第22話 対等な関係とは
月明かりが照らすバイトからの帰り道。予定より一時間早く終わったので俺達は少し遠回りをして帰っていた。
来た先は近場にある大きな公園の遊歩道。夜の九時と言えどすれ違う人は居て、どこかくすぐったい気持ちになる。
「はー……今日は何か変に疲れたし……」
みーちゃんは学校モードだ。前にバ先以外ではそれで統一しようって話になってたからだろう。黒髪ロングから出るギャル口調もそろそろ慣れてきた頃だ。
「まさか眞鍋先生が来るとはなぁ……。流石に予想外だったよ」
「だねー……。明日の数学どんな顔で受けよっかな……」
「それだよなぁ……」
見ちゃいけないものを見たような気分だ。まあ先生も人間だし当たり前っちゃ当たり前なんだけど……。
……知り合いとマッチングアプリで出会ってるっていうのは何かこう、ちょっと違うけど肉親のそういう事情を知ってしまったみたいな気まずさがある。向こうもアルコールが入ると記憶が無くなるタイプだったら良いんだけど……。
弥太郎さんのことを思い出して、俺はふとみーちゃんの靴に視線を向ける。歩くのにはあまり適してないような高めのヒールを履いてるのが目に入った。
「どこかベンチに座ろっか。時間は大丈夫?」
「全然大丈夫。んじゃそこ行く?」
みーちゃんの指差したところはいくつかの街頭に照らされた質素なベンチ。他に行きたいような場所もないので俺は二つ返事でそこに向かう。
改めて腰を下ろすと、何だかどっと疲れが出てきた。
「……先生来たりしないよね?」
「今日は店長の家に泊まるんじゃない? あの感じだとまともに帰れなさそうだし」
「ベロベロに酔ってたもんなぁ」
俺もいつかああなるんだろうか。周りに迷惑は掛けないようにしなきゃ、なんて反面教師にさせてもらうことにする。まあ相手は実際の教師だから失礼極まりないけどね。
「……そだ、結局聞いてなかったけど瀬里香とラインって何で交換することになったの? 本当に仲良くなったから?」
……これは言っても良いのか? でも言わないで心配させるのも忍びないし別に良いか! みーちゃんが可愛いのは事実だしね!
「同盟を結んだんだよ」
「同盟?」
「みーちゃんを遠くから愛でよう同盟」
「何それ!? 何で!?」
そりゃみーちゃんが可愛いからだよ。だけどそのまま言っても伝わるかな。
……巡らせろ、俺のシナプスを!!!
「恋する女の子は可愛くなる」
「きゅっ急に何!?」
「最近のみーちゃんは今までに比べてとんでもなく可愛いらしくて。それで世良氏とも相性が良さそうな俺に盟友の白羽の矢が立ったって感じだよ。まままままあ? 恋するっていうのは一応俺と恋人結んでるからっていう事実に基づく推測だからもももしかしたら違うかもしれないけどね? ごめんね変なこと言って土下座してくる!!!」
「そ、そんなことしなくて良いし!」
地面に這い蹲ろうとした俺を慌てて止めに入るみーちゃん。優しい……マントルより深い優しさだよみーちゃん……。
「……別に? 否定するところはないっていうか? ま、まあ可愛くなれてるかはわかんないけどね!」
「みーちゃんは可愛い!!!」
「ありがと! でも恥ずかしいからそれやめて!」
やめろってことならまあ……ただ当然本心だけど。
一旦話が途切れる。周りに人の気配は無く、まるで俺達だけが世界に取り残されたような錯覚を覚えた。
……今なら、勇気を出しても良いかな。
「ねえみーちゃん。今日の補習のこと覚えてる?」
「え、どれの話だろ」
「不可抗力でハグしてしまったこと」
「そそそれね! 覚えてるけど!? 一応ね!!!」
照れ隠し可愛い。じゃなくて。
「……改めて言うのは恥ずかしいんだけどさ。その、やり直しというか……今度はちゃんとさ、お互いがしようって思いながらしない?」
それは世良氏から聞いた話。みーちゃんはハグをしてみたいけど恥ずかしくて言い出せない。だったら俺から言えばみーちゃんが恥ずかしがることなくハグが出来る。
彼氏は彼女に尽くして然るべき。前時代的な考えかもしれないけど、当の俺がそうしたいって考えてる。
「ダメかな」
「っ、ううん! ……こんなことを言うとはしたないって思われるかもしれないけど、アタシもしてみたい……です」
みーちゃんは小さくなりながらも受け入れてくれる。俺達は改めて向き直った。
……落ち着け俺! 今更緊張して何になるんだ!
「じゃ、じゃあ行くよ」
「……ごめん、ちょっと待ってもらえる?」
えぇ!? ここでお預け!? まさか俺の緊張が伝わっちゃった!? そそそれともやっぱり考え直したらこんなシチュエーションは嫌とか──
──だけどそんな考えは、俺の身体が受け止めた柔らかい温もりによって否定される。
みーちゃんは
「……手を繋いだもそうだけど、いっつも皆川が恥ずかしいところはしてくれてるんだもん。そういうとこは凄くカッコ良くて大好きだけど……たまには、ね」
ぎゅうと抱きしめられた俺はショート寸前の頭で何とか抱きしめ返す。補習の時のような偶然じゃない、お互いがしようと思ってする初めてのハグ。
「……何か言ってくれないの?」
「嬉し過ぎて思考が吹っ飛んでた」
「ふふ、何それ」
「初デートでみーちゃんが俺に奢らせないようにした時にさ、二人の関係は対等でありたいって言ってたじゃん。それの意味がようやくわかった気がするよ」
どっちかが尽くしているだけだと、またどっちかが貰ってばかりだといずれ歪みが出てくる。
時間が経つともしかしたら尽くしてる側は何でこんなに頑張ってるんだろうって、あえて無機質な言い方をすればリターンが無いことに疑問を覚えるかもしれないし、貰ってる側は尽くされてることすら忘れてしまうかもしれない。
そんな当たり前のことを、今ようやく実感出来た。
「……アレだね。相手からしてもらえると嬉しいや」
「じゃあこれからもいろんなことしようね」
「ぎゅーだっけ。みーちゃんって友達には可愛い言い方をしてるんだよね」
「誰から聞いたの!? あー子!? いや瀬里香でしょ!!!」
俺達は抱きしめ合いながら他愛もないことを話し合う。五月の夜だと言うのに身体は寒くなかった。
「ねえ皆川。そう言えばそろそろ文化祭の準備が始まるね」
「そうだっけ。……去年俺が居たクラスって文化祭で何したんだろう」
「何それ。休んでたの?」
「ぼっちだったから何一つ参加した覚えがなくてさ。ひたすら来賓のお爺さん達と将棋を指してたことならうっすら覚えてるけど」
「そっか」
みーちゃんはそう言うとハグをやめて俺の目をまっすぐ見つめる。ほんのり頬に朱を差しているのがどうしようもなく愛おしい。
「今年は楽しい文化祭にしようね」
はにかんだみーちゃんの笑顔は今後頭から離れそうにない。
学校行事が楽しみになったのは、今日が初めてだった。
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