第4話 クラスの女王様︰御代海侑

「はい。説明して」


 場所は変わって別棟四階の空き教室。無用心にも鍵がかかってないそこは最近御代……いやみーちゃんが見つけた穴場スポットらしく、ここなら人の来る心配がないとのこと。


 目の前のみーちゃんは不機嫌そうに俺を睨んでる。ちょっと怖い。


「説明って言われても……どこから……?」

「まず皆川が本当にやっち先輩なのかどうか証明して。顔はすっごい似てるっていうかよく見たらめっちゃカッコ良いっていうか……ち、違うからね!? 別に好きってわけじゃないけどね!? アタシはやっち先輩一筋だし!!!」


 やっぱ可愛いわみーちゃんマジ天使。やっち先輩一筋ってそれはつまり俺一筋ってことなんだけど、そこはちゃんと気付いてるのかな。流石に気付いてるか。


「あっ……やっち先輩一筋ってことは皆川一筋ってこと……?」


 気付いてなかったね! おバカ可愛い!


「にしても証明か……。……あ、見た目を変えたら良いかな」

「? 見た目?」


 首を傾げるみーちゃんを他所に俺はポケットからピンクの容器に入ったワックスを取り出す。店長から身だしなみを整える一式は常に携帯しておけって言われてるんだよね。香水はぼっちがすると悪目立ちするから今はしないけど。


 手に十円玉くらいの量を取って馴染ませ、慣れた手つきで整えていく。バイトに行く前はいつもやってるんだ、それっぽくするくらいなら鏡なんて見なくても出来る。


 整え終わった俺は、改めてみーちゃんの方へ向き直った。


「これで信じてくれるかな?」

「っ……!? っ……!」

「み、みーちゃん?」

「な……」

「うん……?」

「何で同じクラスなんですか!? えっ何それ運命的な!? ちょっやばキュンキュンしてきたんですけど……!」


 口調ごちゃごちゃだな。みーちゃん口調で御代みたいなノリになってる。


「あ、あの! 私話しても良いですか!」

「ど、どうぞ!」

「何でいつもそうしてないんですか!?」

「何でって……変に目立っちゃうから……?」


 さっきも言ったけど俺はどこまでいってもぼっちだ。急にカッコ付けだすと周りから変に思われるかもしれない。


「ぜっっったい! そっちのが良いです!」

「じゃ、じゃあ学校でもそうしようかな……?」

「ダメです!!!」

「どっち!?」


 理不尽過ぎない!? 女の子ってこんなに難しいの!?


「だって……やっち先輩がカッコ良くなったらモテちゃうかもしれませんし……」


 はぁぁぁぁぁ!? 可愛すぎて世界滅ぶんだけど!? 見た目は御代だけどむしろ乙女な言動が男絶対殺すウーマンなギャップ醸し出してるんですけど!?


「あっ!? そうじゃなくて!!!」


 なんてくだらないことを考えているとみーちゃんはガバッと身を乗り出す。距離の近さに恥ずかしくなる。


「やっち先輩……じゃなくて皆川!」

「はっはい!」

「その……一応アタシらって付き合ってるわけじゃん?」


 良かった。えーやっち先輩が本当は皆川とかマジ無理なんですけどー笑とか言われなくて本当に良かった。おいコラ俺愛する彼女を疑ったのか殺すぞボケ!!!


「あんさ……だから学校では付き合ってんのを内緒にしてほしい……っていうか……」

「あ、ああそういうこと? それなら全然大丈夫だよ。御代はスクールカーストトップだしぼっちの俺と付き合ってるのは変だもんね」

「ふ、二人っきりの時はみーちゃんって呼んでほしい……です……」


 かっっっっわ!? 死ぬか!? 死ぬなぁ!


「じゃ、じゃなくて! 別に皆川と付き合ってんのが恥ずかしいってわけじゃなくてね!?」

「あ、そっちは皆川呼びなんだ」

「やっち先輩って呼んじゃったら乙女スイッチ入っちゃうでしょ!?」


 そうなんだ。何それ可愛い。


「あ、アタシさ? 自慢じゃないけど割とモテんのね? だから結構告られたりとかもするんだけど……大量に振りまくってるせいで友達には『海侑の彼氏になった人は針のむしろだろうねー』って言われててさ」


 まあぼっちの俺でさえみーちゃんのモテ逸話は聞いたことがある。そりゃそんな人の彼氏ともなればよっぽどの相手じゃないと納得されないだろう。


「だから、アタシが大丈夫って思えるまでは……秘密にした方が皆川も嫌な思いをしなくて済むかなーって……」

「ホント超可愛い」

「きゅ、急に何!?」

「あ、ごめんね!? ついポロッと……」


 いよいよ可愛すぎて思考が外に漏れだしてきた。まずいまずい。


 俺はコホンと咳払いをして仕切り直す。


「俺のことを考えてくれたんだね。ありがとう」

「や、やっち先輩……!」


 これはアレだな? さっき言ってた乙女スイッチ入ったな? ただでさえ可愛いのに上限ぶち抜いたぞ。


「他に何か決めておくことはある? この際全部話し合わない?」

「あ、だったら登下校は一緒にして欲しいかも。……で、でもね!? 約束して一緒に行ってたらバレちゃうから偶然っていうていでね!?」


 絶対バレるじゃん。可愛いから速攻頷いたけど。


「……そ、それとね? 今日は無理だけど、明日からはお弁当をさ?」

「一緒に食べる?」

「そんなことしたらバレちゃうじゃん! そうじゃなくて、お昼は一緒に食べなくても良いから……アタシが作ってくるお弁当だけは食べてほしい……です……」


 尻すぼみに小さくなっていく声。世界一可愛いや。


「それくらいなら全然大丈夫だよ。たとえ海苔一枚でもみーちゃんが用意してくれたものなら泣いて喜んで食べると思う」

「ふふ、何それ。……あー、今のめっちゃやっち先輩だったなぁ」


 みーちゃんはそう言葉を零す。そしてふわりとはにかんだ。


「皆川ってホントにやっち先輩なんだね」

「幻滅した?」

「最初はすっごいビックリしたけど、今は納得。皆川はアタシがずっと好きだったやっち先輩」


 噛み締めるように呟く。あまりにも綺麗なみーちゃんの姿に、俺は思わず頬をほころばせた。


「じゃあアタシは先に行くね。一緒に戻ったら怪しまれるかもだし」

「わかった。また後でね」

「放課後までには連絡するから、その時はよろしく」

「一生スマホ見とくよ」

「ふふ、じゃあまた後で」


 そう言ってみーちゃんは空き教室を後にする。心做しか足取りは軽かった。


 取り残された俺は一人、静かに独りごちる。


「御代がみーちゃんかぁ」


 本名を明かさないといううちのバ先の性質上、普段とは違うキャラで過ごすなんてことなざらにある。事実俺もそうだし、もしかしたらみーちゃんも、なんて思ったこともないわけではない。


 それがまさか同じクラスの御代なんて全く想像してなかったけど、いざちゃんと話してみたらなんてことはない、ただの世界一可愛い彼女だ。


 一応、取り決めた約束は振り返っておくか。


・学校では付き合ってることを内緒にする。

・登下校は偶然の体で一緒にする。

・お昼は一緒に食べなくても良いから作ってくるお弁当だけは食べてほしい。


 ……これ無理じゃない? 内緒にしながら毎日偶然登下校? それにお弁当も同じってかなりの難題だよね?


 だけど俺は彼氏だ。これくらいとことが守れなくて彼氏なんが名乗れるか!? いや無理だ!!!(反語)


 勢いづいた思考は、しかしブーッというスマホの鳴動によって一時中断させられる。


 送り主はみーちゃん。さっきの続きだろうかとすぐにメッセージを確認する。



みーちゃん︰ラインでは敬語で話します。こっちの方が慣れてますし笑


やっち︰おっけ! じゃあ俺もやっち先輩モードで話すよ!


みーちゃん︰それと早速なんですけど……一つご迷惑をかけるかもしれません。


やっち︰どうしたの?



 迷惑って何だろう。一緒に帰れなくなったとかかな?



みーちゃん︰同じクラスにあー子っているじゃないですか。さっき教室に戻ったら色々あって、今日の放課後は私とあー子、それとやっち先輩の三人で帰ることになりました……。



「はぁっ!?」


 あまりのぶっ飛んだ話に、俺はスマホを二度見して声を上げていた。

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