第5話 恋人との初めての下校(ギャル同伴)

 みーちゃんの言ったあー子とは、クラスでもみーちゃん……ここは御代って言った方が良いか。御代と双璧を成すトップカーストの一人だ。


 本名は浅雛綾湖あさひなあやこ。御代を近付き難い高嶺のギャルとするなら浅雛は全人類を引き寄せる太陽みたいなギャル。御代の告白される回数は然ることながら、しかし浅雛は噂によると御代以上に告白されているらしい。


 簡単な話だ。告白を考える母数の中に俺みたいな陰キャが含まれているか否かの違い。


 浅雛は誰とでも仲良く接する。だから女子に免疫のない人間はすぐに勘違いしてしまう。ちなみに俺は女子大生の常連さんや店長、後はそれこそみーちゃんが居たから耐えられた。危なかったけどね!


 ……そんな男キラーの浅雛と、彼女同伴で一緒に帰ることになってしまった。


 教室のチラっと時計を確認する。時刻は午後三時半。丁度終礼が終わったところだ。


 ここはさっさと校門に移動してサラッと合流するに限る。みーちゃんはともかく浅雛みたいなタイプは絶対面倒を起こす。


「あーやっと学校終わったぁ! んじゃ海侑帰ろ! あと皆川君も!」

「「「皆川!?」」」

「Oh……」


 クラスメイトどころか先生の視線すら独り占めにする俺。神よ、何故俺にこんな試練を与えるのですか。


 と、とりあえず何か返さなきゃな! うん!


「そ、そうだな! 帰ろっか!」

「「「はぁ!?」」」


 さも当たり前のように答える作戦失敗したなぁコレ!?


 恐る恐る周りを見渡してみる。全員が俺を遠巻きに見てはこそこそ話していた。ちなみに全員っていうのは何一つ盛ってない。


「なぁ……皆川ってどんなやつか知ってるか……?」

「いや……オレはぼっちってことしか……」

「ねぇ見て、皆川君って人他のもっさい男子に比べたら髪型ちゃんとしてない? 今日だけ?」

「あー子ちゃんと一緒に帰るから気合い入れてるんじゃない? てか普段の髪型知らないかも」


 言いたい放題だなこの人達。あと女子だけ俺含む男子全員にトゲがあるのは何でだ。ちなみに髪の毛は一々ワックスを落としても乾かす手段が無いからって理由でそのままです。


「行くよ。あー子」

「えー? 皆川君はー?」

「そのうちついてくるでしょ」


 話は終わりだと言わんばかりに教室の空気をぶった斬る。普段のみーちゃんも可愛いけどカッコ良いみーちゃんもめちゃくちゃ良い。俺が女の子だったら静かに唇を差し出す。気色悪いな今の。


 俺は言われた通りに少し遅れてだけどついていく。


 結局、それ以降は誰も俺については話していなかった。



 歩道。俺。浅雛。みーちゃん。


 何だこの状況。


 ……いや何だこの状況!?


「ねー皆川君知ってた? 海侑って彼氏出来たらしいんだよー!」

「へ、へぇ〜? それはおめでたいね?」


 勿論知ってます。彼氏は俺です。


「てか海侑も言ってくれたら良かったのにさー! あたし朝は吹部の朝練で居なかったのに帰っても自分からは教えてくんないの! 聞いた時はめっちゃビビったんだから!」

「た、確かに水臭いかも?」

「別にあー子を除け者にしたわけじゃないし。帰ってきたら誰か言うかなーって思ってたというか……それどころじゃなかったと言うか……」


 ああ、そう言えばやっちが俺だって発覚した直後だもんね。周りが心配するくらい動揺してたし。


 ダメだ。学校のノリだとどうしてもどもってしまう。


 ……降臨させるんだ。バ先のやっちを……!


「オッホン!」

「わぁ!? どしたの皆川君!?」

「あはは、ごめん。驚かせちゃった?」

「もー、急に大きな音はやめてよー?」

「……!」


 バイトモードの俺を見ても浅雛は態度を変えない。てかそもそも変わったことにすら気付いてないっぽい。


 ただし対照的にみーちゃんは目を丸くすると物凄いスピードでスマホを触り出す。ギャルのフリック速度えっぐ。何本指生えてるんだ。


「っと、ごめん」

「どしたん? ライン?」

「だね。ちょっとだけ待ってて」


 スマホにはラインの通知。特に送り主を確認せずに画面を開くと、相手はまさかのみーちゃんだった。



みーちゃん︰やっち先輩何でやっち先輩モードなんですか。浮気ですか。



 ん!?!?!? 何で浮気!?



やっち︰違うよ!? 学校の俺だとコミュ障だからバ先の俺を降臨させただけで、やましいことなんて全然ないよ!?


みーちゃん︰そうですか。



 嫌われたかなぁ俺嫌われちゃったのかなぁ俺!? 涙滲んできた!? 涙滲んできた!!!


「皆川君どしたん? あれ、涙目?」

「ちょ、ちょっと目に空気が当たって……」

「当たり前じゃない? ジワるかも」

「それよりさ……今日何で俺も一緒に帰ることに……うぅ……」

「マジ大丈夫?」


 浅雛は心配そうに俺の背中をさすってくれる。こういうところがモテる理由なんだろうなぁ……。


「ごめん浅雛……俺に触れるとさらに火傷するから……」

「え、背中熱いの?」

「火傷は俺がね……」

「あたし熱くないけど……?」


 何だこの会話……IQ3くらいしかなさそうだな……サボテンにギリ勝てるレベルか……。


 みーちゃんは依然不機嫌そうにスマホを弄ってる。と、とりあえず話だけは進めないと。


「さ、さっき言いかけたことだけどさ……」

「一緒に帰ることになった理由? んー、気分? 強いて言うなら海侑が授業中ずっと皆川君の方を見てたから気になった的な?」

「べべ別にアタシ見てないけど!? その奥の壁を見てたんだけど!?」

「え、じゃあ何で壁見てたの?」

「壁カッコ良いなーみたいな!?」

「こわぁ……。海侑今日ちょっと変だよ……?」


 壁カッコ良いは変だな。うん。その言い訳は流石に変だぞ。


「あ、もしかして壁のヒビ? それならちょっとわかるかも!」


 変な人しか居ねぇじゃねえか。何でそんなのに共感出来るんだ。


「でもそっかぁ。皆川君を見てたわけじゃないんだ」

「当たり前でしょ」

「当たり前なの?」

「あ、当たり前じゃないかもしれないけどね!?」


 慌ててフォローに回るみーちゃん。そのフォローがキャラ崩壊に繋がってるけど。あと別に俺は当たり前でも良いよ? 俺と壁のヒビならヒビの方が見応えありそうだし。


「てか皆川君って長くて呼びにくいかも」

「そ、そう? 俺は別に何て呼ばれても大丈夫だけど」

「んー、じゃあ皆川大和の大和からやっちとかどう?」

「や、やっち!?」


 ドンピシャ過ぎないか!? 口から心臓どころか大腸まで出てくるかと思ったぞ!?


 ……落ち着け俺。別にバレたわけじゃないんだ、ここは冷静にだな……。


「ままままあそう呼ばれることもあるっちゃあるけど……」


 ダメだぁ噛み噛みだぁおしまいだぁ。


 ただ、そんな流れをぶち壊したのは会話に参加してなかったみーちゃんだった。


「やっちはダメ!!!」


 教室では見たことのないみーちゃんの取り乱しよう。友達の浅雛も見慣れないのか、目をぱちくりさせていた。


「海侑? どうしたの?」

「あ、その。やっちは……ほら、皆川には可愛過ぎない? もっと皆川っぽいあだ名にしてあげたら?」

「そうかなぁ」

「絶対そう!!!」

「んー、じゃあもう大和君で良いかなぁ。五文字だし」


 まあ確かに皆川君よりは一文字少ないけど……それ全然あだ名じゃなくない……? いや良いんだけどね……?


 しばらくそんな調子で歩いていると、交差点のところで浅雛は立ち止まった。


「じゃああたしこっちだから! またね海侑!」

「また明日」

「あと大和君! ちょいちょい」


 にこにこした顔で俺を手招きする。俺は反射的に浅雛に近付く。


 すると突然耳を覆われた。コソコソ話なんて小学生ぶりだな。


「大和君って海侑の彼氏でしょ? これから仲良くしてあげてね」

「へ!?!?!?」

「んじゃまたねー!」


 そう言って浅雛はパタパタと歩道を駆けていく。てか何でバレてるの!? さっきのあれだけで当てたのか!?


 ……月並みだけど、まるで嵐のような人だったな。浅雛……。


 ふとみーちゃんの方を見ると、これまた不機嫌そうに少し唇を尖らせていた。怒ってるのに可愛いとはこれ如何に。


「……何話してたの」

「……これ言っていいのかなぁ……」

「良いから!」


 でもいきなり彼氏バレってのはなぁ……。適当にお茶を濁すか……?


「……大和君と海侑って何か繋がりあるよね、これから仲良くしてあげてね、って」

「う、嘘!? 何でバレてるの!? そんなにわかりやすいつもりなかったんだけど!?」


 まあわかりやすいかどうかって話ならわかりやすいけどね。下校だけで何度かボロ出してたし。


「……あ、そっか」


 そこで初めて浅雛の真意に気付く。


 今日俺を交えての三人で帰った理由。みーちゃんが俺の方を見てたから気になったっていうのは間違いないんだろうけど、それ以上に浅雛は最後の言葉を言いたかったんだ。


 どこまでも友達想い。ギャルだからって見た目で決めつけていたら、俺のようなスクールカースト二軍以下には気付きにくい浅雛の良いところ。


「やっぱり人は見た目で決めつけちゃいけないなぁ……」


 そんなことを呟きながら、俺はみーちゃんを家まで送り届けたのだった。

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