第17話 魔王

「お前は一体誰なんだ!」


 落ちた宝石を眺めながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる人影。土煙が晴れ、ようやく人影の容姿がわかった。かなり幼く見え、ピンク色のショートヘアーに禍々しい冠をつけて紫色のマントを装着していた。かなり薄着で下半身に至っては鎧の隙間からハイレグのような際どい服装が見えた。


「あ~、やっぱり宝石って綺麗~」


 こちらの話が聞こえていないのか無視しているだけなのか、ヴリトラから外れた黄色い宝石をキラキラした目で眺めている。


「あ~あたし? あたしは魔王シャギーだよ」


 宝石を見つめたまま軽々しくそういう彼女は、自分の事を魔王だと言った。

 俺が知る限り、今この世界に魔王は四人いる。『憤怒の魔王』『楽観の魔王』『悲観の魔王』『激動の魔王』、この国を四つに分断し、それぞれの地域を魔王が治めているのだ。

 そんな魔王はヴリトラにアナスタシア家を殲滅しろと命令したようだったが、自分でそのヴリトラを始末してしまった。命令したのはこの魔王ではないのだろうか。

 


「なぜ自分で命令したヴリトラを殺した」


「ん~……飽きちゃったから?」


 この回答から察するに、命令したのはこいつで間違いなさそうだった。

 しかし今のところ敵意は無さそうな様子だ。様子見か、それとも本当に飽きたから殺しに来ただけなのか。もう少し理由を探ることにした。


「……何をしにここに来た」


「なんかアナスタシア家の殲滅を邪魔するやつがいるって連絡があってさ~。見に来てみたわけ。じゃあなんか面白そうなヤツがいたから、とりあえず声かけるためにこいつを始末したのよ」


 大蛇ヴリトラを木の棒でつんつんとつつきながらシャギーはそう言った。


「そうか、それで俺に何の様なんだ」


「お前も魔王軍に入らないか?」


「……ッ! ダメですアマギさん! 耳を傾けないで!」



――ビシュンッ!



 ヨミヤが発言した瞬間、魔王シャギーが手を横に薙ぎ払った。すると薙ぎ払った方向は建物が崩れ、まるで巨大なドラゴンにでもえぐられたかのような跡を残した。


「やめろ! 何をする!」


 咄嗟にライトシールドでヨミヤと俺の前に盾を張ったおかげでなんとか免れた。魔王と互角かそれ以上の力を俺は今持っているようだ。



「へ~。やっぱり強いじゃん。うちに来なよ。楽しいよ?」


「悪いが俺は魔王軍の傘下にはならない。なる理由がない」


「ふ~ん。幹部にしてやってもいいと思ってたんだけどねぇ」


 少し残念そうに口を尖らせると、手を払いながら魔王はこちらに近づいてきた。



「来ないで!」


「まぁまぁ、そう殺気立たないでよ」


 魔王は足を止めることなく、両手を前に出し戦闘意思がないことを明らかにしながら近づいてくる。



「じゃあさ、仲良くしようよ。もうアナスタシア家の殲滅とかどーでもいいや。アマギだっけ、お前強いじゃん? 正直今のあたしじゃ勝てそうにもないから、喧嘩は売りたくないだよね」


 そう言うシャギーは右手をこちらに差し出してきた。この手を握れば同盟を結ぶということになるのだろか。魔王がこちらの味方になってくれるのは非常にありがたいが、この同盟は結んでいい物だろうか。


「アマギさん、よく考えて選択してください。私はどちらの選択になったとしても、アマギさんに着いていきますから……」


 気遣わしげに俺とシャギーの様子を伺っている。俺は魔王と同盟を結ぶことでどんなメリットがあるのかを確かめることにした。


「俺はお前と同盟を結ぶことでどんなメリットがある。勇者は皆、お前を倒すことを目標として常に精進しているんだ」


「う~ん、困ってたら助けたげるよ?」


 元勇者パーティの四人から面倒な迫害を受けていた俺は、そのメリットに少し気持ちが揺らいでいた。面倒ごとは魔王に任せればいいんじゃないだろうか。正直あの勇者パーティじゃ魔王には歯が立たないだろうし、俺が相手する回数が減るとなればそれは十分な理由だろう。



「……そうか、わかった。なら俺はお前と同盟を結ぶ。ただ一つ条件がある。ヨミヤの家族、アナスタシア家をこれ以上追いかけまわすな。約束できるか」


「もうそんなことどーでもいいって言ってんじゃん。あたしはアマギと仲良くしたいの!」


 魔王らしからぬプリプリとした態度でそういうシャギーに敵意はもう無さそうに見えた。俺はそんなシャギーを見てクスリと笑いつつ、伸ばされた手を握り返した。


「……よろしくな、シャギー」


「やった~! 気軽にシャギーちゃんって呼んでね」


 指をピースの形して目の所にもっていき、片足を上げ魔法少女のようなポーズをとるシャギーは全く魔王には見えなかった。



「……本当に私たちをもう狙わないんですか」


 一方でまだ魔王シャギーの事を怪しんでいるヨミヤは警戒心を解いていなかった。俺の後ろで傘を構えつつ、いつでも戦闘を始められるようシャギーから目を離さないでいた。


「も~、狙わないって言ってんじゃん。じゃあその証拠にこの毒に侵された土地を治してあげるよ。ヴリトラにやられた人も生き返らせてあげる」



 本当にそんなことができるのか、という目でシャギーを見つめるヨミヤだった。


 するとシャギーは上空に飛びあがり、詠唱を始めた。すると毒に侵された地域すべてを包み込む巨大な魔法陣が出現し、じわじわと毒素が抜けていくのが目に見えてわかった。

 しばらくして毒素が抜け終わると、そこには新しい芽が生え始めた。続いて死んでしまった者にシャギーが手をかけると、たちまち元気になってしまった。



「い、生き返った! ゾンビになったようには見えないですが……」


「やだな~。魔王だからって死んだ奴を生き返らせる手段がゾンビ一択じゃないよ~」


 少し安心した様子を見せたヨミヤだったが、実は俺にも蘇生魔法は使えるようになっていた。

 しかし死んだ人間を蘇らせるということは、道徳に反すると思い封印していた。


「これで少しは信用してもらえた? そのうちこの辺りも草木が生い茂ると思うけど」


「私たちに危害を加える気は無いということはわかりました。よろしくお願いいたします」


 二人の警戒心は解けたのか、ヨミヤから握手を要求していた。これでこの村の疫病の件は一件落着だろうか。



「いやぁ今日はいいものが見れた。じゃああたしは帰るわ。あ、これ渡しとくね!」


 渡されたのは黒い羽根の先に鈴が付いたものだった。


「それ魔道具の闇夜の鈴シャドウ・ベルね。鳴らしてくれるとあたし気づけるから。なんかあったらそれ使って呼んでね! お話したいだけでも飛んで行っちゃうよ~」


「まるで犬だな」


「い、犬!? まぁアマギの犬だったら喜んで犬の真似するけど?」


 ハッハッと犬の真似をするシャギーに品性は見られなかった。


「アマギさんなんてお下劣な……」


「な! 俺は犬になれって言ったんじゃないぞ!?」


「あっはっはっはっは!」


 そう笑う三人を見ると、笑い声を聞きつけ逃げた村人が戻ってきた。

 彼らは毒素の抜けた大地に頬をこすりつけながら喜んでいた。

 


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