第7話 ソドムVSタラスク 1
「えっと、ここから10キロ先……近いよこれ」
『怪獣出現速報』とは政府が地震速報を元に考案したアプリで、これによって怪獣出現を知らせてくれたり、その怪獣がどこに現れたのかも検索できるらしい。
さらに怪獣は地震と同じ災害だとされているからか、聞くだけでも心臓を跳ね上がらせるアラームにしている……というのが宝田さんの談。
要はすごく便利そうですごく迷惑なアプリなのだろう。
宝田さんはこのアプリとネット情報を駆使してタラスクを探していたらしい。
「怪獣って、具体的に街に現れて何をしているんだ?」
「よくしてるのは破壊活動。あとたまにだけど建物を食べている場合があるよ」
「建物を? 何でまた」
「単にお腹をすかせているかもって学者さんが言っているけど、本当のところは分からないんだって。とりあえず私行かなきゃ」
突然、宝田さんが翼竜怪獣ロックの上に乗った。
どうやらタラスクの時みたく怪獣の所に向かうらしい。
「どうしても行くんだ……」
「うん。今の防衛軍じゃあ怪獣には勝てないし、それが出来るのは私だけだから。……そういえば悠二君は怪獣に怖がっていたけど、どうする?」
「…………」
「私、あっちに着いて新しい怪獣を描くつもりだから……無理しなくていいんだよ?」
確かにタラスクを目にした時は一歩も動けなかった。奴を思い出すと、自然と自分の最期がフラッシュバックする。
俺は悩んだ。このまま家で待つのもいいが……しかし宝田さんがこちらをじっと見つめている。
こんな可愛い女の子が危険を顧みずに、怪獣のところに行くというのだ。
いくら怪獣に殺されたからといって、それでは男としてどうかと感じる。
恐らく宝田さんは許すだろうが、俺自身はそういかなかった。腐っても男なのだから。
「……よいしょっと。早いこと行こうよ」
「いいの?」
「うん、何とかなるって」
いつか恐怖は乗り越えないといけない日が来る。そう思いながらロックの上に乗った。
そんな気持ちでカッコいい事を言ったが、内心では……恐怖マシマシである。
大丈夫大丈夫……適当に爪とか尻尾とかを振るえば倒せるはずだ……。
俺は怪獣だ……決して「自分を怪獣だと思い込んでいる一般人」とかじゃないから……。
「じゃあ行くよ。ロックお願い」
――キュウルルルル!!
ロックがひと声上げると、大きく翼を羽ばたかせる。
が、俺はここである事に気付いた。
「あの、勢いで乗っちゃったけど、なるべく高く飛ばないよう……」
しかし最後まで言う前に、ロックが屋根を超えるほどの高さまで飛んでいった。
そこから先は何も覚えていない。
********************************
――ギュウオオオオオオオオオオオオオンン!!
「ハッ!? 何……!?」
何かの音に目を覚ますと、最初にコンクリートの地面が広がっていった。
どうもどこかのビルの屋上らしい。そして俺の近くには宝田さんがいる。
「あっ、やっと起きたんだね。空飛んでいる時は失神してたよ」
「失神……マジかぁ……俺情けねぇ……」
なんて悲しく思えたが、それよりも宝田さんがあさっての方向を見ている。
その方向をたどるように視線を向けてみた。
――ガアアアアアアアアアア!!
前方に広がるビル街の中に、巨大な化け物が
怪獣だ。
それだけならまだしも、厄介な事に俺と因縁深いタラスクだったのだ。
タラスクが咆哮を上げながら剛腕を振るい、ビルを積み木のように崩してしまう。窓ガラスやデスクが飛び散る様がありありと見て取れた。
さらに太い足で放置された自動車を踏み潰せば、あっさりとスクラップにしてしまう。
「よりによってアイツか……」
気付けば俺の鼓動が早くなっていき、冷や汗が出る。
最初ほどではないが、未だ奴に恐怖を抱いているようだ。あんなにも決心付けたのに情けない。
「どうも埼玉と東京を行ったり来たりしているみたい。特に意味なさそうだけど」
「何か目的があってそうしている訳じゃないのか?」
「怪獣の行動は不規則だから。現れては姿を隠して……を繰り返しているよ」
宝田さんと話している間、タラスクがあるビルへと近付いて噛み砕いていた。あれがさっき聞いた建物への捕食だろうか。
まるで一心不乱にビルを食べていたが、そこにさっきまで俺達を乗せていたロックが現れ、無防備な目を突こうとした。
「ロック、頑張って!」
目を突かれて怯むタラスクだったが、その剛腕でロックを呆気ないほどに捕まえてみせる。
その時、口元を笑っているかのように歪ませたような気がした。
――キュアアアアアアアアア!!
俺の時と同じように、強い握力でロックを握り潰す。
彼は悲鳴を上げる事しか出来ず、光の粒となって四散した。
「そんな……ロック!!」
自分の作ったロックの末路に、宝田さんは驚きを隠せていない様子だ。
実に悔しそうな目でタラスクを見ている。俺は黙って彼女を窺ってから、街中を暴れているタラスクの方に向いた。
「……! 戦闘機か!」
空気を切り裂くような音と共に、二機の戦闘機が飛んできた。
両機からミサイルを発射され、タラスクに着弾する。しかしタラスクには血はおろか傷1つも付いていなかった。
『今の防衛軍じゃあ怪獣には勝てない』……宝田さんの言葉は本当だったみたいだ。
さらにタラスクが大ジャンプをし、頭上を通り過ぎようとした1機を叩き潰して爆散。
そして拾った自動車を投げつけ、残り1機に命中。それも爆散。
――ギュオオオオオオオオオオオオオンン!!
もはや自分に敵う奴はいないと言わんばかりの咆哮だ。
愉悦感とも言うべきか。
「……ああもう、しょうがない!!」
正直言って、俺は赤の他人が事故ったり亡くなったりしても無頓着だ。そこまで気にしていたら人生やってられない。
でも、あの光景を目にしたら後戻りは出来なくなった。こういうのをお人好しと言うのだろう。
「宝田さん、行ってくるよ!」
「悠二君!?」
宝田さんから離れるように前に出てから、俺はあのソドムの姿を思い浮かべた。
今の少年の姿から怪獣の姿に変わるように念じた時、身体中に光が帯びてくる。
これは間違いなく、ソドムから少年に戻る時に出たものだ。
俺の予想通り、少年の姿が大きく、そして異形へと変わってゆく。
華奢な身体つきは、褐色の鱗を備えた屈強なものに。
両肩から棘が生え、後部から尻尾が生え、そして愛嬌のある顔立ちは2本角を生やした怪獣の頭部に。
「オオオオオオオンンン!!」
こうしてソドムに変身完了。俺は高らかに吠えた。
……が、
「悠二君!! 足足!!」
「えっ、うわっヤベェ!!」
ビルの屋上に立っているせいか、足がコンクリートにひびを入れていた。
このままではビルが倒壊してしまう!
俺は急いで飛び降り、道路に着地する。人間なら飛び降り不可能な数十メートルもある高さも、怪獣ならジャングルジムから降りる感覚だ。
道路に着地すると、重量のせいでコンクリートが轟音を上げて粉砕。なお痛みは特にはない。大体砂場に着地したのと同じだ。
その音に気付いて、タラスクが凶悪な顔をこちらに向けてきた。俺はそれに対して怯んでしまう。
「……俺が死ぬ前に見た顔と一緒だな」
あの凶暴な顔が、否が応でも自分の最期を思い出させる。
手が震えるのが分かった。またあの時と同じように足がすくんでしまう。
――しかし、今の俺は怪獣だ。
人間の時のように、腕に捕まれて握り殺されたりは物理的に出来ない。同じ身長なのだから対等に立ち向かえる。
「……オオオオオオン!!」
道路を砕く勢いで蹴り、タラスクへと直進。
タラスクもまた咆哮を上げて向かってくる。そうして距離が
馬乗りになったところでタラスクの顔面を殴る。口から吐血するタラスク。
血は墨汁のように黒いので、そういったグロテスクなのは苦手な俺でも我慢できた。何度も殴り続ける。
「オオオオン!! グオオオオオンン!!」
――ギュウウオオオオ!!
「グワッ!!」
5発目のパンチをしようとした時に跳ね飛ばされてしまった。
倒れた俺はすぐに立ち上がろうとするも、そこに後頭部を掴まれてしまい、ビルに叩き付けられる。
鼻が折れそうな痛みの中、ビル内のオフィスが見えるのが分かった。
「鼻が折れたらどうすんだ!! 責任取れ……グオ!?」
文句を言う前に、再び別のビルに叩き付けられる。さらに別のビルにもう1回。
さすがの攻撃と振り回されっぷりに、俺は痛みだけではなく
それからタラスクに吹き飛ばされてしまう。道路に叩き付けられてしまい、背中が痛くなった。
「いっつ……」
今の痛みは例えるなら、高校の柔道で背負い投げを受けたような感じだ。逆に言えばそれくらいで済んでいるという事なのだが。
と、俺が考えている間にもタラスクが大口を開けて迫ってくる。その嚙みつき攻撃は両手でガッシリ受け止める。
――ガガガガガ……!!
「こ、こんなのに噛み付かれたら……!!」
牙が剣のように鋭い。待っているのはミンチより酷い状態だ。
「離れ……ろッ!!」
蛮力でタラスクを押し戻した。
奴が後ろによろめている間、立ち上がって態勢を整える。
『悠二君! 聞こえる!?』
その時、脳内に宝田さんの声が聞こえてきた。
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