サキュバスと告白
デートの締めくくりとして、二人は街中にある少し大きな公園へとやってきた。
結局なんとも月並みになってしまったデートコースの中で、唯一ここだけは平助にとってかなりの高評価をいただく自信のある場所だった。
何故ならば、この公園は街でも有数のデートスポットとして有名だからである。
そんな風に一般的に広くウケている場所であれば、外すことはまずありえないだろう。
なんとも後ろ向きな根拠と自信であった。
とはいえ、それを証明するかのように、夜の公園にはそこかしこにカップルの姿があった。
自分たちもその中に混ざっていくことにちょっとした緊張を覚えつつ、二人は夜の公園をゆっくり歩いていく。
やがて、公園の中央にある噴水の前へとたどり着いた。
平助はそこで立ち止まる。平助が歩くのについていく形だったキヨラも同じく立ち止まった。
二人は横に並んで立ったまま、何を見るでもなくただ正面の噴水を見る。
いや、平助だけはちらりと視線を外して時間を確認していた。
そろそろだ。そう思うと同時に、薄暗かった公園が突然ぱぁっと明るくなった。
「わぁ……!」
キヨラが思わず感嘆の声を上げる。
明かりは噴水の方から発生していた。
煌びやかでカラフルな光が噴水の底から明滅を繰り返し、噴き上がる水の動きを美しく彩っている。
その毎晩一時間おきの噴水ライトアップ。
それこそが、こんな真夜中の公園を人気のデートスポットにしている最大の理由であった。
夜空の下で光に彩られる噴水という光景は、なんとも幻想的でありロマンチックだった。
平助自身も実際に見るのは初めてだったので結構普通に感動してしまいつつ、思う。
確かに、これほどデートに最適な場所もないだろう。
女の子からのウケもいいに違いない。
それを確認するように、平助は自分の横へと視線を移す。
「――――」
視線の先のキヨラは噴水の光にも負けないくらいにきらめく瞳で、うっとりとその光景を見つめていた。
平助は不覚にも噴水よりもその横顔の方に見とれてしまう。
どうしてか、その幸せそうにうっとりとしたキヨラの姿に、平助はすっかり心を奪われていた。
「――綺麗ですね!」
そんな視線に気づいたらしいキヨラが、唐突に自分も平助の方へ顔を向けながらそう言ってきた。
どうやら平助が自分と会話をしたいのだと勘違いしてくれたらしい。
「あっ、ああ……そうだな」
それを聞いてはっと我に返った平助は、慌ててそう返事をする。取り繕うように咳払いなどしつつ。
危ない危ない。何が危ないのかはよくわからないが、とにかく危なかった。
平助は何かに言い訳するように内心でそう考える。
「平助さんが考えたデートプランにしては、想像以上に素敵な場所ですね。こればかりは素直に褒めてあげますよ」
それからキヨラはにししと笑いつつ、そんな軽口を叩いてくる。
「へいへい、お褒めに与り光栄ですよ」
相手のそんな態度に平助の方も急速に落ち着きを取り戻しつつ、そう軽口を返した。
そうして二人は笑い合う。
今感じている、なんだか愉快で心地よい気分が互いに同じであることを確認するように。
ああ、なんて素敵な夜だろう。
心の底からそう思った瞬間に、突然明かりが消えてしまった。
噴水のライトアップが終わったのだった。
「…………」
唐突に夢から覚めて、現実に戻ってきたような気分になる。
同じように噴水をうっとりと眺めていた周りのカップル達が立ち去っていく気配を感じた。
ライトアップが終わってしまえば、単なる元の薄暗い公園である。
長居する理由もないのだろう。
それは二人にとっても同じはずであった。
それなのに、何故だか二人はしばらくそこから動けなかった。
二人してただただ無言でその場に佇む。
口を開けば、その瞬間に何かが終わってしまう気がした。
いや、そうじゃない。終わりへ向かわなければならなかった。
「……いやー、本当に素敵な光景でしたね! こうして二人で並んでそれを見ていて、私、不覚にも今まで生きてきた中で一番ときめいてしまいました! こんなにロマンチックなデートになるだなんて、思ってもみませんでした! ムードも最高潮! 見直しましたよ平助さん!」
だからだろうか、その終わりへと踏み出したのはキヨラの方からだった。
自分がそうするべきだという責任を感じていたのかもしれない。
キヨラは大げさなくらいに明るくそう言うと、平助の方へと顔を向けてくる。
「これなら私、大丈夫そうです。いける気がします」
そう告げて、にっこりと笑ってみせた。
不自然なくらいに落ち着いた態度。
それは覚悟を決めたというよりも、全てを諦めているように映ってしまった。
「……どこに、行きましょうか。やっぱり、平助さんの部屋に戻りますか? それが一番――」
だから、平助はキヨラの両肩をがっしりと強く掴んだ。
そして、その体をぐいっと自分の方へ向かせる。
そうすることで、両肩を掴む平助と掴まれているキヨラが真正面から向かい合う形となった。
「えっ? ええぇっ!? い、いや、平助さん!? いくらなんでもこの場で今すぐだなんて、そ、それは流石に!?」
それは傍目からだと平助がキヨラへと強引に迫っているようにしか見えないだろう。
キヨラの方でもばっちりそうだと思ったらしく、それがあまりの不意打ちだったのかハチャメチャに動揺している。
だが、平助がその時やろうとしていたのは、それとはまったく真逆のことであった。
それを伝えるために、平助はキヨラを真っ直ぐ見つめながら言い放つ。
「やっぱりやめよう、キヨラさん」
***
「本当は全然、大丈夫なんかじゃないんだろ? 覚悟なんて決まってないし、いけるとも思ってないだろ?」
そう言われて揺れるキヨラの瞳を見て、平助は自分の中の確信を深める。
「本当はまだ嫌なんだろ、キヨラさん。こんな流れで、こんな関係性のままでするのなんて、全然君の理想じゃないんだろう。君が夢見た、憧れの形なんかじゃないはずだ。だったら、今夜はするべきじゃない」
だから、平助は必死にキヨラを説得する。
「借金取りには俺も一緒に頭を下げる。二人で必死に頼み込んで、どうにか返済期日を延ばしてもらおう。そして、延ばしたその日までに改めてそういう関係になれるように、また二人で頑張ろう。君を途中で見捨てたりなんかしない。約束する。だから――」
しかし、キヨラはその顔を哀しそうな微笑みに歪めて、静かに首を振った。
「そこまで平助さんに迷惑かけられませんよ……」
「迷惑なんて……いや、今まで散々かけてきただろ! 今更なんだよ! もう、こっちだって乗りかかった船ってやつだ、そう思ってくれればいい」
「でも、やっぱりこれ以上は……関係ない私の借金のために、頭まで下げさせるなんて……っ」
キヨラは泣きそうな声でそう言うと、目を伏せる。
「どうして、そこまでしてくれるんですか……!」
「このままやったって、今夜のことは君の中の消せない疵になるだけだ。君はこの先、その疵をずっと抱えて生きることになる。そんなの嫌なんだよ、俺は……だって――」
今夜のデートは、こんなにも素敵で楽しいものだったのに。
そんな素晴らしい夜の最後を、お互いに不幸になる形で締めくくりたくなかった。
ましてや、一生残る疵痕なんかにしたくなかった。
「――そんなこと、ないですよ……平助さんは勘違いしているみたいですけど、私、ちゃんと今夜することに納得も覚悟も出来ています」
だが、それを聞いてもキヨラはまだ頑なに食い下がってくる。
生来の頭の固さをこんな時にまで発揮して。
「平助さんはそれを信じるだけでいいんです。私が直接そう言っているんだから、そうなんだって。それで、全部解決するんです。簡単な話じゃないですか」
「嫌だ、信じられない。俺の方は覚悟も納得も出来ていない、出来るわけがない」
しかし、平助の方も折れない。まるで駄々をこねる子供のようにそれを拒む。
「――――ッ! どうしてですか!?」
すると、平助の強情さに我慢ならなくなったのか、キヨラが珍しく声を荒げた。
「平助さんにとって悪い話なんかじゃないはずでしょ!? 女の子の方が『いい』って言ってるんですよ!? だったら黙って役得いただいておけばいいじゃないですか! どうせ相手は今夜中に魔界に帰ってもう二度と会うこともない、一ヶ月二人でダラダラ遊んだだけのサキュバスなんですから! 平助さんが何の罪悪感も責任も感じる必要なんて――」
「感じるに決まってるだろ!?」
しかし、キヨラが最後まで言い終わる前に、平助がそれ以上の大声でそう叫んだ。
「一ヶ月も二人でいたんだぞ!? 一ヶ月間ずっと一緒に遊んで、仲を深めて、そのせいだよ! 一ヶ月も、お互いのことを教え合って、胸の内をさらけ出し合って――」
言いながら、平助は思い返す。
あの交換日記に書かれていたことを。
少しでも幸せな結末を目指したいという、キヨラの願いを。
「そのせいでどうしても、キヨラさんには不幸になって欲しくないって思ってしまう。幸せでいて欲しいって思ってしまうんだよ。ずっと、今夜のデートで見せてくれたような笑顔でいて欲しいって……魔界に帰ってからも、俺と過ごした時間が疵痕なんかじゃなくて、幸せな思い出になって欲しいって」
そこまで言ってから、昂ぶる感情に突き動かされるまま、平助はキヨラの両手を取って強く握る。
冷静さなんてものはとっくに放り捨てた。
キヨラを思いとどまらせる。考えを変えさせる。
その決意だけを胸に、平助はキヨラの顔を真っ直ぐ見つめながら一際大きな声で叫ぶ。
「キヨラさんを幸せにしたいんだ! この一ヶ月で、そう願ってしまうくらい俺は――君のことが好きになってしまったんだッ!!」
それが完全な愛の告白だということには、言ってしまった後で気づいた。
今さら撤回も、誤魔化すことも出来そうにない。
何故ならそれは平助自身もこの瞬間までそうだと気づいていなかった、自分の中の偽らざる本心でもあり――。
「……へ……平助さん……」
何より、それが現状を打開する一番の決め手となってしまったからであった。
「――グッときました……!」
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