第28話 第三ラウンド︰最初の晩餐
拝啓、弥太郎さん。俺は今みーちゃん一家と夜ご飯を食べています。お義母様の作るご飯はどれも美味しくて、とりわけチキン南蛮は程良い甘さとピリッと舌を刺激する辛さが食欲をそそり続けます。
中略。
弥太郎さん。俺意外と何とかなりそうです!!!
「おい貴様。母さんの料理は絶品だろう」
「みーちゃんが作ってくれるお弁当と並ぶくらい美味しくて涙が出そうです」
「海侑!? ワシには作ってくれんのにこんな小童には作ってるのか!?」
「……だって、やっち先輩は彼氏だし……」
「彼ピだと!?!?!? コイツの妄言では無かったのか!?!?!?」
「ふふ、お父さんたらまた変な言葉を覚えちゃって。そんなに海侑と同じ目線で話したいの?」
「
卍て。多分使い方間違えてますよお義父様。
「時に貴様。どっちから告ったんだ? まあ十中八九貴様だろうが」
「……アタシ」
「先に言わせてしまったことは今でも反省しています」
「別に良いし。……元々アタシの方が長い間好きだったもん」
「今はみーちゃんに負けないくらい大好きだよ」
「ありがと」
「あらあら。海侑ってば乙女の顔しちゃって」
「海侑は可愛いが貴様は殺したい」
この人問答無用で空気ぶった斬るな。二人称も全然変わんないし。
……そして会話が止まる。カチャカチャと箸の進む音が耳朶を打つ。
「……気まずいな、貴様」
「まあずっと喋っててもご飯が食べられませんしね」
「いやこれは良くない。ということで山手線ゲームをする」
急に何を言い出すんだこの人は。
「お題は海侑の好きなところだ」
「やりましょう」
「それアタシもやんの!? 本人なのに!?」
「無論」
「えぇ……」
みーちゃんにとっては地獄の内容だろうけど、俺としては願ったり叶ったりだ。負ける未来が一つも見えない。
「じゃあワシから行く。ワシの次は母さんで、貴様を挟んでから愛しの海侑だ」
よく考えたら山手線ゲームなんてすればご飯を食べるどころじゃないけど、誰もツッコんでないなら別に良いか。
「では僭越ながらワシが音頭を取らせてもらう。山手線ゲェェェェム!!!」
「「Yeahhhhhhh!!!」」
「ねえおかしくない!? これってアタシだけついていけてないの!?」
「こういうのはノリだよみーちゃん!」
「良いこと言うじゃないか貴様! 海侑もバイブスブチアゲでテンアゲだ!」
「その口調やめてくんない!?」
ちょっと古いよね。まあお義父様も頑張って覚えたんだろう。
「じゃあ行くぞ! 海侑の好きなところ!」
パンパン!
「全部!」
パンパン!
「全部♡」
パンパン!
「全部!!!」
パンパン!
「ちょっとストップ!!!」
みーちゃんは慌てて止めに入る。みんなに言われて恥ずかしかったのかな?
「山手線ゲームって同じことを言うのはダメでしょ!? ……いやそもそも全部っておかしくない!? 次のターン何言うのさ!」
「でも全部なものは全部だ」
「全部よねぇ」
「全部好きだよみーちゃん」
「ありがと!!! でもそういうのじゃないから!」
今日のみーちゃんは元気だなぁ。ぷりぷりしてて可愛い。
「……あと、やっち先輩にはちゃんと言葉にしてほしいし」
「可愛い……好き……」
「お父さんはどうだ!? お父さんにも言ってほしいよな!?」
「毎日言ってくるからもう慣れたよ」
「山手線ゲームはやめだ。ワシが傷付く」
「もう、自分勝手なんだから。お父さん、お酒飲む?」
「ワシが持ってくる。確か
良いの飲んでるなぁ。確か店長が誰かのお祝いごとの時に渡してる日本酒だよね。
「貴様もどんどん食べろよ。おかわりがいるならよそってきてやるぞ」
んでこの人は本当に良い人なんだなぁ。口は悪いしみーちゃんが絡むとおかしくなるけど随所から人の良さを感じる。
だからみーちゃんはまっすぐ育ったのかな。
何だかみーちゃんの歴史を見たような気持ちになった俺は、不思議な気持ちになりながらもお気遣いありがとうございますと頭を下げた。
◇
「貴様中々話がわかるヤツだな! 二十になったら一緒に飲むぞ! 貴様!」
「お! 良いですねぇ!」
「若いうちは良いものを食べて舌を肥すに限る! とんでもなく高いものをご馳走してやるから覚悟しておけ貴様!」
「あざっす!!!」
それからして、俺達は夕食を終えると男女に別れてそれぞれ世間話をしていた。みーちゃんはお義母様と話し、俺は晩酌をするお義父様と談笑している。
「ほらお母さん、言ったでしょ? やっち先輩は歳上の人とすぐ仲良くなれるの」
「あんなに機嫌の良いお父さんは久しぶりねぇ」
遠くでそんな会話が聞こえてくる。俺も話してて楽しいし、相手もそうなら本当に良かった。
「時に貴様。さっきは聞きそびれたが、貴様は海侑のどこを好きなんだ?」
「全部を語ると長くなりますが、大丈夫ですか?」
「一言でまとめろ。それが貴様の本質になる言葉だ」
お義父様はアルコールによって赤らんだ顔をしながら静かに呟く。
言われた俺は、はっとしていた。
好きを語るには何も言葉を重ねる必要がない。嘘つきは饒舌になるとも言うように、長く話せることはイコールで本当の気持ちとは限らないのだ。
ただいざ一言で表すことを考えてみると、答えは案外すぐに浮かんできた。
「一生懸命だけど誰かに頼ることも出来るところですね」
「……なるほどな」
お義父様はお猪口をテーブルに置く。どこか安心したような表情をしていた。
「まあ、一応聞いておくか。そう言った理由は?」
「俺にとって海侑さんはやっぱりバイト先で見た姿が強いんです。俺が先輩であることはご存知ですか?」
「ああ。毎日のように海侑が貴様のことを自慢してくるからな」
……それは何というか、嬉しいな。
「……続けますね。俺達が勤めてるところは大別すると飲み屋なので、やっぱり覚える量とアドリブ力が必要になるんです。だからそういうところは一生懸命取り組むんですけど、自分だけではどうにもならないところはちゃんと頼ってくれるんですよ」
例えば弥太郎さんに絡まれた時。あそこで無茶に自分だけで何とかしようとしていたら拗れていたはず。学校でもわからないところは聞いてくれたりと、自分だけで抱え込まないところはみーちゃんの大きな美点だ。
「だから俺は、海侑さんのことが好きです」
「そうか。安心した」
それだけ言うとお義父様はまたお猪口にお酒を注いだ。俺が注げば良かったかなと後になって反省する。
「今日はもう時間も遅い。貴様も早く帰れ」
「では今日のところは失礼させていただきます。お義母様も、今日はご馳走様でした」
「良いのよ! また来てね!」
「みーちゃんは……、あれ? トイレにでも行きましたか?」
「やっち君があんまりにもまっすぐ言うから照れちゃって。部屋にこもっちゃったのかな」
「では挨拶をしてからお暇させていただきますね。今日はありがとうございました」
深く礼をするが、二人はそれ以上何も言わなかった。俺は二階のみーちゃんの部屋へと向かう。
ノックをして、ドアの外から声を掛けた。
「みーちゃん、入っても良い?」
「……」
「みーちゃん? 入るよ?」
再度確認しても答えが返ってこなかったので、俺は恐る恐るドアを開けて部屋に入る。
中にみーちゃんの姿は見えなかったけど、代わりにパステルブルーの掛け布団がこんもり膨らんでいた。
「……アタシ、今は顔見れない」
聞こえてきたのはくぐもった声。俺は僅かに苦笑した。
「俺帰るからさ、カバン取りに来たのと挨拶をと思って」
「……送ろっか?」
「そしたら帰りは誰がみーちゃんを家まで送るのさ。明日も会えるから今日のところは大丈夫だよ」
「……わかった」
依然掛け布団越しのくぐもった声だけど、ひとまず怒ってるとかそういうのじゃなくて良かった。俺は胸を撫で下ろし、カバンを手に取る。
「じゃあまた明日ね」
俺はそう言って立ち上がって部屋を出ようとする。
だけど後ろからぎゅっと抱きしめられ、足を止めた。
「……また明日」
「うん。また明日」
「部屋出る時こっち向かないでね。多分顔真っ赤だし」
「確認して良い?」
「バカ」
交わした言葉はそれだけ。背中に伝わる体温が温かい。
……もう少しは、このままでも良いかな。
どれくらいそうしていただろう。やがてみーちゃんからの抱擁が解かれると、俺は最後に。
「好きだよ、みーちゃん」
「アタシも好き。またね」
そんなやり取りをして、俺は家路につくのだった。
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