第12話 これより大戸学院に潜入する

「ここか……」


 目の前にそびえ立つ巨大な門、その奥に広がる庭園、噴水、そしてファンタジーのような洋風の建造物。

 門近くには『大戸学院』と掘られた文字。


 ここが目的の学院で間違いないだろう。門前でもその迫力さと佇まいには圧倒される。

 ……ただ同時に罪悪感が出てきた。


 何故それが出たというと、実は切符を買って電車に乗っていない。

 無一文だったので電車の屋根に乗ったのだ。完全に不正乗車である。


 俺にしか出来ない行為とはいえ、さすがに罪悪感は出てくるわ乗っている時に風がすごかったわで悪い事だらけだったので、次回からは普通に乗車すると決めたのだった。


 それは置いといて、まず学院をどう潜入するのかが問題だ。

 財界のお坊ちゃんお嬢様が通っているからか、巨大な門には2人の警備員が立っている。俺は怪しまれないよう遠巻きに見ているしかなかった。


 きっと「お姉ちゃんがお弁当を忘れて~」なんて言っても門前払い。

 ならば正面突破は無理に等しい。


「……悪い事してばっかだわ俺」


 自虐しながら門を離れた後、俺は警備員のいない柵へとたどり着いた。


 高さは5メートルほど。

 周りを確認しながら、柵を飛び越えるようにジャンプ。見事、1回で着地成功。


「さてと……」


 着地した場所は樹木が生い茂っていた。これでは学院が見えないのでそこを通り抜ける事にする。


 その間にも、俺は緊張で喉が少し乾いてしまっている。いくら自分が子供とはいえ、さすがにマズいのではとも思っているからだ。

 それでも俺を突き動かしているのは「関係者以外出入り禁止の名門高校を侵入してみたい」という背徳に似たワクワク感。


 これがそこら辺のおじさんならお縄をつかれていたはず。

 しかし今の俺は年端のいかない男の子なので、見つかったとしても大事はならない可能性が高い。精々「近くに住む子供が迷い込んだ」で済むだろう。


「おお……」


 門前からではハッキリと見えなかった学院の全貌が、俺の目に飛び込んだ。


 樹々と庭園に囲まれた洋風の建造物。

 まるで本当にファンタジー異世界に転移してきたような光景だ。今いるのが俺にとっての異世界なのだがそれはさておき。


 外観だけでもワクワクするのだから、中はもっとすごいはず。


 という訳で、俺は内部にも潜入する方針で行った。さっきまでそこまではさすがにやめよう的な考えはもう捨てた。


「よいしょっと。うわぁ、すっご」


 開いていた窓から踊り場に着地。そして物陰に隠れながら覗いてみれば、多くの生徒が廊下にたむろしていた。


 金髪をした男子生徒、ピアスやネックレスを付けた女子生徒。あまり校則が厳しくないのか派手な印象だ。

 しかもみんな大金持ちの御曹司なので、オーラが普通とは違い過ぎる。


 ついでに女子生徒に美人が多かったりスカートが短かったり絶対領域があざとかったりと、目のやり場が困る。


 ただ宝田さんはこの中には……いなそうだ。改めて家に帰るべきか?


「あれ、何でこんなところに男の子が?」


「制服着てないって事は外から来たのかな。迷子?」


「!?」


 心臓が跳ね上がってしまった。今、俺の後ろに女子2人がいるのだ。

 

 これはまずい、どう考えても補導されかねない。

「どうするこの子?」と2人が言い合っている間、俺はこの状況を打破する方法を思案した。


「……スゥ……実は僕、舞お姉ちゃんの弟なんです。お姉ちゃんからスマホ忘れたって聞いて……」


 俺が導き出した打開策。それは「『いかにもお姉ちゃん想いな可愛い弟』に見せかける」作戦。 

 そうしてか弱い男の子のツラをして振り返ってみれば、女子生徒達が口元を押さえた。


「か、可愛い……! ていうか舞って事は宝田さんの弟!?」


「やだー、美人姉弟じゃん! レベル高い!」


「美人かどうか分かりませんけど……それで警備員の人にお願いしたら通してもらったんです。あの……舞お姉ちゃんはどこにいるのか分かりますか?」


「宝田さんね! 確か男子と一緒に外に行ったのを見たよ!」


「多分告白だろうね。だったら『告白したら永遠に幸せになる木』の下にいるかも」


 何だそのテンプレ。

 テンプレ過ぎて草も生えない、とはこの事か。


「その『告白したら永遠に幸せになる木』はどこにありますか?」


「外のグラウンドの所に行けば、一番大きい木があるんだよ。見ればすぐに分かると思うから」


「一番大きい木ですね、ありがとうございます」


「うん、おつかい頑張ってね!」


 女子からの激励を受けつつその場から離れた。

 ちなみに「可愛かったなー。あたしにもあんな弟が欲しいわー」「私だったら結婚してるかなー」とか話し声が聞こえたので、演技として完璧だったと俺は自分を褒め称えた。


 なお廊下は人だかりが多いので、入ってきた踊り場の窓から飛び降りた。もちろん人目を盗んでからだ。


 グラウンドだから近くにあるだろうと、俺は学院を回るように移動する。

 その読み通り校門とは正反対の位置、すなわち学院のすぐ後ろに巨大なグラウンドが広がっていた。


 運がいい事に、グラウンドに『告白したら永遠に幸せになる木』らしきものを発見。

 目を凝らしてみれば、その巨木の下に宝田さんの姿があった。告白するだろう男子も一緒だ。


「宝田さん、告白したら付き合うのかな?」


 なんて呟きながら2人に近付かれないよう接近し、近くの茂みに身を潜める。

 耳をすませば2人の会話が聞こえてきた。


「えっと宝田さん、突然ごめん。実は僕……君が好きです。よろしかったら付き合ってくれませんか……?」


 何の変哲もないテンプレな告白だ。告白なんて1回もしていない俺がとやかく言う資格はないが。

 その告白に対して、宝田さんが少し表情を曇らせていた。


「ごめんね。告白は嬉しいけど……」


「……そ、そうか……そうだよね。こっちこそごめん、こんな所に呼び出して」


「ううん、謝らないで。別に嫌いとかじゃなくて、交際とか考えてないだけだから」


「……分かった。じゃあ僕は先に戻るね、うん」


 たどたどしく言った男子生徒が離れていくが、俺は決して見逃さなかった。

 その瞳にキラリと光る水が滝のように流れていたのを。鼻から制御しきれないほどの濁流が噴出したのを。


 好きな女の子からNOと突き付けられたらどうなるのか。

 改めて俺はその悔しさと残酷さを胸に刻み付けた。


「舞ぃ、また告白断ったの?」


「まぁ、舞が付き合うと言ったら私達も仰天してたかもな」


 するとどこに身を潜めていたのだろうか。宝田さんの元に2人の女子生徒が現れた。


 まず最初に声をかけたのが、ちょいギャルそうな女の子だ。明るい栗色とも金色とも言えるふんわりとしたミディアムへアが特徴。

 肌はよく手入れされたかのように色白で、スカートも他2人に対して短くしていて見えそうで見えない。

 さらに宝田さんに勝るとも劣らない胸元は開きっぱなし。そのオープンさにはエロさを感じてしまう。


 もう一方は、長い黒髪を後ろに束ねたボーイッシュな美人。

 身体つきは引き締まっていてなおかつ長身、肌色も健康的。運動部辺りに所属しているかもしれない。

 それと宝田さん達に比べてバストは乏しい。失礼に値するのでこれ以上は何も言わないが。


ひかりちゃん、勇美いさみちゃん。見てたの?」


「そらぁ、人気の高い舞がこの木に向かったら気になるよ~。まぁ予想通りだったけど」

 

「せっかくだから、しばらく付き合って様子見ればよかったのに。何か理由でもあるのか?」


「ああいや……特にはないけど」


 宝田さんが目を逸らしながらお茶を濁す。

 多分あの男子に興味なかっただけだろうなぁと俺は見てて思った。


「今の男子って、勇美のクラスにいる橋本君だっけ? どういう人だったかな」


「確か怪獣が好きだって言ってたな。友達に怪獣の絵見せたりとかしてたぞ」


 光という女の子の言葉に、勇美さんが答えた。

 なお2人は気付いてないが、宝田さんが「えっ、マジ?」と言いたげな顔をしていた。同族の血が騒いだというべきか。


「怪獣かぁ。わたしだったらちょっと複雑な気分かな」


「何でさ?」

 

「だって怪獣って何かグロテスクで怖いじゃん? それに最近現れた怪獣に家を壊された人もいるんだから不謹慎というか、そんな風になってしまった人を考えた事あんの? ってなる」


「あー、なるほど。私は別に気にならないけどなぁ。弟達がソフビ持っているし」


「わたし1人っ子だから分かんないや。怪獣は理解できないよほんと」


 これはいけない。

 光さんの話を宝田さんが聞いていいものではない。オタクは自分の趣味を否定されたら死にたくなるものだ。


「舞はどう思う? 怪獣とかそういうの」


「……ああうん、まぁ人それぞれって事もあるし……ね」


 やはり! 今の宝田さんの目が猛烈に死んでいる!


 光さんに悪気がないのは俺でも分かっている。

 だからこそこういった話が、宝田さんのような怪獣好きをいたたまれなくさせてしまうというのは悲しい話だ。


 宝田さんがこういった場面を出くわすのは一度二度ではないはず。

 でなければタンスの中に怪獣ソフビを隠すという行為をするはずがない。


 あとで宝田さんを慰めないと……。


 俺に出来る事はそれくらいしかないが、やらないよりはマシだった。

 そう固く誓ってから家に帰ろうとした時、


「どうしたの舞、さっきから様子が変だけど?」


「いや別に? 何でもないよ……」


「そうかなぁ。まぁとりあえず元気出してって。おっぱいほぐしてやるからぁ」


「えっ、何でそこで胸を……キャッ!」


「フフーん、やっぱり柔らかーい。大きーい」


「ちょ、ちょっと……あっ……」


 光さんが宝田さんの胸を触っている光景に、思わず足を止めて凝視してしまった俺だった。

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