つりごろつられごろ

秋寺緋色(空衒ヒイロ)

 

 その日。

 配達途中のおれは、ある池のほとりを車で走っていた。

 何の気なしに目をやり、驚く。

 見えたのは長い釣り竿。それが、とんでもない重みで弓なりにしなっていた。

 間違いない。ありゃあ大物おおものだぜ!

 配達車を路端に急停車させ、ドアを開けるのももどかしく、おれは駆け出す。釣り人のほうへ向かう途中、竿を持ってるのが女だと気づく。まわりには人っ子ひとりいない。

 孤立無援。スカートをひるがえし、髪をふり乱し、彼女は釣れた魚にあっちへ引っ張られ、こっちへ引っ張られ、翻弄されていた。

「竿を立てて持つんだ! 水面に向かって倒したら、たちまち糸、切られっちまうぞ!」

 三度の飯よりも釣り好き。今日だって配達がなけりゃあ、間違いなくどっかで竿を振っていただろう。そんなおれだったから、そう叫ばずにはいられなかった。

 彼女も叫び返す。

「無理なの! あたしひとりじゃ釣り上げられない! 手伝ってよ!」

 確かに。この引きは相当なもんだ。かなり大きな魚だろう。池のヌシさまが喰いついてるんじゃなかろうか。

「よっしゃ分かった! おれも手伝うぜ!」

 おれは女の釣り竿を握った。彼女とともにこの池のヌシ、巨大魚を釣り上げるべく、応戦しようとし――た瞬間、彼女がおれを強烈に抱き締める。苦しみにうめくおれを、何かが圧倒的力で体ごと引っ張り上げた。無理矢理地上から引っこ抜かれたみたいに、おれの体はちゅうを突き抜けて飛び上がる。まるで釣り上げられた魚のよう。

 気づけばおれは生温なまあたたかい、大きな手のひらの上にいた。ゾクリとする気配に目をやると、酷薄そうなふたつの眼がこちらを見返している。体がバカでかい。巨人だ。大黒様みたいな外観みてくれ。そいつが好々爺こうこうや然と笑い、

「ほぉっほぉう! 釣りごろ釣られごろ。ヒラヒラした女の疑似餌には、よ〜〜う男が掛かりよる! 今晩はこやつを三枚おろしだわい。釣りごろ釣られごろ、よのぅ。ほぉっほぉう!」


                

〈了〉

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つりごろつられごろ 秋寺緋色(空衒ヒイロ) @yasunisiyama9999

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