第21話 バイトをしてると妙な組み合わせに出くわしがち
補習を終えてみーちゃんを家まで送り届けると、俺はちゃちゃっと用意をしてバ先のユキドケに顔を出していた。
仕込みは問題無く終わり、少ししてみーちゃんにも手伝ってもらって現在の状況。
時刻は午後七時半。お店の忙しさはピークに達し、俺とみーちゃんと店長の三人だと手が回らないくらいに賑わっていた。
「みーちゃん二番テーブルさんにとんぺい焼き持っていってもらえる? その後一番テーブルさんの注文取ってこれるかな」
「大丈夫です!」
「やっちー豚バラの解凍終わったー?」
「丁度終わったところです! 生地も用意しておきますね!」
「おねがーい」
まだ金曜日じゃないよな? なのに何でこんなに忙しいんだ。
「やっちー! こっちレッドアイ二つー!」
「あいよー!」
俺は冷やしてある中ジョッキを二つ取り出し同じく冷やしていたトマトジュースを半分まで注ぐ。後はビールを注げば完成だ。
「レッドアイ二丁お持ちしました!」
「仕事が早いねー! 流石やっち!」
「あとさっきそっちの男の人も呼んでたよ!」
「ありがとうございます! ちょっと行ってきますね!」
いつもの二人の隣には一つ席を空けて弥太郎さんが座っている。どうやら今日はサシ飲みらしく、一人静かに日本酒を煽っていた。
「お、来たかやっち! 聞いてくれよ!」
「今忙しい……こともないか。ちょっと落ち着いたので聞きますよ。どうしたんですか?」
「オレこの後女の子と飯食うんだよ! 見たかこのモテ男っぷり!」
「お、良いですね。ちなみにどこで知り合ったんですか?」
「マッチングアプリ!」
ああ、最近はそういうのもあるのか。高校生じゃそういうのはまだ使ってる人の存在は聞いたことない、てかまあぼっちだから同級生とはほとんど話さないけど、本人達の需要が合ったわけだしね。否定するつもりはさらさらない。
「あ、だから隣の席空いてるんですか?」
「そう! 店長に言ったら別に良いよーって! うわぁ今からワクワクしてきたなぁ!」
弥太郎さんとマッチングする人か。どんな人なんだろう。
「ちなみに弥太郎さん、先にお酒飲んでも良かったんですか?」
「少し遅れそうなので先に飲んでてくださいってよ! 相手のことも気遣える良い人なんだろうなぁ……」
ちょっと浮かれ過ぎな気もするけど、まあ弥太郎さんと相手が了承してるなら良いか。弥太郎さんにはどうかしっかりした女の人が恋人になってあげてほしい。この人チャラチャラしてるしね。
カランカランとドアの開く音がする。噂をすればかな。
「いらっしゃい……うええ!?」
「すみません待ち合わせで……え、みみ皆川君!?」
そこに居たのはまさかの数学のあの何か面白い先生。ちょっと遅れるってもしかして俺達の補講が原因……? 何かごめんね先生……。
い、いやまだ弥太郎さんのマッチング相手と決まった訳じゃない。慌てるな皆川大和。
「あ、
あの先生の苗字って確か眞鍋だったよな。希望無くなっちゃったじゃん。
「は、はい……失礼します……」
先生改め眞鍋先生はおずおずと隣の空いてる席に腰を下ろす。き、気まずい……。
「あ、紹介しますね眞鍋さん! ここに居る男の店員はやっちって言って、よくラインとかしてる面白いやつなんですよ! まだ高二なんですけどね!」
「はい……知ってます……」
「あれ、ここ来たことありました? すんません行ったことあるとこ紹介しちゃって」
「いえ……その……」
と、とりあえずみーちゃんに報告しておくか。絶対ビックリするだろうし。
バックヤードに戻るとみーちゃんは一生懸命枝豆を作っていた。もう俺が居なくても自分で動けるようになったんだなぁ……頑張ってるなぁ……じゃなくて!!!
「ねえみーちゃん。今来たお客さん見た?」
「見てないですけど、どうかされましたか?」
「驚かないでね」
「? はい」
「数学の眞鍋先生が弥太郎さんと飲みに来た」
「えぇ!?」
だよね、やっぱり驚くよね。気持ちは凄いわかるよ。
「俺は髪型を整えてるだけだからすぐにバレたけど、みーちゃんは多分自分から言わないとバレないからさ。何で変装してるのとか変な追求をして欲しくなかったら他人のフリをするのが良いと思う」
「わ、わかりました。そうします」
俺は忠告を終えると、別のお客さんに呼ばれたのでそっちに向かう。
……変なことにならないと良いけど……。
◇
それから一時間が経ち、場は混沌としていた。
「でねぇ弥太郎さん!!! うちのハゲがホント最悪で! せっかく作った授業計画が全部パー! あっパーって言っても手の平のことじゃないですよ! って知ってるか! うふふふふ!」
「へ、へぇー……大変っすねぇ……」
やっぱり金曜日でもないのにさっきの忙しさはたまたまだったようで、テーブルのお客さんは捌け残すはカウンターの麻美さん沙亜耶さん(どっちがどっちかは未だにわからないけど)、弥太郎さんと眞鍋先生の四人だけになっていた。
……仕方ない。どうにか諭すか。さっきから弥太郎さんのどうにかしてくれって視線が痛いし。
「眞鍋先生。大丈夫ですか? これお冷です」
「あー皆川君だー! また補講させたらハゲにチクるからねー!」
「え、やっち知り合いなの? てか皆川って本名?」
「実は数学の先生なんですよ。補講は授業を真面目にしなかったからなんですけど」
「ほーら眞鍋、うちの店のルール守って。うちの従業員の本名を簡単に言わないの」
「ごめんなさいってばよ……」
ん? 店長も知り合いなのか? 店長にしては珍しい距離感じゃないか?
「やっち、今うちと眞鍋の関係探ったでしょ」
「探偵モードやめてください」
「眞鍋はうちの中学の後輩。ソフトボール部で一緒だったの」
まさかの繋がりだなオイ。
「まーうちには『ナンパされたらどうするんですか!』って言って彼氏が出来るまでは来ないとか言ってたし、やっちは知らなくて当たり前なんだけどね」
「え……? てことはオレちゃんと狙われてるんですか……?」
「ふふふふふ」
「怖い怖い怖い! やっち助けて!」
「みーちゃん! 洗い物任せてごめん! もう大丈夫そう?」
「あとちょっとで終わりまーす!」
「見捨てんなよ!?」
だって絡まれたくないし……。明日からどんな顔して数学を受ければ良いんだ……。
「……私達帰るね! お勘定お願い!」
女子大生の二人は帰るのがいつもより早いな。もしかしなくても眞鍋先生に絡まれないよう逃げるつもりだな。気持ちはわかるけど。
会計を済ませると二人はまた来るねとだけ言ってそそくさとお店を後にする。二人の来る頻度が高いのもあるんだろうけど、この人達も大概可哀想なタイミングで来るよな……いつもごめんなさい……。
「洗い物終わりました!」
そう言ってみーちゃんはカウンターに出てくる。温水で洗わなかったのかかじかんだ手を擦り合わせてた。
「水冷たかった?」
「……今気付いたんですけど温かくするの忘れてました。だから冷たかったんだ……」
「五月とはいえ夜は冷えるから気を付けてね」
「はい。……その、心配してくれてありがとうございます」
「これくらい当然のうちにも入らないよ」
「やっち先輩……」
「あー!!! 見たことありますよこの甘酸っぱい空気! 具体的には放課後の補習!!!」
「「っ!?」」
勘良いな!? 俺の周りの人は何でこう要らないところで鋭いんだ!?
「あーもう、眞鍋早く帰りなー。アンタのせいでお客さんどんどん帰っていくんだけど?」
「ごめんなさいぃ……」
「弥太郎君、お持ち帰りする? 初物だよ」
「いや……すんません勘弁してください……」
あの弥太郎さんにそう言われるってどれだけなんだ。こんな一面知りたくなかったなぁ……。
「……じゃあオレ金払ったら帰りますね? 店長知り合いらしいんで置いて帰りますよ?」
「はーい。うちの後輩がごめんね」
「いえ、その……」
弥太郎さんは何も言わずに眞鍋先生の分もお金を出すと一目散に帰っていった。ご愁傷さまです先生……。
「やっちとみーちゃんもここに居たら眞鍋とも気まずいだろうし帰っても良いよ? シフトの時給分は出すからさ」
「え、良いんですか?」
「まあうちの後輩の醜態をこれ以上見られたくないってのもあるし、全然気にしなくて大丈夫だよー」
俺はみーちゃんと顔を見合わせる。正直言うと帰れるものなら帰りたいのが本音だけど、何となく口に出すのは憚られた。
それはみーちゃんもどうやら同じようで、二人で静かに頷くと。
「すみません、ではお言葉に甘えて……」
「はーい。お疲れー」
俺達は先生に見つからないように、こっそり更衣室へ向かったのだった。
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