第3話 怪獣だと活動しにくいが、ちゃんと解決案はある

 そうだよ……俺はあの時に怪獣の幻みたいな奴に握り潰されて……それで何で生きている訳? 何で怪獣の姿になっている訳?


 色々とおかしい事が起こりすぎて混乱しそうだった。

 確かに俺は今さっき怪獣になりたいと言っていたが、それが現実になるなんて思いもよらなかった。なれたという達成感よりも戸惑いと疑問が渦巻く。


 頭を抱える俺をよそに、女の子がバックから手鏡を取り出した。


「自分からじゃあ姿分からないよね。これ見て」


 自分が怪獣になっているので、手鏡は豆粒サイズだ。なので腰を下げて這いつくばるような体勢をとらなければならなかった。

 そうして手鏡を覗いたところ、今の俺の姿はだいぶ把握できた。


 まず目にしたのは、オーソドックスで恐竜的な怪獣の顔つきだ。

 口をニカッと広げれば鋭い牙がズラリと。さらに触った時に分かった2本角は、闘牛のように前面に伸びた形状をしていた。ついでに鼻先にも角がもう1本。


 体表は褐色をしている。肩には棘がそれぞれ2つ生えていて、両手両足は太く強靭そうだ。ついでに足は逆関節になっている。

 背中には怪獣特有の背ビレがずらりと並んでいた。尻尾は身の丈を気持ち越えた長さをしているか。


 強いて言うなら、光の巨人シリーズに出てくる有名な古代怪獣に似ている。

 あれをやや細身にして、令和的にカッコよくしたといったところだろう。

 

「どう、自分の姿分かった?」


「ま、まぁ……いや、本当は理解が追い付かないけど……」


 正直これは現実なのかと勘繰たりたかった。


 あるいは怪獣の幻は実はトラックかなんかで、俺はそれで植物状態になって夢を見ているとか。  

 色々とこの原因を考えた俺だったが、そこである結論にたどり着いた。


「もしかして転生? いやまさか……」


 あの怪獣の幻に本当に殺されて、それでこの姿で転生した。


 そう思ったのだが、いわゆる転生先というのはヨーロッパ風のファンタジー異世界が定番だ。見たところ、目の前の女の子はファンタジー的な衣装も雰囲気もない。

 なら何故自分が怪獣になってしまったのかと思案していた時、何か大きな音がした。


「……いよいよ来た」


「えっ?」


 突然の音に驚いた俺だが、振り返ってみると田舎らしき町が広がっていた。


 今の時間帯は夕方らしく、空がオレンジ色に染まっている。

 そして俺達がいる場所は、田舎町に隣接する森の中。樹々の間からその田舎の全体を見渡す事が出来る。


 夕焼け色に染まった田舎の中に、明らかに場違いな物が動いていた。


 ――ギュオオオオオオオオオオンン!!


 住宅地より3倍ありそうな巨体をしている。奴は甲高い咆哮を上げながら、まるで癇癪を起こしたみたいに家々を薙ぎ払っていた。


 紛れもなくそれは……怪獣。


 鋭い牙が生えたカメのような頭部と背中の甲羅。両腕は非常に太く、ゴリラのようなナックル・ウォークをしている。

 全身は黒い体表で覆われており、目は緑色に光っていた。


「……アイ……ツ……」


 忘れてない。忘れようがなかった。


 あれは間違いなく、面接落ちで嘆いていた俺に襲いかかった怪獣そのものだった。


「お願い! あの怪獣を倒して!」


「……!」


 怪獣に対して呆然としていたところ、足元の女の子が叫んできた。


「今戦えるのはあなたしかいないの! だから……この通り!」


 仮にも怪獣である俺に、女の子が頭を下げてきたのだ。よほど切羽詰まっているのだろうか。

 ……いや、怪獣が暴れているから切羽詰まるのも無理はないかもしれない。


 俺はもう一回怪獣を見た。

 逃げ惑う人の姿が、住宅地の間からよく見えた。そんな彼らの背後には暴れる怪獣。さらにその背後には瓦礫として積み上げられた家々。


 俺は怪獣が好きだ。なので家との比較で、怪獣の大きさを何となく割り出す事が出来る。

 あの怪獣の大きさは大体30メートルほどだ。怪獣になった俺自身も周りの樹や女の子から察するに、暴れている怪獣とほぼ同じ。確かに戦えると言えば戦える。


 しかし――動けなかった。


『足がすくむ』というのはこういうものなのかと、俺自身分かった。

 

 だって暴れている怪獣は、自分を殺した張本人……いや張本獣だから。


「俺……アイツに殺されて……それで……」

 

 面接落ちでへこんでいたところ、怪獣に襲われたなんてよくよく考えればヘンテコなシチュエーションだ。

 しかし、奴に握り殺されたという事実は俺自身にべったり染み付いていた。


 自分の目の前に広がる、巨大で凶暴そうな顔と鬼火のように光る両眼。

 生きたまま握られ、意識があるなか肉と骨が砕かれる感触、そして今までに味わった事がない痛み以上の痛み。


 ……怖い。


 それを思い出すだけで、俺の心臓が暴走するように鼓動した。はち切れんばかりにだ。

 呼吸も乱れてきて、足が震えて、歯が震えそうで……。


「どうしたの?」

 

「……無理だ……」


「えっ?」


「……無理だよ……俺には……」


 自然と後ずさりしてしまう。

 あんなの戦えと言われても、はいそうですかと言える訳がない。


 一方で、しばらく暴れていた怪獣が何を思ったのか地面を掘り出した。

 土煙が立ち込める中、怪獣が地面に潜っていくのが見える。そうして一瞬にして、奴の姿が田舎から消え去ってしまった。


「行っちゃった……。あっ、大丈夫?」


「…………」 


「ねぇ?」


「……あっ? ああ、ごめん……何でもない」


 俺は怪獣から女の子へと向いた。

 心臓の鼓動は、奴がいなくなった後には収まっていた。恐怖の方は未だ残っているがこればかりは仕方ない。


「ごめんな……アイツと戦えるのは俺くらいしかいなかったのに。怖気づいちゃって……」


「そうなんだ……。もしかしたら私が追加した能力の影響かも……そもそも喋る怪獣は初めてだし、人間のような感情が追加されてもおかしく……」

 

「……あの、君?」


 何か女の子がブツブツと言っている。

 それよりもどうしてこうなったのか、俺は気掛かりだった。


「ここどこなんだ? 何で怪獣が急に……」


「もう怪獣いなくなっちゃったし、そろそろ家に戻ろうか。人間形態に戻れる?」


「はっ?」


 今何と言った? 人間形態に戻れる?

 彼女が何でそれを口にしたのか、俺には全く分からなかった。 

 

「私がそうするように設定しておいたけど……もしかして出来ない?」


「怪獣から人間に変化するって事?」


「うん」


「いやいやちょっと待て。確かにこの姿じゃあ人目引くけど、さすがにそんなご都合な事できる訳……」


 と最後まで言う前に、かすかな気配を感じた。


 確認してみたところ、田舎町から離れたところに人だかりが出来ている。しかもこちらを指差したりスマホを向けたりしていた。

 どうみても「あれ怪獣じゃないのか!?」とかそんな会話している……かもしれない。


「とりあえず教えてください」


「教えてと言われても……さすがに私からだと分からないから。そういう感覚みたいなものとかある?」


「感覚みたいなもの?」


 要は自分の意思で、自由自在に変身できるものだろうか。

 俺は試しに「自分は人間に変身できる」と念じてみた。これで上手くいったらそれはそれでアレなのだが。


「ん、お?」


 すると俺の身体から光が放出された。

 光が身体を包み込んでいくと、巨大な怪獣の姿がみるみるうちに縮むではないか。


 そして光が消えると、俺の姿はさっきと別物になっていた。


「おお……ちゃんと人間だ」


 自分から見える両腕両足は人間そのものだ。それに服も着ている。


 ただ……おかしい。

 俺は就活真っ只中の若者。にしては腕や足が小さいし、それに今思えば声が少し高い。


「か……」


「ん?」


「可愛い……」


 その時、女の子からそんな一言が出てきた。


 何故にと俺が思っていた矢先、彼女がもう一回手鏡を見せてくる。

 鏡に映っているのは、先ほどの怪獣然とした姿ではなく、至って普通の


「なんだ、別に何とも……あれ?」


 鏡に映っているのは幼い男の子。


 ショタ、少年、ボーイ。しかも中性的で可愛らしい顔立ち。


「……はい?」

 

 鏡の中の男の子が口元を引きつらせていた。

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