第9話 会敵
中央区から南区に入ると、人の数が疎らになってきた。倉庫群に入ると、ほとんど見かけることはなくなった。中央区のきらびやかでもあり、人がごった返しするのが嘘にのようだ。まるでここだけ世界から隔離されたようでもある。心なしか道路を照らす街灯も力がないように思える。
車を大型倉庫の脇に隠すように停めた。
89式5.56mm小銃――ハチキュウを車内から取り出す。国産で国防軍に正式採用されている銃だ。弾倉数三十。分速六百五十から八百五十の発射速度。射程距離はおよそ五百。
動作チェックを行い、最後にセーフティから三転バーストにセレクターを動かした。少女兵器の装甲に単発では心もとない。三転バーストで動きを制限し、デガード銃で仕留める。
夜の帳は落ちて、視界が悪い。暗闇の中を歩き回るのは危険だ。拡張チップで視力の輝度調整を行う。暗闇から僅かな光を拾い、増幅させることで昼間と変わらない明るさを得られる。
しばらく進むとコンテナヤードの入り口が見えてきた。
「ここにパスティとアーヴィングがいるでありますか」
「百パーセントじゃないけどね。でも、いるという前提で動こう」
ヘレンは電光刀を握り、スイッチをオンにした。青白く光る刀身が現れる。
コンテナ搬入用のゲートを通って、ヤード内に足を踏み入れた。器用に段積みされた四十フィートコンテナたちが月光に照らされている。鉄の塊に囲まれながら、慎重に歩を進める。
「ヘレン、ぼくたち以外に誰かいるか分かるかい」
「自分が補足できる範囲には誰もいないであります。ただ、アーヴィングがいるなら、自分たちの位置は掴まれていると考えた方が良いです」
「《超絶音感》によるものか……」
少女兵器の義体にはそれぞれ特殊技能が備わっている。ヘレンは《食分析》。食べたものの成分解析を瞬時に行える。豚骨ラーメンの成分について、やたら詳しく述べていたのもこの技能があってこそだ。
アーヴィングは《超絶音感》と呼ばれる特殊技能を有している。シンプルに音を聞き取るのに優れているというものであるが、拾える音の幅が広い。元々、深海で無音潜航する潜水艦を発見するための技能だ。ぼくがどれだけ足音を消そうと、足の裏がアスファルトに触れる音や布が擦れる音すら拾ってしまうだろう。資料によると、彼女は音で人間の感情すらも読み取れている節があったらしい。
「ただ、足音だけで襲撃者であるということは分かれないはずであります。ホームレスなり、作業員なりがこの時間帯に歩くこともあるでしょう。軍人独特の歩き方であれば、音で判別され警戒されるでしょうが、ミィルの足音は一般人でありますからな」
「普通の歩き方に見えるよう訓練したからね」
「まあ、自分の機械的な足音や装甲の稼働音でばればれでありましょうが」
「仕方ない」
かといって、少女兵器相手ではヘレンの力が必要だ。車の中でお留守番をさせておくわけにはいかない。ラーメン代くらいは働いてもらおう。
ヤード内に入って十五分。神経を尖らせ、コンテナの隙間に彼女達が潜んでいないか、積み立てられたコンテナの上から降ってこないか、ガントリークレーンの頂上から狙われていないか、あらとあらゆる可能性を考慮する。呼吸を最低限に抑える。瞬きの回数を減らす。全身の筋肉に力を込める。
未だ敵の姿は見えない。だが、見られている感覚はある。やつらはここにいる。
拡張チップの輝度調整で視界を更に明るくする。どこかに潜んでいるはずなのだが、闇に溶けた少女兵器たちは見当たらない。
何かを待っているのか。様子を探っているのか。
やがて、岸壁へと辿りついた。ガントリークレーンの柱に手をつく。東京湾の海が静かに揺れている。
「ヘレン、パスティとアーヴィングはいたかな」
「いえ、確認出来ていないであります」
まだ視線を感じる。いるはずなのに姿が見えない。まるで
ふと、横を見やるとヘレンはヤードの一番端にあるコンテナ群へと視線を向けていた。じっとコンテナの角を見つめている。ネコが何もないところで視線を固めているかのようだ。
「ミィル、何か聞こえるでありますか」
「いや、ぼくには何も……」
アーヴィングの《超絶音感》には遠く及ばないにしても、人間のぼくよりも少女兵器であるヘレンの方が聴力は高い。
「何の音……」
「モーター音……それからタイヤの音。車でありますな。作業員がやって来たのでありましょう」
一昔前の自動車はエンジンを燃焼させて走らせていた。現代――二〇八五年においては
「アーヴィングは《超絶音感》。パスティは……」
ぼくがそこまで言い終えると同時にヘレンは電光刀を構えた。
同時にトレーラーヘッドがコンテナの角から飛び出してくる。アスファルトをタイヤで削りながら、ぼくたちへと進行方向を変えた。時速八十、いやもっとある。運転手のいない暴走した鉄の塊が迫ってくる。
「パスティは《電子操作》であります――ッ」
およそ電気で動くものであれば、パスティは自分の意のままに操作出来る。処分前に施設から逃げ出せたのも、全ての鍵が電子ロックだったからだ。
電気とAIで動く自動車はパスティの操り人形と化していた。
「轢き殺すつもりか」
ぼくは落ち着いてハチキュウの銃口をタイヤへと向けた。今更、慌てて逃げたところで間に合わない。海に飛び込めば、衝突は免れるだろうが、その後の動きが制限される。最善はタイヤをパンクさせ、進路を変えることだ。
「ミィル、ここは自分に任せるであります」
ヘレンはぼくの前に立ち、光の刀を荒れ狂うトレーラーヘッドに向けた。
「分かった」
ぼくの言葉にヘレンは頷く。
「こんな安っぽいものなど……」
ヘレンは自分の
電力を電光刀に送り込んだのか、刀身が三倍以上の長さに伸びた。ギロチンにも見えるそれはトレーラーヘッドを真っ二つに分ける。モーゼが海を割ったように、鉄の塊はぼくとヘレンの左右を避ける。バランスを失い、火花を散らしながら道路を滑っていった。
「戦車くらいは持ってきて欲しいでありますな」
電光刀の刀身の長さは元に戻っている。あの武器には義体内の貯蔵電力を使っているから、無駄遣いは出来ないのだろう。
「ありがとう」
「礼には及ばないでありますよ」
それにしても恐ろしい戦闘力だ。難なく、トレーラーヘッドを切り裂ける破壊力と正確さ。例え、戦車だろうと戦闘機だろうと、斬れないものなどないのだろう。戦時中には
アメリカが
「お料理が上手なのね」
小鳥の歌声のような声が聞こえた。
誰かがゆっくりとぼくたちの方へと向かってくる。
ヘレンと同じ黒いロングコート。ヘレンが青の模様に対し、彼女は黄色の模様だ。左手に携える電光刀も黄色。強化外機動装甲も黄色の模様をしている。
「パスティ……」
ヘレンが彼女の名を呼ぶ。
「ええ、お久しぶりね」
パスティは金色のロングヘアーを揺らしながら懐かしむように微笑んだ。
「再会を喜ぶ状況ではないと思うでありますが」
「そうね。残念。本当に残念だわ」
「なぜ……。なぜ、逃げ出したでありますか」
「それは死が怖いからよ。誰だって死は怖いもん」
「嘘を吐かないで欲しいであります。我々、少女兵器の《有用性の証明》には死に対する恐怖を上回るようプログラムされています」
「ええ、そうね。でも、自分の有用性を証明する方法が、自分が死ぬことなら矛盾を起こさないかしら。死にたくないから自分の有用性を証明しているのに、死なないと有用性を証明出来ないのよ。あべこべだわ」
「そういう時、我々少女兵器は死を選ぶであります」
ヘレンは断言する。
実際、彼女はただ破棄されるのを待っていた。
「ふふっ……そうね。わたしたちは死を選ぶわね」
「なら、どうしてでありますか――ッ」
パスティに飛びかからんとする勢いで一歩踏み出したヘレンの腕を掴んだ。
「ヘレン、狙われている。迂闊に動かない方がいい」
ぼくらから数メートル離れたコンテナ群の上に少女兵器がいた。
黒のロングケープと強化外特殊装甲の模様はどちらも灰色。短く整えられたボーイッシュな髪も同じ色だ。
〈賞嘆。よく分かりましたね〉
オープン回線でアーヴィングは語りかけてきた。
〈警告。動かないことを推奨します。当方の電光銃はあなた方を捉えておりますので〉
彼女はヘレンやパスティのような電光刀の代わりに、電光銃と呼ばれる遠距離武器を二丁同時に使う。射程距離はアサルトライフル系ほどだ。ぼくたちを軽々と撃ちぬける。
「質問タイムは終わりにしましょうよ。ヘレンとお兄さんはわたしたちを
「やるしかないでありますか」
「ええ、あなたはあなたのやるべきことをやるのよ」
パスティは黄色く光る電光刀をヘレンに向けた。
「――さあ、わたしを
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