第5話 怪獣少年について

「じゃあ改めて、私とあなたのこと説明するね」


「は、はい……」


 俺達は2つあるベッドに向かう合うように座った。

 これからこの身体や彼女自身の詳細を語ってくれるそうだ。


「先に私の説明から入るけど……って大丈夫? なんか挙動不審というか……」


「だ、大丈夫……どうぞ、うん」


「そう? まぁこの通り私、普通の女子高生だけど……」


 ……あかん、我慢だ、我慢しろ、東麻悠二!! シャツがおかしくて集中できないとか口が裂けても言えんぞ!!


 俺はピースをしたキモカワ怪獣の絵が気になって気になって仕方がなかった。

 どうあがいても美少女が着ていいものではないし、そんな姿で真剣に話すという構図が腹筋崩壊を促進させてしまう。


 しかし彼女がちゃんと経緯を話しているのだ。ここで笑ってしまったら男がすたる。

 とにかく笑いそうな口をぎゅっと締めたり、足をつねったりと対策を試みた……が、やはりダサいシャツが目に入って噴出しそうだった。


「実はね、私にはある能力が備わっているの」


 宝田さんがそう言いながらバックの中を漁り出した。

 出てきたのはイラスト描きに使えそうなタブレットとタッチペン。その画面を起動させてから俺に見せてきた。


「これって……!」


 映っていたのは怪獣のイラスト画像だ。


 2本角を生やした恐竜のような顔立ちと引き締まった四肢、両肩の棘と長い尻尾。

 紛れもなく俺の怪獣形態だ。


「うん、あなたの怪獣としての姿。信じられないと思うけど、私は怪獣のイラストを具現化することが出来るの」


「具現化? 俺がこのイラストから……」


「そう。で、これが初めてじゃなくて数体ほど怪獣を生み出したことがあるの。まぁ、最近生み出した子はタラスクと戦って殺されちゃったけど……」


 その言葉に俺はピンと来た。

 タラスクと東京で戦っていたという正体不明の怪獣……。


「さっきネット見てたらタラスクと戦った怪獣の事が書いてあったけど、それって君の……」


「そうそれ。善戦はしたと思うけど負けちゃって……それに自分が生み出した怪獣が殺されたのはすごく苦しかったかな……。あっ、ごめんね。湿っぽい話して」


「ううん大丈夫。でも何で、俺みたいな人間にも怪獣にもなれる奴が生まれたんだ?」


 宝田さんが怪獣を創造する能力を持っているのが明らかになった。ただそこだけが一番の気掛かりだ。


 すると彼女が怪獣のイラストをスライドさせ、あるものを見せてきた。

 怪獣の横に描かれた文章だ。


「身長30メートル、体重50トン、平時は人間の少年に擬態して……そうか、プロフィールか!」


「うん。こうしてプロフィールに能力とかを描けばその通りになるの。まぁ、本当に男の子に変身できるなんて最初思わなかったけどね」


 照れくさそうに頭をかく宝田さん。


 一方でこの能力からして、彼女が意図して俺を怪獣にさせた訳ではないのが分かった。

 おそらく怪獣の幻影に殺された後、「宝田舞が生み出した怪獣の人間形態」に転生(?)したという設定なのだろう。


 どうしてそんな風になったのかはこれから先調べるつもりだ。

 もちろん宝田さんのこの能力についても。


「何で宝田さんがそんな能力を持っているんだ?」


「ああうん。あれは最初の怪獣が現れた時かな……」


 話はこうだ。


 家にいた宝田さんは、新調したタブレットの設定などをいじっていた。そんな時に電流が走るように妙な違和感が襲ったという。


「このタブレットを使えば、自分の望むものを生み出せる」……といった直感だったと彼女は語る。


 そうしてすぐに庭で実験したところ、本当に怪獣が生まれたという。

 といっても最初は人目が付かないような小型だったのだが、次第に大型も作るようになって今に至るという。


「その能力が開花した時間がね、実は怪獣1号が出現したのと全く同じだったんだよ。ちゃんと時計見てたから間違いとかじゃない」


「……それじゃあ、その能力と暴れている怪獣に何か関係あったりするのか?」


「多分。もしかしたら私が人間社会を襲う側になったりして……さすがにそれはしたくないけどね」


 苦笑交じりに話す宝田さんを見て、俺は某アニメキャラを想像してしまった。

 いずれにしても彼女に暗い未来がない事を祈りたい。 


「説明はこんな感じなんだけど。実は私、肝心な事をまだしてなくて」


「肝心な?」


「名前。あなたが同意するのか不安だったから後回しにしちゃって……ほら、怪獣の命名は結構重要でしょ?」


「分かる」


 怪獣命名はロマンの1つだ。

 例えるなら主人公が乗るロボットの初戦闘と同じくらい。


「それでもう決まっているんだけど……『勇猛怪獣ソドム』ってのどう?」


「ソドム……それって聖書のホモの街なんじゃ……」


「ホモ? 確かに『ソドムとゴモラ』が由来だけど、それは神に反逆する異教徒の街だったよ。反逆者って辺りが怪獣らしいからさ」


「ああ……なるほどね……」


 どうやら内容が元の世界とは違うようである。

 元ネタ通りならホモになってしまうと悪寒した俺だが、その言葉を聞いて安心した。


 それとしれっと『勇猛怪獣』と肩書きを付ける辺りが中々乙だ。

『宇宙恐竜』『超遺伝子獣』『黄金の終焉』など、肩書きは怪獣の特徴を表すエッセンスなのだ。


「ただ人間形態の時にソドムって呼んだら怪しまれるからね、別の名前を用意しないと……」


「それなら『悠二』ってのがどうかな? 漢字はえっと……こんなやつ」


 机に置いてあった紙とペンで名前を書いてから、宝田さんに見せてみた。


「悠二……」


「ああ。こんなんでよければなんだけど……何か別の名前考えてるとかある?」


「いや特には……でもカッコいい名前だね、悠二って。あなたらしい名前だと思う」


 宝田さんが軽く微笑んでくれた。

 まさか名前が褒められたのは予想外だったので、これには照れそうになる。


「じゃあ、あなたはこれから悠二君って事で。よろしくね悠二君」


「あ、ああ……」


「……あっ、もうこんな時間だし、そろそろ寝ようか。家に帰ったら怪獣の生み出し方見せるから」


「うん、分かった……」


 そろそろ消灯の時間だ。部屋を暗くしてから、俺達はベッドの中に入った。


 この話で俺が分かったのは、宝田さんには怪獣創造なる能力があるという事。自分はその宝田さんの生み出した怪獣に転生した事くらい。

 あとはハッキリとは言えないが、彼女は意外となのかもしれない。その辺は家に着けば分かるだろうが。


「あの、悠二君」


 まぶたを閉じようとした時、宝田さんが不意に言ってきた。

 部屋が暗いので彼女がどんな顔しているのかは分からない。


「どうしたの、宝田さん」


「いや、そんな大した事じゃないし多分気付いていると思うんだけど、実はさっきのソドムの絵、私が描いたんだよ。というか生み出した怪獣は、私が全部描いたというか」


「ああ、やっぱり?」


 それは言われなくてもなんとなく気付いていた。

 そしてそわそわ聞いてくるという事は、多分感想を聞きたいのだと思う。


「正直言って、さっきの絵すごく上手いと思うよ」


「そ、そう?」


「うん、影の使い方なかなかいいし、モールドなんかも細かいしさ。ちょっと怪獣好きとして親近感が出たかな」


 お世辞ではなく本音である。宝田さんならイラストレーターとして食っていけるのではと思う。


 ちなみに俺も怪獣好きとしてイラストを描いた事があるが、まだまだ上達していないのが実情。

 ツイットにあげてもいいねが15あるかないかいったところだ。


「……だったら嬉しいかな」


「ん?」


「そうやって絵で褒められたの、初めてだから。あっ、そんな深い意味はないよ。気にしないで」


「……そう」


 そんな言い方をされてしまったら気になってしまうが、本人が言うのなら仕方ない。

 改めて「おやすみ」と言おうとした俺だが、


「ところで生まれたばっかりなのに、何でモールドとか単語知ってるの? 上手いと言うなら分かるけど」


「えっ? ……あっ、さっきネットで調べものしてて! それでイラストの事とか知っててさ!」


「……ネットの使い方も知っているんだ」


「ああ! 適当にいじっていたらそうなって! じゃあお休み!」


 しまったぁああ……!!


 宝田さんからすれば俺は生まれたばかり。そういう設定だったというのをすっかり忘れていた! 

 こんなにも知識があると逆に怪しまれる可能性があるし、慎重に言葉を選びたい。


「字も書けて知識もあるなら、小学校入学とか大丈夫かな」


「えっ?」


「ううん何でもない。お休み」


 何でもないと言われたが、確かに小学校とか聞こえてきた。

 大学生の俺が小学生に逆戻り……少し嫌だ。

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