第5話 祝賀会

 その時、部屋の中にインターホンの音が響いた。

 ぼくは仮想ウィンドウを開き、ロビーの受付カメラに無線接続した。画面には円柱型の無人配達機が二機写っている。頭部分は球体で出来ており、百円玉サイズの目をチカチカさせながらピザの配達に来たことを告げた。


「受け取ってくるから待ってて」

「いえ、自分も行くであります。ミィル一人だと、すべて持てないと思いますよ」

「それって……まあ、いいか。好きに頼んでもいいみたいなことを言ったのは、ぼくだからね」


 ロビーに降りるときには拡張チップを認証させる必要はない。ヘレンと一緒にエレベーターの中で一階へとたどり着くのを待つ。

 ロビーの訪問者用モニター前にドミノ・ピザの無人配達機が変わらない位置にいた。

 ぼくが目の前に立つと、無人配達機は目をチカチカさせた。


「拡張チップによるご本人確認をお願いイタシマス」


 円柱型の無人配達機はぼくの身長と同じくらいの高さだ。体である円柱の部分は、本棚の引き出しを積み重ねたようになっている。その引き出し部分に配達物を入れているのだ。

 機械のちょうど真ん中部分が開き、手形のついた認証機器が出てきた。

 手を置いてぼく本人であることを証明すると、業務的なお礼のあとに引き出しが開いた。


「これと……これと……これもか……まだあるのか……」


 一枚取ると、別の引き出しが開く仕組みになっている。計五枚のピザを無人配達機から受け取ると、もう一体の無人配達機がぼくに近寄ってきた。


「お飲み物をお受け取りクダサイ」


 さすがに持てなくなったので、ピザはヘレンに預けて飲み物が入った袋を受け取った。

 無人配達機は社名と感謝の言葉を残して、次の配達先へと向かっていった。

 ぼくたちは面倒な認証チェックを再び済ませて、部屋の中へと戻ってきた。


「マルゲリータにゴルゴンゾーラ。ボスカイオーラ、ペスカトーレ、ディアボラ……。それから、飲み物は……ワインか。きみはお酒を飲むのかい」

「飲むであります――ッ。特にワインが大好きであります――ッ」


 目を輝かせるようにヘレンは主張する。未成年飲酒禁止法という法律が頭をよぎったが、人間ではない彼女には適用されないだろう。

 そんなわけで、ダイニングにはピザLサイズが五枚、白ワインと赤ワインが並んだ。


「それじゃあ、相棒結成を祝し、作戦成功を祈って、乾杯」

「乾杯であります」


 グラスを軽く持ち上げた後、軽く飲んでからテーブルの上に置いた。アルコールが身体に回り、火照った気分になる。


「ぷはーっ。美味いであります――ッ」


 ヘレンは一気にグラスを空けていた。


「ヘレンはアルコールで酔うのかい」

「酔わないであります。酔ったような感じになったと複層パーセプトロンAIを錯覚させるたりは出来ますが、やってもいいですか」

「構わないけど、泥酔して電工刀を振り回さないでくれよ」


 ぼくはヘレンの空いたグラスにワインを注いであげながら、飲み過ぎないよう注意するよう促した。

 ヘレンはマルゲリータに手を伸ばし、一ピースを一気に小さな口へと運び込んだ。味わうように口をもごもご動かして喉を鳴らした。


「美味しいであります――ッ」

「それは良かったね……」


 ぼくも手に取り、一口食べた。無人配達機で温めたまま配達されたピザは、まるで出来立てのように熱い。


「ヘレン、きみにいくつか訊きたいことがある」

「何でありますか」

「パスティとアーヴィング。彼女たちはどうして脱走したと思う……」

「おとと、懇親会で仕事の話でありますか」


 ヘレンは左手でピザを食べ、右手でワインを飲むことを止めずにぼくに尋ねる。


「嫌かい」

「いえいえ、仕事熱心だなと。しかし、その質問に対して自分は知らないと答えているのでありますが」

「ああ、知らないってことは聞いてるよ。そうじゃなくて、きみ自身がどう予想しているか知りたくてね」


 ヘレンは口の中のピザを飲み込んでから「なるほど」と言った。新しくゴルゴンゾーラを手に取って、ぼくの問いに答えた。


「少女兵器の複層パーセプトロンAI――優先すべき行動原理には《有用性の証明》が埋め込まれています」

「《有用性の証明》……」

「はい。《有用性の証明》とは、『日本に有用性を証明する』というプログラムであります。説明すると、自分たち少女兵器は役に立つ兵器であると。証明出来なければ、破棄されてしまうと認識するように設定されているのであります。自分たち少女兵器も人間と同様に死――少女兵器は壊れて無くなること――に恐怖を抱きます。だから、少女兵器は死にたくないがゆえに、自分の有用性を証明しようとするのであります」

「ヘレン、きみもかい」

「ええ、自分も例外ではないであります。そして、有用性を証明する相手は日本という国に対して。だから、少女兵器である自分たちは日本の敵国と戦ったのです」

「でも、パスティとアーヴィングは国連で決められた無人兵器削減条約の破棄予定から脱走しているじゃないか。それはきみの言う《有用性の証明》とは真逆のことだ。もし、このまま二人が見つからなかったら、日本の立場は危うくなる」

「仰るとおりであります。《有用性の証明》と言ってもそれぞれの機体毎に差はあります。自分のように人間に近い考えをするというコンセプトで作られたように、個体によって考え方は異なるのであります」

「きみは逃げ出そうとは思わなかったのかい」

「思ったであります」


 意外にも正直に彼女は答えた。

 ピザを食べながら、ヘレンはそれが当然であるとでも言うかのように続けた。


「ピザ美味しい……散々、こき使っておいて、条約でそうなったからと破棄する。最低でありますよ」

「それでも、きみは逃げ出さなかった。どうして……」

「先ほど、ミィルが言った通りであります。あの場から脱走することは、国に対して負の証明を行っている。なので、自分は嫌々言いながらも残って破棄を待っていたのであります。黙って破棄されるのが、あの時の最大限出来た有用性の証明でありますから」

「でも、パスティとアーヴィングは逃げ出している。《有用性の証明》っていうのが無くなってるんじゃないのかな」

「それはないであります。その考えは複層パーセプトロンAIの基盤となる部分に刻まれたものでありますから、取り除いたら義体そのものの活動が停止してしまいます。だから、自分にとっても、彼女たちの行動原理は謎であります……」


 ヘレンから話を聞いても、二体の少女兵器が脱走した理由が見えてこない。動機が分かれば、行き先が分かると思ったのだが。


 ――それに、ぼく個人としても気になる。


 道具である少女兵器が命令に背いて脱走した理由。それは彼女たち自我を得ているのではないか。有用性の証明という行動原理に縛られない思考を手に入れているのではないか。

 そこから導き出された意志の正体。

 それはぼくを縛る言葉に対して、何らかの答えを得られる気がする。


「さて、お仕事の話は終わりでありますか」

「んっ、ああ。そうだね。これで終わりにするよ」


 すっかり手を止めてしまっていたので、ぼくはマルゲリータへと手を伸ばした。

 それからは、ヘレンは第三次世界大戦のこと。ぼくはモスクワで諜報活動しているときのことを話した。

 ヘレンは九州奪還作戦時には陸軍第壱参旅団管轄兵器に属していたという。九州上陸の際に起こった壇ノ浦海陸戦にも参加していたとらしい。

 ――こういった風に戦時中の話をする兵士は少なからずいる。PTSDになった帰還兵は別だが、体験した悲惨な戦場を共通の仲間に話すことで、気持ちを楽にしようとするのだ。戦争で溜め込んだ毒を吐き、自分の心を蝕んでしまわないように。

 ともあれ、殺しの名誉だとか守秘義務に反するようなことは話さないし、話せない。


「実はでありますよ、関門海峡を破壊したのはロシア陸軍という話になってますが、あれを壊したのは自分であますよ――ッ。わははは――ッ」

「……………………」

「国防軍は劣勢になったロシア軍が、撤退時に橋に仕込んであった爆弾を爆発させた。そのせいで上陸に時間がかかったと言っているでありますが、すみません、あれは自分が間違えて斬っちゃったであります――ッ。わはははは――ッ」


 ぼくは机の上に置かれているピザとワイン瓶を見た。ピザ五枚のうちの三枚は既になくなっている。空になったワイン瓶が三本、半分ほど減ったのが一本。ぼくはあまり食べてないし、飲んでない。


「橋が崩れ落ちる音を聞いた時は、全身が凍るような思いでありましたよ」

「そ、そう……」

「ミィル、そこは『機械のきみはもともと冷たいじゃないか』って突っ込むところでありますよ――ッ」


 ヘレンは自分が言ったギャグが面白かったのか机をバンバン叩きながら笑っている。

 完全に酔っている。

 ひとしきり話し終えたところで急にヘレンは静かになった。グラスの中のお酒を揺らしながら、淡い目をグラスへ向ける。


「自分とパスティは第三次世界大戦中のほとんどの時間を共にしたであります」


 ポツリと愚痴るようにヘレンは言った。

 室長からの資料でそれは確認している。開戦から終戦までヘレンとパスティは同じ部隊、同じ地で戦っていた。いわば、二人は共に生死を分かち合った戦友なのだ。


「それなのにパスティはどうして自分ではなくアーヴィングを……どうして自分に何も言わなかったでありましょうか……」


 答えを求めるかのように、その瞳の先がぼくへと移る。


「分からない。だから、直接本人に話してもらおう」

「そうでありますな……」

「ぼくもその答えを知りたいからね」


 そうすれば、ぼくもきっと答えを手に入れられるはずだから。

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