第11話 港湾戦闘②
電光刀はぼくの身体を裂くことはなかった。ぴたりと右胸の前で黄色の刀身は止まっている。ほんの数センチ動かすだけで皮を焼き、肉を裂き、骨を両断する。それからもう少し進ませれば、脈打つ心臓の音を止められる。なのに、パスティはそうはしなかった。
「わたしね、たくさんの人の死を見て来たわ。それで、ちょっと気付いちゃったことがあるの。人はね、自分がどうしようもなく死を受け入れるしかない場面になったときに目を閉じるのよ」
ぼくは、そうしなかった。
「恐怖から逃れるためにぎゅーって閉じる人、ここが死に場所だと諦めて静かに閉じる人、神に祈る人、色々いたけれど、みんな目を閉じていたわ」
「だから……どうした……」
「人はみんなそうしたわ。しなかったのは、あなただけ。ねえ、お兄さん。あなたって本当に――人間なのかしら」
その問いに言い返そうとしたが、喉が引きつって声が出ない。人間じゃなかったら、ぼくは何なんだ。本当に、ただの道具でしかないじゃないか。
「くそっ……殺せ……」
「ねえ、わたしを殺人兵器だと思わないで。人を殺すのはあなたたちが命じるから。喜んで人を殺す人間さんと一緒にしないで欲しいわ。それに、今ここであなたを殺したところで、また別の人がわたしを追ってくるだけだよ」
「じゃあ、どうする。このまま、にらめっこを続けるかい」
「それも楽しいかもしれないけど、そろそろお邪魔しちゃうわ。第一の目的は達成したもの」
「何のことだ……」
「お兄さんは気にしなくていいわ。あなたはあなたの役目を果たしてくれればいいの。与えられた命令をちゃんとこなしてね。ただの道具であるあなたにならお願いできるかも」
やはり、パスティたちには明確な目的がある。そもそもヘレンに語ったように死にたくなければ、旧渋谷や新東京アイランドに留まる理由がない。政府のお膝元である東京よりも北海道や九州へと逃走して、ロシアか中国に亡命した方がいい。
パスティたちには東京でしなけらばならないことがある。
「さて、お兄さんとのダンス楽しかったわ。追ってこられないように少し痛い思いをしてもらうわね。まあ男の子なんだから我慢してちょうだい」
電光刀がぼくの眼前から離れる。と思うのも束の間、パスティはその鉄の柄でぼくの鳩尾を正確に突いた。
「――――――ッ」
息が詰まる。横隔膜が痙攣して呼吸が出来ない。酸素を求めて口がぱくぱく動かしても肺の中まで届かない。
激痛が全身を襲う。内臓の奥にある腹腔神経叢を正確に突いたらしい。多数の交感神経が走るこの部分は痛覚が非常に鋭敏だ。それに加え、筋肉と内臓の痛み。立っていることも出来ず、膝をつく。両手を地面に置いて倒れ込むことだけは阻止する。
だけど、酸素が体内に入ってこないせいで意識がだんだんと朦朧してくるし、鳩尾から広がる激痛は止むことはない。気付くと、ぼくは地面に這いつくばっていた。
「ミィル――ッ」
ぼんやりとした意識の中で、黒髪のポニーテールと青い模様のロングケープが視界に微かに写る。
ヘレンの背後から光の線が襲いかかった。アーヴィングの電光銃だ。紙一重でヘレンは避ける。義体の背面にセンサでもあるのか、パスティに駆けつつ次の弾も回避する。
三弾目。完全に回避しきれずにヘレンの強化外機動装甲の左腹部が砕け散る。義体にもダメージがあったのか、白い肌の奥でケーブルが焼け切れ、火花が散っているのが見えた。
「ヘレン、また会いましょうね」
よろけて転びそうになるヘレンに向けてパスティの黄金の一閃が走る。
ヘレンの右腕が宙を舞った。電光刀は強化外機動装甲もその中の義体も纏めて裂いていた。
「まだ。まだであります――ッ」
それでもヘレンは無事な左腕で電光刀を握り直す。
〈やめるんだ、ヘレン〉
まともに声が出ないため、頭に浮かべた文字を送り届けられる無音性通話でヘレンに呼びかける。
「ミィル、大丈夫でありますか」
〈きみに比べたら、ね。失敗した。これ以上の戦闘は無駄にダメージを受けるだけだ〉
「しかし……」
〈幸いにも、あちらさんはぼくたちを殺すまではしないみたいだ〉
パスティの隣にアーヴィングがやってくる。ぼくとヘレンに向けられていた二丁の電光銃をパスティは下ろすように命じた。
ヘレンは悲しそうな目を金髪の少女へと向ける。
「パスティ……」
「ヘレン。また会いましょうね」
そう言い残して、二体の少女兵器は闇の中へと去っていった。
ヤード内に静寂が訪れる。右腕のない機械の少女がぼくに駆け寄ってくる。自分の右腕を拾おうとせずに、真っ先にぼくの安否を確認しようとしてくれる。悲痛な声でヘレンはぼくの名を呼ぶ。
全てぼくのミスが原因だ。痛みよりも、それが情けなくてしばらく顔が上げられなかった。
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