第6話 怪獣の作り方

 薄暗い夜の中、俺は必死に走っている。


 転生する前の大学生姿のまま、時々後ろへと振り向いた。その後ろからはタラスクと呼ばれる怪獣が追ってきているのだ。


 タラスクは奇声を上げながら俺を追っかけていた。まさに鬼気迫る勢いだ。


 早く逃げないとまずい。そう思って走り続けていたが、やがて奴の巨大な腕が伸び、俺を捕まえてしまった。

 もがこうとするも脱出できない。そうこうしている間に上半身も片方の手に捕まれ、強く引っ張られてしまう。


 上半身と下半身の間からミチミチ……という惨い音と血が溢れ出し、皮膚が裂かれ……。



 ********************************



「!? ……夢か……」


 まさかの夢オチだった。


 すぐに周囲を見渡せばビジネスホテルの部屋が広がっている。姿見に映っているのも、ソドムとして転生した少年姿だ。


 どうも俺はタラスクに恐怖を抱いているらしい。

 もっとも意識を持ったまま身体中バキバキに砕かれる末路を迎えれば、当然と言えば当然か。


 タラスクはまだ生きている。

 奴が現れた際には、俺がソドムとなって戦う事になるかもしれない。そういう時に本当に実行できるかは……正直分からない。


『お願い! あの怪獣を倒して! 今戦えるのはあなたしかいないの!!』


 ソドムとして転生した時、宝田さんがそう必死にお願いしていた。


 やはり対抗策持っているなら、そうして街を守りたい……という事だろうか。あるいは別の理由があるのか。

 それも追々本人に聞けばいいだろう。俺は宝田さんに向きながら思った。

 



 その宝田さんが俺のすぐ隣に寝ていたのに気付いたのは、彼女を視認してから10秒後だった。


「……!? ……!!?」


 ユウジは こんらんしている!


 と某モンスターゲームのような状態はともかくとして、宝田さんが近くに……いや、ほぼゼロ距離で寝ているのだ。

 この部屋のベッドは2つあり、俺と彼女はそれぞれ別のベッドで寝ていた。つまりあちらが意図的に入ってきたという証!


「何ゆえに……? ……!」


 何故こうなったのかと模索していた俺だが、あるものを見てドキリとしてしまう。


 シャツから見える胸の谷間。指を入れたら溶けてしまいそうな豊満さがそこにあった。

 これは彼女いない歴20代の俺には衝撃的。いつしか吸い込まれるようにその胸を見つめてしまった。


「本当に大きいな……あとちょっと怪獣の絵が気になる」


「ん……ん~。悠二君、おはよぉ……」


 思わず感想を口走ったところ、宝田さんが目を覚まして背伸びをした。

 その仕草が可愛いと思いつつも、すぐに俺は尋ねる。


「宝田さん、何故に私のベッドで寝ているのでしょうか?」


「……あっ、えーと……眠ってた悠二君を見てたら入りたくなっちゃって……ほらっ、姉弟きょうだいなら一緒のベッドに寝るって言うじゃん?」


 と言われましても……。


 ちなみに女の子とベッドを共にする行為、俺は生まれてこの方した事がない。

 だからなのか彼女の行為を否定してなくてもいいのに、つい遠慮してしまうというウブな考えが芽生えてしまった。


「いくら君の生み出した怪獣とはいえ、それぞれ異性なんだし……。それに俺が恥ずかしいというか……」


「怪獣でも恥ずかしいという感情が出てくるんだね。やっぱり人間みたい」


「どうも。でもそれとこれとは話別だよね?」


 容赦なく突っ込みを入れると、宝田さんが「うっ……」と動揺した。

 それから恥ずかしそうな表情をしながら、目をそっぽ向かせる。


「だって私、1人っ子だったから……弟がいたらこうなのかなぁって……。それに悠二君はいつ見ても可愛いし」


「か、かわっ……てか兄妹いないんだ……」


「うん。だから私にとって、悠二君は弟のような子だと思う」


 つまり宝田さんは俺の母親であると同時に姉でもあるという……。

 何という罪深い関係だ。


「こうやって誰かを愛でるというのもしなかったからつい……。でもごめんね、迷惑だもんね。次からはやらないからさ……」


 そう言われて、俺が逆に戸惑った。

 さっきまで嫌々だったのに、いざやめるとなるとつい止めたくなってしまう。童貞の思考というのはこういうものだろうか。


「い、いや! 別にもうするなって言った訳じゃないし……! 全然迷惑だなんて思ってないから……!」


「そ、そう?」


「もちろん! 俺も嫌じゃなかったし、もしよかったらこれからも……してもいいけど……」


「……悠二君」


 気のせいだろうか。宝田さんから「きゅん……」と効果音が聞こえてきた気がした。


 改めて可愛い人だ……と思ったが、お互い沈黙してしまってやや気まずい感じだ。

 これは何か言ってあげた方がいいのだろうか。しかし宝田さんを気遣えるような台詞がなかなか出てこない。


 色々と考えてしまった俺だが、そこに電話が鳴り出した。


「うわっ! ちょ、ちょっと待っててね! はい、もしもし……あっ、チェックアウトですね。分かりました。……という訳で悠二君」


「うん、分かった……支度しようか」


 結局声をかける事は叶わず、ホテルを後にした。


 ――それから電車の中で、通勤ラッシュの社員と共に揺られながら数時間。やっと日本の首都たる東京に到達。

 俺達が降りたのは『本多ほんだ駅』。やはり元の世界では聞いた事がない駅名だ。


「ここが宝田さんの地元?」


「うんそう。名前は本多区って言うの」


「本多区ねぇ……」


 辺りを見回してみる。


 街の見た目は一般人が想像する『THE・東京』『THE・都会』といった感じか。その本多区の中を俺達はしばらく歩いていった。

 やがて住宅地に着き、ある一軒家が見えてくる。白い漆喰の壁と黒い壁が特徴の、とても大きく金持ちが住んでそうな見た目だ。


「やっと着いたよ、ここが私の家」


「へぇ……お嬢様なんだね」


「そんな大それたものじゃないけどね」


 柵を通って家の中に入ってみれば、小奇麗で整理された玄関が俺を出迎えてくれた。


 さらにその先を進めば、これまた広く綺麗な居間が広がっている。

 ふわふわとしたソファー、モニターかと言いたくなるくらいに大きいテレビ、海を題材にした絵画に白い壺……どれも普通の人が買えなさそうな高額な雰囲気を醸し出している。


 ドラマやアニメでしか見た事がない空間。俺は思わずうなってしまう。


「すごいなぁ……使用人はさすがにいないか」


「じゃあ早速、怪獣を生み出すところ見せるから庭に来て」


 宝田さんがタブレットを手に庭に向かう。俺はその後を追った。


 庭も中々広い。よく手入れされた芝生、丁寧に植え付けられたガーデニング……ここでバーベキューをすればさぞ楽しいだろう。

 その中で、宝田さんがタッチペンでタブレットの画面をなぞる。その際に大人しそうな表情がキッと真剣なものになっていた。


 どれ……俺はなるべく邪魔にならないよう、そっと画面を覗いた。


 画面に表示されたスケッチボードに、タッチペンが触れるたび黒い線が走る。

 その黒い線がやがて影となり、肉体となり、筋肉になり……まるでタッチペンが生命誕生を司っているかのようだ。


「本当に上手いんだね」


「そう? でも描いている時に見られるのは恥ずかしいかも……」


 頬を紅潮こうちょうして照れる宝田さん。


 ……可愛いかよ!!


 なんて心の中で絶叫するも、「ごめんごめん」と謝りながら距離を置いた。

 そうして適当にガーデニングを眺めている中、宝田さんから「よし」という声が聞こえてきた。


「完成っと。これでダウンロードボタンを押すと実体化するよ」


「おっ、マジ?」


 もう一回画面を見てみると、怪獣のイラストがそこにあった。


 両腕がコウモリのような翼になっている翼竜型だ。鉤爪のようにしなった嘴が特徴的で、体色は燃えるような赤だ。

 プロフィールもちゃんと書いてある。



 小怪鳥 ロック

 身長:3メートル

 体重:100キロ


 翼竜に酷似した小型怪獣。

 人間を乗せても飛行できるほどのパワーを持っている。



 ロック……あっ、幻獣の『ロック鳥』からか。


 宝田さんがダウンロードボタンを押すと、イラストが画像として保存される。

 さらに目の前に無数の光の粒子が現れた。


 ――キュルルルンン!!


 その光の粒子が寄り集まって肉体を作り出し、イラストの怪獣へと変わる。

 ソイツは鳥のような甲高い産声を上げつつ、皮膜を張り巡らせた翼を大きく開かせた。


「おおお、本当に実体化した! すごいじゃん!」


「えへへ、ありがとう。いやぁ、自分も最初半信半疑だったけど、こうしてみると実体化した怪獣ってカッコイイよね! 特にロックは鋭い嘴に気合い入れててさ、この攻撃性あふれるデザインがいかにも怪獣! って感じで!」


 宝田さんが生み出した怪獣に近付きながら熱弁してくれた。

 その嬉しそうにキラキラとした表情と、怪獣を語る際の流暢さ。これで俺は確信した。


「宝田さん、やっぱり怪獣が好きなんだね」


「うん、大好き!」


 屈託のない笑顔を浮かべる宝田さん。

 怪獣好きの女性なんて少ない……というより見た事がないので、何だか珍しいとは思っている。しかしそういうのは人の好みというものがあるので、あれこれ詮索せんさくはしないつもりだ。




 ――ブーン、ブーン!! 怪獣です、怪獣です! ブーン、ブーン!!


 突然心臓に悪いアラームが響いて、俺は思わず跳ね上がった。


「うぉ!? 何っ!?」


「びっくりしたでしょ、これは『怪獣出現速報』と言って、スマホが怪獣を知らせてくれるの」


「地震速報かよ」


「よく知っているね。地震速報を元に作ったって言うけど」


 これは余談だが、俺は心臓が止まりそうなのであのアラームが苦手なのだ。

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