サキュバスと初デート

「一ヶ月かけて距離を縮めた甲斐あって、今の私は平助さんとそうやって二人で遊びに出かけてもいいと思えるようになっています! 肉体的な触れ合いはまだ全然無理ですが!」

「それは……まあ、一応光栄に思っておくことにするが……でも、デートに出かけたところでどうにかなるものなのか?」

「どうにかするのは平助さんの仕事ですよ! もしもそれがとてもロマンチックで素敵なデートであれば、私の方もうっかりその場の雰囲気に酔ってガードが緩くなるかもしれません!」

「ほうほう、それで?」

「そこでどうにか上手く私を丸め込んで、勢いに任せて一線を越えてしまうんですよ! もうそれしか手はありません!」

「いや、そんな無茶な……」

「無茶でもなんでもやるしかないんですよ! そうしなきゃ私は破滅なんですぅぅ~! この一ヶ月二人でただ遊び呆けていたせいでぇぇ~!」

「いや、そんな泣かんでも……まあ、泣くしかない事態ではあるが……」

「とにかく、平助さんは明日の夜までにどうにかそうやって私の警戒を解き、なおかつ一発いける雰囲気に持ち込めるような素敵でロマンチックなデートプランを考えておいてください! いいですね!?」

「そこは全部こっちに丸投げなのかよ!? 無茶ぶりにも程があるだろ! つーか、キヨラさんは何もしないのかよ!? この計画は二人で協力して歩み寄ってこそだろ!?」

「だから、私は明日のデートまでに一線を越える覚悟をひたすら固めておきます! 座禅を組んで!」

「それは確かに大事だな!」




 そんなやり取りをして解散したのが昨夜のことであった。

 そして平助は今、いつもの部屋着よりは幾分めかしこんだ格好で自室に待機している。

 時間はいつもよりずっと早い。宵の口といったところだ。

 キヨラはこの日だけはその時間に来ると約束してくれた。

 それも当たり前か。そうでなければデートなんて出来ない。

 いつもの時間では開いている店なんてほとんどないし。

 おかげで、どうにか夜のデートプランを練ることは出来た。

 果たしてこれでいいのかどうか。自信はまったくないが、とにかくやるしかない。

 そして、今夜はなんとしてもそのデートの最後に、彼女と――。


「――――っ」


 平助はぶんぶんと頭を振って、その思考を追い払おうとする。

 さっきからどうしてもそれを意識してしまって、そわそわと落ち着かない。

 今からそんなに前のめりになってどうする。

 あの頭も身持ちもカチカチのキヨラのことだ、そんな様子ではドン引きされてしまい、上手くいくものもいかなくなってしまうだろう。

 まずは落ち着いて、デートを楽しむことに専念しよう。相手を楽しませることに全力を傾けよう。

 そうすることで何かワンチャンいけそうな雰囲気を作るのがこのデートの目的である。

 それが出来なければ自分達……というよりキヨラに待つのは破滅の運命である。

 流石に自分のヘマで彼女をそれに追いやってしまうわけにはいかない。責任が重すぎる。抱えきれない。

 それに、二人でひたすら一ヶ月遊び呆けてしまったことへの負い目もある。

 絶対に今夜、計画を完遂させねば。

 平助が改めてその覚悟を強く固めたところで、部屋の床が光った。

 魔法陣の光だ。キヨラが転移してくる。


「お、遅くなりました~……待たせちゃいましたか?」


 そんなデートの待ち合わせの時に使うテンプレートのような台詞を言いながら、キヨラは現れた。

 その姿に、平助は思わず目を奪われてしまう。

 服装がいつもと違っていた。

 いつもの真っ黒で地味な、長袖にロングスカートの衣服ではない。

 ふんわりとした、質素だが明るい色のスカート。清純さを感じさせる真っ白なブラウス。その上には落ち着いた色合いの、薄手のカーディガンを羽織っている。

 頭にはツノを隠すためなのか、大きめのキャスケットを被っている。

 今まで一度も見たことのない私服であった。

 平助は自分のファッションセンスはまあ並程度だろうという自覚がある。オシャレというものにそこまで詳しいわけではない。特に女の子のそれなどというのは男からすればさらに難解なものである。

 だけれども、そのキヨラの格好を見た瞬間に、平助は無意識にこう呟いてしまった。


「かわいい……」


 キヨラの私服姿は可愛かった。

 少なくとも平助にとっては、その感想が勝手に口からこぼれてしまうくらいに。


「……やっ……も、もう! やだなぁ~平助さんってば! いきなりそんなこと言ってくれちゃって! おだてたって何も出ませんよ!」


 それはばっちりキヨラの耳にも届いており、向こうは慌てたようにおどけた態度でそんな言葉を返してきた。

 しかし、あまりにも予想外の高評価だったせいなのか、キヨラの顔は耳まで真っ赤になっている。


「す、すまん、つい……」


 それを見て平助の方も自分の無意識の感想を恥じらいながら、何故か謝ってしまう。

 しばらくそのままもじもじと照れ合う二人。いきなりなんだろうこの雰囲気。

 非常にやりにくいものを感じていると、キヨラがおずおずと近寄りながら声をかけてくる。


「そ、それじゃあ、そろそろ行きましょうか? 今日は、平助さんに全部お任せしますから、よろしくお願いしますね」


 人間界の色々なところを巡れるの、楽しみです。

 そう言って、キヨラはにっこりと微笑んだ。


「それで、どうやって外に出るんですか?」


 それから、そう尋ねてきた。

 それに対して平助は突如冷静さを取り戻し、しばし考え込む。

 完全にそれを忘れていた。

 平助の自室は二階、両親はこの時間主に一階のリビングだ。

 まだまだ夜も早い時間、玄関からこっそり見つからずに抜け出すのは至難の業だろう。ましてや二人連れで。

 ただでさえ夜中の外出なんていい顔をされないのに、知らない女の子まで連れていてはその場で即刻家族会議が始まりかねない。

 そうなると、方法は一つしかない。

 平助は真剣な顔でキヨラを見つめて、言う。


「二階のベランダからどうにか抜け出そう」

「のっけからムード台無しじゃないですかぁ!」




        ***




 平助とキヨラはどうにかこうにかベランダから庭に降り立ち、こっそりと平助宅を抜け出すことに成功した。

 キヨラはデートの始まりがこんなスニーキングミッションであることになんだか不満げな様子であったが、仕方ない、不可抗力だ。

 これから挽回していくしかない。

 そう思いながら、平助はキヨラを連れ立って夜の街へと繰り出す。


 とはいえ、そう意気込むまでもなく、キヨラの機嫌はすぐになおった。

 どうやら人間界の夜の街はキヨラにとって新鮮で珍しくて刺激的なものに溢れていたらしい。

 ただ歩いているだけでもテンションうなぎ登りではしゃいでいた。

 キヨラはキラキラした瞳で、心底楽しそうにあらゆるものをじっくり眺めて歩く。きゃっきゃと笑いながら。

 そこにはもう出発時の不機嫌さは微塵も残っていないようだった。平助はほっとする。

 なんだかこうして街を歩いているだけでもデートが成功してしまいそうな雰囲気まで漂い始めていたが、まだまだお楽しみはここからである。

 平助は練り上げたデートプランに従って、放っておけばいつまでもおのぼりさん状態のままだろうキヨラを先導する。予定していたスポットへと。




 とはいえ、一般的な高校生の懐事情の範囲内、日が落ちたばかりとはいえ夜であるという制限を考えると、そう大したことが出来るわけではない。

 ましてや、今まで女の子と付き合ったこともなければ、必然二人で遊びに出かけた経験もないという平助である。

 そんな彼がない知恵絞ってどうにかこうにか組み上げたデートプランというのも所詮は高が知れている……とまで言ってしまうのは流石にかわいそうかもしれない。

 まあ、とにかく面白味の少ない、どこまでも常識的な範疇のものであった。


 たとえば、まずは二人で映画を見る。ベタベタのベタである。

 その映画が恋愛ものであるならまだしも、キヨラが好きな某アメコミ大作シリーズの最新作を選んでしまった。何を考えているのやら。

 これでは全然二人の間の恋愛ムードも高まらず、映画の内容を思い出して互いに意識してしまったりという甘酸っぱいイベントなど発生しようもない。

 ただただ二人でアクション満載の内容を楽しみ、満足しただけで出てきてしまった。

 二人の恋愛偏差値の低さにはまったく呆れかえるばかりである。


 映画の次は二人で夕食。これもプランとしてはベタではあるが、ベターでもある。

 しかし、そこは悲しいかな高校生。洒落た雰囲気のレストランなどに行ける予算もなければ行こうという発想もない。

 結局、映画館近くの有名ハンバーガーチェーンに入ってしまった。雰囲気もへったくれもない。

 とはいえ、キヨラの方は初めて食べる人間界のハンバーガーに感激し、食事を楽しんでいるようであった。

 二人の会話も先ほど見た映画についての感想を話し合って大いに盛り上がっていた。

 これはこれで、案外デートとしては上手いこといっているのかもしれない。

 しかし、ムードの高まりや、お互いの恋愛感情への刺激という点ではやはりいかがなものだろうか。

 順調そうに見えていても、結局いつも平助の部屋で遊んでいた時の延長であった。場所が変わっただけである。


 食事の後に向かったゲームセンターでも似たようなことの繰り返しであった。

 二人で大いにアーケードゲームを楽しみ、白熱するも、それだって結局平助の部屋で毎晩遊んでいたのと大して変わりはない。

 むしろ対戦格闘ゲームで互いにガチりすぎてあわや喧嘩になりかけた。

 まったく本末転倒である。


 そんな風に、平助渾身の初デートプランは失敗とは言わないまでもあまりはかばかしい成果を得られてはいない様子であった。

 当の平助本人が、デートの間中こんな風に客観視し続けながらそう思っていた。

 これ本当に上手くいってるのだろうか。大丈夫なんだろうか。

 平助自身普通にキヨラとこうして初めて外で遊ぶことの新鮮さを楽しみつつも、内心ではずっとそう不安がっていた。

 それはある意味、女の子をエスコートするという大役を任された男子特有の不安でもあったのかもしれない。


 だが、不思議とその不安も、ひたすら楽しそうにしているキヨラの姿を見ている時だけは忘れられた。

 キヨラの方はどうやらどこまでも素直に、心の底からこのデートを楽しんでいる様子であった。恋愛的なムードの高まりはともかくとしてだが。

 こんな、普通の高校生なら当たり前の日常すぎて退屈にすら感じられるようなデートコース。

 それをキヨラはずっと新鮮に驚き、キラキラと感激し、笑顔で楽しんでくれていた。

 その笑顔を見ていると、何故だか平助の方でもこんな、飽きるほど巡っているいつもの街が輝いて、素晴らしく楽しい場所のように思えてきた。

 嬉しそうにはしゃぐキヨラを見ていると、不思議と自分まで嬉しくなった。

 そして、どうしてだろうか。

 平助はそれと同時に、何だか胸が締め付けられるような感覚を覚えてしまっていた。

 楽しそうなキヨラの笑顔。

 それは普通であれば当たり前のように明日も明後日も毎日続いていくもののはずだ。

 それなのに、彼女にとってはこの夜が初めてで、そして最後になってしまうかもしれないのだ。


 ――一体、誰のせいで?


 平助はデートの最中その疑問がふっと過ぎってしまう度に、必死で目を逸らし続けた。

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