第8話 情報屋

 日が落ちて、街灯が道路を照らし、ネオ・スカイツリーの3Dホログラム広告が夜空を賑やかにし始めた。定時退社をした会社員たちが詰め込まれた自動走行電車チューブがぼくの頭上を音もなく走り抜けていった。


「西洋のあんちゃん、子供がいたんですかい」


 屋台の大将は席に着いたぼくとヘレンを見るなり、そう尋ねた。

 やや痩せ気味のぼくよりも身体は逞しく、十二月も終わろうとしているにも関わらず、Tシャツ一枚という男気だ。上腕二頭筋は丸太のように太く、鋼のように硬い。ぼくの細い首くらいなら片手で折ってしまうだろう。筋骨隆々という言葉は、まさに彼のために存在している。


「いや、違うよ」

「てこたあ……」

「愛人でもないからね」

「んなこたあ、分かっているでさあ」


 目は口ほどにものを言う、ということわざがある通り、人間の目は多くの情報を相手にもたらす。サングラスで隠された彼の瞳からは表情が窺い知ることは出来ない。レンズでも隠しきれない左目の大きな切り傷から、表舞台を渡り歩いている人間ではないことは確かだ。


「ぼくはチャーハンで」

「西洋のあんちゃん。ここは屋台だって教えてやんしたでしょう。餅は餅屋。屋台にゃあ豚骨ラーメンってえ昔から相場が決まってるでもんでさ」

「悪いね。その独特な臭いは好きになれないんだ」


 大将は肩を竦めた。

 人によって好き嫌いはあって当然だ。ぼくは臭いがキツイものを受け付けない。納豆もそうだし、餃子も好んで食べようとは思わない。


「嬢ちゃんは豚骨ラーメンでいいですかい」

「構わないであります。チャーシューは四つでお願いします」

「二つで充分でさあ。味が変わってしまうってえ、もんです」


 大将はスープの作成と同時にチャーハンを炒める準備に取り掛かった。強火にかけられた中華鍋から薄い煙を上げ始めたタイミングで油を敷く。溶き卵を投入し、間を置かずに白ごはん叩き込む。白と黄色が鉄の上で混ざり合う。一瞬、中華鍋から手を離し、麺を沸騰したお湯へと入れた。


「ミィル、随分と熱心に見るでありますなあ」

「職人って感じで面白いからね」

「分からないであります。自分は食べる専門なので」


 チャーハンが完成するのと、どんぶりのスープの中に茹で上がった麺が投入されるのは、ほぼ同時だった。ぼくとヘレンの前にそれぞれの料理が置かれる。

 手を合わせて、さっそくスプーンを握った。


「どうでさ、西洋のあんちゃん」

「さすが大将だよ。美味しい。最高だ」

「次は豚骨ラーメンもお願いしやすぜ」

「それは遠慮しておくよ」


 大将はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


「嬢ちゃんはどうでさ」

「………………こ、これは」


 ヘレンは麺を啜り、確かめるようにスープを飲む。チャーシューを口へと運び、食感と味を舌で感じる。口内を豚骨ラーメンで満たす。

 彼女の中で判定が下ったのだろう。眼下の白濁色のスープに混ざり合う麺と店主の顔を交互に見比べ始めた。やがて、彼女の淡い黒い瞳が店主の厳つい顔へと向いた。


「大将は神でありますか……」

「そこまで言われたあ、さすがのあっしも照れまっせ」

「お世辞ではないであります。濃厚な豚骨スープの味が細麺と絡み合っているであります。麺もスープもそれぞれの良さを打ち消してないです。まさに調和ハーモニーであります――ッ」


 ヘレンはグルメレポーターのようなことを言いながら音を立てて麺を啜った。


「エネルギー推定五百九十カロリー。ナトリウム推定千九五〇ミリグラム。カリウム二百五ミリグラム。ビタミンA推定五十マイクログラム。パントテン酸推定一ミリグラム。ナイアシン七ミリグラム。モリブテン二十一マイクログラム…………最高であります――ッ」

「ありがてえ、お言葉。感謝いたしますぜ」


 そこまでヘレンが絶賛するなら、食わず嫌いをせずに一度くらいは試してもいいかもしれない。次回、来た時に考えよう。

 ぼくもヘレンも食べ終わり、お皿が下げられて、コップに水が足された。


 ――仕事の時間だ。


 屋台に来る前にマンションから持ってきたものがある。ぼくは足元に置いていたボストンバックを店主の前に掲げた。中からがちゃがちゃと鉄同士がぶつかる音が聞こえる。


「情報を買いたい」


 大将は黙って受け取ると、バッグの中身を確認した。


「AK74Mが二丁、M4が一丁、カラシニコフが一丁……これはコピーですかい。マカロフ二丁にMP-443《ヤリギン》が一丁」


 顔色ひとつ変えないで、淡々と銃の名前を読み上げていく。

 これらの銃のほとんどはぼくが暗殺した相手が持っていたものだ。こういう時のために上には報告せず、自室に持ち帰っている。報告書には「敵装備なし」と書いておいて。


「今日は随時と豪快でありやすね。いいでしょう。これに見合った情報を提供しやすぜ」

「この二人の居所を知ってるかい」


 仮想ウィンドウでパスティとアーヴィングの写真を開いた。大将はじっと画像の中の二人を見つめる。


「ミィル、ミィル」

「なんだい」


 ヘレンから脇腹をつつかれた。


「大将殿が一般人ではないのは分かるでありますが、少女兵器のことを他人に訊いてもいいでありますか」

「良くはないだろうね。でも、彼はきみが少女兵器だってことも気付いているよ」

「本当でありますか」

「多分ね。だから、ぼくはここにきみも連れてきたんだ」


 情報とは厄介なもので、どれだけ隠そうとしても漏れてしまう。内からのときもあれば、外からの侵入によることも。もしくは断片的な情報から真実に辿り着くこともある。


「西洋のあんちゃん。この二人は、南区の港湾。そこのコンテナヤードにいやすぜ」

「情報源は……」

「四日前に、都内から新東京アイランドへこの二人が入ってくるのを、あっしの部下が目撃してるんでさ。南区に向かったと聞きやした。西洋のあんちゃんも知っての通り、南区の工事は完成間近ではありやして、作業員が出入りしてやす。作業員はうちの息がかかったヤツらなんですわ。コンテナヤード内にこの二人を見たって若いヤツが言ってやした」

「ありがとう。信頼しよう」


 カズは旧渋谷からパスティとアーヴィングが新東京アイランドへと逃げたと言っていた。情報の整合性はある。


「その若いヤツが見たのはいつ頃……」

「二日前でさ」


 すでに移動している可能性もあるが、調べてみる価値はある。発見すれば、その場で彼女たちを破壊する。

 善は急げだ。

 ぼくは、二人分の会計を済ませた。ヘレンは立ち上がると、また食べにくると告げた。ぼくも同じようなことを言うと、大将はうっすらと笑いながら、


「豚骨ラーメン作って待ってやすぜ」


 と返してきた。

 まあ、一度くらいは食べてあげよう。そう思いながら、道路脇に停めていた自分の車に向かった。

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