよかったよ。怪獣プロレスからどうやって動くのか分かるというか」
人間の戦闘と怪獣の戦闘はほとんど違う。
人間は拳や脚力、あるいは武器で敵を葬る。
対して怪獣は己の牙や鉤爪、尻尾で敵をなぎ倒す。
後者のような戦闘を俗に『怪獣プロレス』と呼び、その動きは獣と人間……それぞれの格闘を融合させたスタイルとも言える。
俺は今それを習得して、今後の戦いに備えようとしている訳だ。
「しかもこんな事も出来るなんてな……」
つい最近……正確に言うとマンティコア戦後から気付いた事があった。
それを確かめるべく両腕に力を込めた。
その瞬間、丸みを帯びた綺麗な爪が鋭くなる。あたかも怪獣のように。
どうも人間形態のまま、限定的だが怪獣の力を発現できるらしい。
この能力はプロフィールにも乗っていなかったので、それを見た舞さんが「怪獣と人間両方の姿を持っている影響」ではないかと推測していた。
ある種のバグのようなものだが、しかし好都合。
これならソドムになれない状況でも、ある程度は怪獣の力を使えるという意味になる。
「やっぱり人外だな俺って」
そう皮肉を口にしつつも、無造作に置かれていた鉄パイプを拾い、軽く投げる。
俺の前に落ちてきたところで、鉤爪のある右腕を振るう。パイプはバラバラに切断され、金属音を上げながら転がった。
ある程度のアビリティが分かったので鍛錬は終了。
そろそろ家に帰ろうと、俺はビルから飛び降りた。
明らかに即死、よくて重傷な飛び降りを難なく着地し、挙げ句の果てには部分的な怪獣化。
もう理解はしているつもりだが、やはりどんなに可愛いショタの姿をしていても人外……それも人類を脅かす怪獣の1種だというのを再認識させられる。
それはマンティコア戦で防衛軍に攻撃されて当然だ。彼らからすれば、いつ敵に回るかと不安に陥るのだから。
もっともメンツとか何とか言っていたので、そういう考えは二の次かもしれないが。
そう歩いている内に舞さんの自宅が見えてきた。家に帰ったら、真っ先に麦茶を飲みたいところ。
「ったく……何で俺がお前の荷物まで……」
「アキ君の方が力持ちだしいいじゃん。ほれ、頑張れ
「お前の方が若いだろ。そもそもご飯買いに来ただけなのに何でラノベなんか……」
「ラノベ舐めんな。ラノベはな、挿絵の美少女がエロいんだぞ。胸がいいんだぞ。尊いんだぞ」
「いら知らんよ」
前方の方に、2人の男女がやって来るのが見えた。
男の人は焦げ茶をして、大体20代の大学生辺りか。顔立ちは割と整っているし、優男なイメージからモテそうな気がする。
彼の横にいる女の子は身長が小さい。さらに男と同じ色の長髪をお下げにしていた。
綺麗というか可愛い顔立ちと、眠たそうにも見えるジト目が特徴的。俺としてはジト目っ子を現実で見るのは初めてだ。
ともかく顔と髪色が似てるから……兄妹だろうか? 一緒に帰るなんて仲がいいのかもしれない。
男の人は私服だが、女の子は中学生らしくセーラー服を着ている。さらに物を詰めた袋を持っているので、学校帰りに買い物していたのだろう。
その袋は見た目からして、スーパー用と本屋の物で分かれている。それぞれ男3女7の割合で持っている事から、妹らしき子が兄をこき使っているに違いない。
「ん?」
女の子が不意に俺の方へと振り向く。
目と目が合う。瞬間に気付いた。
女の子からかすかに見える目のクマ。荒れてはいないが化粧っ気がない頬と唇。
俺は理解した。女の子はオシャレに全く興味がない生粋のオタクだ。
「……ふつくしい……」
「どうした
「アキ君聞いて。今さっき男の子と目が合ったんだけど、その子の顔が美ショタでさ。あれで『僕、こういうの初めてで……』とか言ったらヤベェなって」
「急に何があった、お前は……」
兄妹が俺とすれ違うように去っていった。
何故か通りすがりの子に賞賛されたのだが、ああいうのは今に始まった事ではない。妄想全開な言動には少し引いてしまったが。
世の中、色んなタイプの女の子がいる。それを悟った後、俺は家へと戻っていった。
「ただいまぁ。舞さんい……る?」
声をかけようとしたが上手く言えなかった。玄関に入った時に感じたのは妙な違和感だ。
まず靴が一足多い。種類からして女の子が履くのだと思われる。
さらに家の匂いとは別の、これまた女の子の香りが微かに漂う。女の子と言っても舞さんのそれとは違う。
まさかな……? 俺は真偽を確かめようと、居間に足を踏み入れた。
「舞さーん……?」
居間を覗いてみるが舞さんの姿はない。
しかし「誰もいない」という訳ではなく、ある人物がテーブルに座っていた。
「あっ、もしかして君が悠二クン!? どうもお邪魔してまーす!」
「……ども」
かつて大戸学院で見た美人ギャル、萩山光さんだった。
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