第17話 ソドムVSマンティコア 2

 爪を突き刺して感じたのは、普通に生きていれば味わえないエグい生暖かさだった。

 血自体に匂いがないから臭いとかはないが、正直殺人しているみたいで色々とキツい。


 俺は一瞬後悔してしまったが、でもこうしたのはちゃんと理由があった。

 突き刺した爪を伝うように、光るエネルギーがこちらの方に流れてくる。


「これがそうなのか!」


 プロフィールにも書いた「爪で突き刺す事で、相手の能力で奪う」という特性だ。

 エネルギーが身体の中で充満したのを感じてから、俺はマンティコアに蹴りを入れて離れさせた。


 これで準備が整った。


「よし、宝田さんイケる!!」


『うん、頑張って!!』


 樹木をなぎ倒しながら転がっていたマンティコアだが、すぐに怒りの形相をして立ち上がる。


 しかし俺は動じない。どうすれば奪ったエネルギーを活用できるのか肌で感じられるからだ。


 それにはまず両肩に力を込める。すると両肩に生えている4本の棘が宙に浮いた。

 そう、マンティコアがやっていた針飛ばしと全く同じ能力。俺はこの棘を自由に操り、オールレンジ攻撃が出来るという訳だ。


 ――カアア!?


 自分と同じような攻撃をするなど思わなかったのだろう。明らかにマンティアが動揺している。

 そして俺は棘を奴に向かわせる。これまでの意趣返しとして。


「行けッ!!」


 まず4本のうち2本の棘を向かわせる。


 1本目はマンティコアの鉤爪によって弾かれた。

 だが間髪入れずに2本目を突入。これにはマンティコアも対処できず、腹部を刺し突かれた。


 ――ガアアアアアア!!


 溢れる黒い血と悲鳴。

 さらに待機させていた残り2本の棘は、マンティコアのある個所に照準を合わせる。


 そして貫く。

 その箇所は生物にとって大事な首元。頸動脈けいどうみゃくだ。


 ――……ッ……カ……。


 声すらも出せなくなったマンティコアは、地響きを上げながら倒れる。

 そして黒い液体になりながらドロドロに溶けてしまった。


「溶けた……?」


『タラスクみたく爆死しない場合はああなるんだって。私も初めて見た』


「そうか……それよりもやったよな? 俺達」


『うん、もちろん。悠二君頑張ったね』


「……ああ」


 新技で撃破。なんて清々しい事か。

 ちなみに棘は戻る事はなく、新しく両肩から生えてきた。これで何度も射出しても大丈夫らしい。


「すげぇな……俺」


 高揚感が俺自身の中で湧き上がってくる。あとでこの技に名前でも付けよう。

 と思っていたら、


『……うっ……すん……』


「えっ、宝田さん泣いてる? どうしたの?」


 さっきから宝田さんのテンションが低いと思っていたが、何と脈絡みゃくらくなしに泣いてしまったのだ。

 理由が分からなかった俺は少しオロオロしてしまう。


「も、もしかして俺何かした? 怪獣プロレス不満だった?」


『ううん……怪獣プロレスは結構暴力的でよかった……。ただショゴスを思い出したら悲しくなって……。あの子、ああやって盾役のまま生まれてきて満足だったのかな……』


「……ん?」


『だってショゴスからすればあなたは盾役として生まれました、その為に死んで下さいって言われたようなもんだよ? 普通に考えたら絶望しちゃうじゃん! そう設計した私が言うのもなんだけど、そんなの残酷だし可哀そうだよ……!』


 ……や、優しすぎる……!! 宝田さんそこまで優しいだなんて……!!


 宝田さんの清純な心が、俺に(良い意味での)精神的ダメージを与えてくる。


 自分が生み出した怪獣のあれこれを考えるなんて、よほどの純粋な人ではないと無理な話だ。

 むしろ優しすぎて俺が困惑するくらい。


「た、確かにそんな役割だったかもしれないけど……ショゴスは宝田さんを恨んでないと思うよ!? それに俺の指示を聞いていたから、アイツはアイツなりに自分の使命を全うしたというか……」


『そうかな……?』


「うん、そうそう! もし納得できなかったらあとで弔おうよ。悠二を助けてくれてありがとうってさ」


『……分かった、そうする』


 ホッ、よかった……。


 何とか場を収める事が出来たので、俺は胸を撫で下ろす。

 ここまで優しいと後々のメンタルケアが大変そうだ。







「ッ!?」


 頭付近に軽い衝撃が感じた。少しだけよろめいてしまう。


 何が起こったのか分からず呆けた俺だが、その視界に黒い煙が入り込んでくる。

 それにハッとなって、衝撃が発した方向へと向いた。


『目標に命中、しかし損傷は見当たらず!』


『しかし効果がない訳ではないはず。攻撃は続行だ!』


「……マジかよ」


 気が付けば目線と同じ高さに、数機の軍用ヘリが飛んでいた。


 さらにさっきまで逃げていたはずの防衛軍が集まり、小銃や無反動砲を掲げている。

 どちらも照準しているのは俺ただ1人。


『ゆ、悠二君……!』


「……いずれこうなると思ってたけどなぁ……」


 これはそう、怪獣ものでよくある『人間の味方している怪獣が軍に攻撃される』というパターンだ。

 つまりソドム……俺がやられるまで軍は攻撃をやめないはず。ほとんど意味がないのにも関わらずにだ。


『一斉攻撃だ!!』


 軍用ヘリから無線の声が聞こえた。それを皮切りに、ヘリや軍人からの一斉射撃が始まる。


 ミサイルや砲弾、銃弾。それらが俺に向かって雨あられと降り注ぐ。


「……来た!!」


 思わず俺は、両腕で顔を守るような体勢をとった。

 身体中に銃弾や砲弾の雨が着弾。一瞬にして視界が黒い煙によってさえぎられた。

 

『……ッ!! 大丈夫悠二君!?』


 俺の視界がタブレットに映っている影響だろう。舞さんが声にならない悲鳴を上げていた。

 それで俺を心配するのだが、


「……いや、舞さん。これ思ったほど痛くない」


『えっ!?』


 そう、全く痛くないのだ。

 全く痛くないというと嘘になるのだが、強いて言えば少しかゆいといったレベルだ。怪獣からの攻撃とは月とスッポンの差がある。


『軍の攻撃をものともしない怪獣』というのはありふれた構図だが、そういう理由が今になって何となく分かった。

 確かにこの攻撃くらいなら無視していいだろうと考えになる。


「やめて下さい! 俺は別にそちらを攻撃する気はない!!」


 ただソドムになるたびに攻撃されては支障が出る。俺は防衛軍に制止を求めた。

 しかしどういう事か。防衛軍は攻撃をやめるどころか何の反応も示してこない。


『……あっ、もしかしたら悠二君の言葉が分かるのは私だけかも! 他の人には吠えているようにしか聞こえないんだよ!』


「マジで!? 全然気が付かなかった!?」


 唖然とした俺だが、確かに怪獣の俺が言葉を発していたらそれはそれでおかしいのかもしれない。


「……だったら仕方ないか……」


 ならばと、俺はあえて防御のポーズをやめた。

 それを不審に思ったのか、防衛軍が『攻撃止め!!』と砲撃をやめた。


『何だ? やったのか?』


「………………グウウルゥウ……」


『ヒッ!!』


 俺はこれでもかと鋭い睨みを効かせた。


 怪獣の眼光は怖いもので、予想通り防衛軍が目に見えるくらいに恐れおののく。

 これで後退なり撤退なりした後に、地中潜行をしようという算段だ。


『……た、隊長……』


『……地上部隊は奴に近付き、足元を狙え……転ばすくらいなら出来るはずだ』


『足元を!? あまりにも危険性が大きい、踏み潰される恐れが!!』


『黙れ!! 今の防衛軍のメンツは怪獣のせいでガタ落ち、ここで引き下がったら民衆共が黙っている訳がない!! 早くやれ!!』


『そ、そんな……』


 ……参った。防衛軍にそんな人間がいたとは。

 さらに無茶な命令をした人は軍用ヘリに乗っているから、地上部隊は捨て駒な訳だ。


 呆れが出る中、無反動砲を持った地上部隊が迫ってくる。

 また攻撃されるのは勘弁だから、威嚇でもしようかと俺が考えた……


 時だった。


『!? 上空から光る物体!!』


「えっ?」


 拾った無線の声に、俺は空を見上げた。


 次の瞬間、衝撃で身体が後ろに下がった。倒れないよう踏ん張りをする。

 すぐに顔を上げると、目の前に光の玉らしきものがあった。それが俺と防衛軍の間を陣取っている。


 先ほどの衝撃は、その光の玉……というよりバリアのようなやつのせいか。


『何だこれは!? 撃て!!』


 慌てた防衛軍が砲撃するが、光の玉には全く通用していないようだ。


 俺には何が起こったのか分からなかった。しかも目が焼けるくらい眩しく、あまり直視できない。

 それに……俺の目がおかしいのだろうか。あの光に何らかの影が見える。


「……あれは……」


『悠二君! 今だよ、早く!』


「!」


 宝田さんの声に対し、俺はすぐに地面の中に潜っていった。

 そのまま戦線離脱。超感覚を利用して高速道路まで掘り進む……のだが、まだ釈然としない。


 あの時は眩しかったし、じっくり見てもいない。もしかしたら気のせいだったのかもしれない。


 だが俺は捉えていた、光の玉に影が映り込んでいたのを。

 あれはどうみても人の姿。

 

 それも俺と同じ大きさをした……つまり巨人だったのだ。

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