第14話 兵器開発機構
ネオ・スカイツリーを出た後は、無人タクシーでマンションへと向かった。ヘレンの右腕を置きっぱなしだからだ。距離的にはネオ・スカイツリーと兵器開発機構の間にマンションがあるので時間のロスにはならない。
ボストンバックにヘレンの腕を入れて兵器開発機構に向かう。目的地には十三時十五分に着いた。受付に外藤亮二氏に用があって来たことを伝えて、しばらく待っていると別の女性がやって来た。
秘書かと尋ねると、ただの職員と答えられた。客人の案内や事務処理をやっているそうだ。エレベーターは二十一階で止まって、応接室へと案内された。
博士を呼んできます、と女性職員は部屋を出て行った。
室内は何の変哲もないシックな部屋だ。ソファーが向かい合うようにして並べてあり、その間には茶色の細長いテーブル。壁も同じ色が使われている。
座ってお待ちくださいと言われたのでぼくとヘレンは腰かけて外藤氏を待った。
しばらくしてノックの後に認証機器が音を鳴らした。
「やあやあ、ヘレンちゃん。久しぶりだ」
薄汚れた白衣の前面は開けており、その下にはシャツにジーパンとラフな格好をしている。縮れた髪の毛はあげているがワックスやヘアスプレーで固めているわけではないようで、三本ほどの束がおでこにぶら下がっている。黒髪の中に白髪もちらほら見える。
シャツの皺の付き具合からも彼がいささか外見に気を使わない人間ということが分かった。研究家というものはそういうものなのかもしれない。
「こんにちは外藤博士。わたしは国防軍の情報保全隊のミィル・バラノフスカヤです」
立ち上がって礼をする。ぼくは拡張チップで自分の名刺を提示した。
「ああ、きみがそうか。小坪室長だっけか。その人から話は聞いてる。それから、わたしは名刺交換をしない主義なんだ。ホワイトカラーの営業マンではないのだ」
よく分からない主義だが、変に機嫌を損ねられても困るのでぼくはおとなしく表示した名刺を消した。どうせ偽名と偽の所属が書いてある意味のない名刺だ。
「まずは、そうだ。ヘレンちゃん、ちょっとこっちに来て腕の傷を見せてくれたまえ」
ヘレンは立ち上がって外藤博士の傍へ立った。飛び出したケーブルを触ったり、中を覗いたりしている。
「綺麗に斬られているもんだ。腹部も外装甲を削られているだけのようだ。席に戻って斬り落とされた方の腕も見せてくれ」
ヘレンは言われた通り、席に戻ってボストンバックから自分の右腕を取り出して机の上に置いた。
「ふうむ……」
同じように外藤博士は腕を持ち上げて眺める。
「こちらもだ」
「何か気になる点があるのでしょうか」
「あまりにも綺麗に斬られすぎだ。神経ケーブル以外の空気圧アクチュエータやセンサ各種はほとんど問題ない。エンドエフェクトにいたっては交換の必要すらない。ブレインマシンインターフェースも僅かな調整だけで済む」
「つまり……」
「今日の夜には腕がくっつくということだ。少女兵器は人間と違って入院しなくてもいい。くっつけてちゃんと動けば終わり。縫合も抜糸もいらないのだ」
「よく分からないのですが、人間でいうとどういった感じなのですか」
「胸をナイフで刺されたのに内臓を避けているくらいの運の良さだ」
そこで外藤博士は応接室に設置された電話でどこかにかけた。
「その程度なら、わたしが直さなくても大丈夫だろう。本当はヘレンちゃんの義体を弄りたいのだがね」
「え、遠慮するであります……」
「おいおい、きみはわたしが作ったんだ。義体の外から中まで、ヘレンちゃん自身が知らない部分もわたしは知り尽くしている。今さら気にする必要がどこにあるのだ」
「キモいであります……」
「やれやれ……娘に嫌われる父親の気分だ」
世の中の父親は娘に向かって、身体を弄りたいだとか、自分の体液から作られたものだとか、身体を知り尽くしているとかは言わないと思う。
そんなヘレンと外藤博士のやり取りを眺めていると、ドアがノックされた。先ほどの女性が部屋に入ってきて、ヘレンを連れていった。今から修理を始めるそうだ。
「さて、小坪室長から話を聞いている。一応、兵器開発機構は国防軍所轄で少女兵器という我々の兵器をきみたちに追ってもらっている。質問には答えよう」
わざわざ少女兵器を開発した主任が出迎えてくれたのはそういうわけだ。資料には少女兵器に関しての情報が書かれていたが、実際に話してみないと引きだせないこともある。本人が意図的に隠していたり、わざわざ書く必要もないという判断したことだってある。
「《有用性の証明》は何ですか」
まずはこれだ。行動原理を突き詰めれば、目的も行き先も分かる。ぼくの個人的な理由の答えになるかもしれない。
「『日本に有用性を証明する』。ただこれだけだ。そして、少女兵器はそれが出来なければ破棄されると認識している。死にたくなければ日本のために役に立つしかない」
これはヘレン自身から聞いていることだ。残酷な運命を束縛する鎖。人間にも存在するとヨシカが言っていたもの。
「どうしてそのような曖昧なプログラムに。敵を殺すとかではダメなのですか」
「ふむ……きみはフレーム問題を知っているかね」
機械に詳しくないぼくでも聞いたことがある。大雑把にしか理解していないので、ぼくはわざと首を横に振って博士の言葉を待った。
それにしても
「きみの言う通り『敵を殺す』とプログラムしたとしよう。ここで敵を設定しなければならない。教えてやらなければ機械は敵が何のことか分からんのだ」
「中国人とロシア人にするのですか」
「中国人とは何だ。ロシア人とは。そんなものは
「それは多くの日本人にも当てはまりますね」
「そうだ。ロシア人なら白人かモンゴル系か。白人に設定すれば、きみ自身が殺されることになるのだ。日本人であるきみがな。まずここで敵を設定することが不可能だと気付くだろう。第一、敵など誰にも分からん」
ぼくはモスクワで起こしたデモ活動を思い出した。あれはロシア人の軍人が打倒政権を主張する一般人のロシア人を殺した。火種はぼくだけれど、殺すという直接的な行為はロシア人がロシア人をという式が成り立っている。敵なんて時代と政府の体制でころころと変わる。冷戦で睨みあっていた米国とソ連だって、第二次世界大戦の時は同盟国だ。
「じゃあ、その都度、少女兵器に指示を与えるというのはどうでしょう」
「いい案だ。だが、例えばあそこの
「なぜですか。目の前に地雷があるのが分かっていれば避けるでしょう」
「そういう命令だからだ。破壊しろと言われれば、それしか頭の中にはない。機械は設定されたことしか行わんのだ」
「じゃあ、目の前に地雷があったら避けてから破壊しろって設定では……」
「そうすれば、地雷は避けるが戦場はそれだけではないだろう。歩兵もいれば狙撃者も、戦闘ヘリも戦闘機も、無人兵器も。これら全てを無視して、ただ地雷だけを気にして、なければ戦車へ特攻だ」
「今挙げた中のものも、想定される全ての事柄に対して設定すればどうなのでしょう」
「
そう。これがフレーム問題だ。単純な設定では人間と同じように動くことは不可能。かといって、全ての事象への対処を設定してしまえば、考え過ぎてフリーズしてしまう。
「分かったかな」
「ありがとうございます」
付け加えておくと、人間がこのフレーム問題に対してどのように解決しているかは分かっていない。一部では解決出来ておらず、上手く振る舞っているだけだというのもある。
「話を少女兵器に戻すとだ。フレーム問題を避けるために、人間でいうと人格に近いよう複層パーセプトロンAIを作り出し、根本の部分は《有用性の証明》でわざと曖昧な設定にすることにした。日本のために自分の有用性を証明させる。それ以外は各々のAI判断だ」
「しかし、パスティとアーヴィングは無人兵器削減条約を破ろうとする行為をしています。これは紛れもなく日本に対しての負の証明です。ヘレンが怪我を負ったことなんて言い逃れは出来ません。外藤博士はこのことについて、どうお考えなのですか」
「それについては答えているはずだ。分からない、とね」
「考察や推測、ただの思い付きでも構いません。何かありませんか?」
「ふむ……きみはアニメは好きかね」
一瞬、何のことを言っているか分からず、思考がストップした。少女兵器と関係ない話だと気づき、博士の言葉の意味を考える。ギーク気質な理系はアニメや漫画など内向的なものを好む人が多いと聞く。あくまで確立的な話なので、全ての人に当てはまるわけではないが、外藤博士はこのタイプに振り分けられそうだ。そして、相手が自分と同じ趣味を持っていたら好感度はあがる。
「ええ。好きですよ」
「それは良かった。アニメで仲間が裏切ったが、実は仲間のためを思っての行動だったという展開はよくあるだろう」
「ええ。前期アニメの『魔法少女ミラクルぷりんちゃん☆』なんかもそうですね」
「ほお……きみもなかなかのオタクのようだね。是非ともアニメ談義をしたいものだ」
日本にはアニメ好きの大人が多い。なので、流行りのアニメを見ておくと、話を合わせやすい。ぼく自身はそこまで興味がないので三倍速で流し見している。
「このアニメをご存知とは博士もわたしと同じ人種のようですね。後日、語り合いましょう。それで、そういった展開と少女兵器と何の関係が……」
「彼女たちも国を裏切る行為をしているが、実は国を思っての行動ではないかと考えるのだ。これなら《有用性の証明》に反した行動ではない」
「なるほど」
外藤博士の考察が正しければ、パスティとアーヴィングはヘレンの知らない何かを知っていることになる。そうでなければ、ヘレンも脱走していることになるからだ。
「今のは根拠のない話だ。気にしないでくれ」
「そんなことはありません」
他にも質問をいいですか、とぼくは十八時頃になるまで外藤博士から話を聞いた。その中から、少女兵器の名前が太平洋戦争で使われていた旧日本軍航空機のコードネームからだとか、コストの問題で少女兵器の量産は難しいだとか、AIの開発方法だとかを彼は話してくれた。
外藤博士が何度かアニメの話題を持ち掛けてきたので、ぼくはそれにもしっかり答えてあげた。そのおかげか、彼からの印象は良いものになった。
もうこんな時間か、と外藤博士が時計を見て呟いた。
「ああ、そうだ。兵器開発機構には少女兵器の第三次世界大戦の動画記録もある。彼女たちの視線から撮っていた動画を複製したものだ。資料には必要だと思われることは書いたが見ていくかね。ヘレンの修理にはまだ時間がかかるだろう」
「では、彼女の修理が終わるまで」
「分かった。部屋まで案内しよう」
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