第3話 任務概要

 勝手知ったる国防庁の中を歩いて行く。

 国防軍情報保全隊の建物は六つのビルの一番左――庁舎F棟に位置している。情報を扱うという観点から、入場門から一番遠い。雨の中、傘を開いて進んでいく。


「おっ、あいつは……」


 建物の入り口近くに設けられたガラス張りの喫煙スペースに見知った顔がいた。

 茶髪のちりちりしたフラッパーパーマをした男の名前は九条カズという。ぼくと同じスパイ養成学校で過ごした同期であり、大戦中も所属は同じ情報保全隊第肆保全室だった。旧渋谷で女をナンパしていそうな風貌は国防軍内ではかなり浮いている。軍人どころか諜報員には到底見えない。

 ガラスドアを開けて、中に入った。


「ミィル……久しぶりだな。公安に行ったんじゃねのか」

「ついさっき、国防軍に戻された。きみこそ、何でここにいる」


 終戦後、ぼくが公安調査庁PSIAに移されたようにカズも内閣情報調査室CIROに移されたはずだ。


「どうやら、お前もあのババアに呼ばれたらしいな」


 ババアとは室長のことだ。勿論、本人の前ではそんな言葉は使わない。


「ということは……カズも……」


 そうだ、と答えてカズはタバコをすいがら入れに落とした。新しくもう一本吸い始めたので、ぼくも先ほど買ったタバコに火を点けた。


「二人揃って室長に呼び戻されるなんて、ろくな話じゃないだろうね」

「あー……だりいな。しかも、こんな夜中だぜ。こちとら寝てたってーのに」

「ぼくはロシア人と鬼ごっこしてた」


 大戦を経て、国防軍の権力が上がっていたとはいえ、内閣も公安も迷惑な話だ。


「それで……そこのガキはお前の隠し子か」


 カズはヘレンに向かって人差し指を向ける。


「いや、少女兵器だよ」

「へー、これがねえ……噂は聞いてたが、マジで人間の女みてえだな……」


 じろじろとカズはヘレンを上から下まで見つめる。

 そして、何を思ったのかヘレンに向かってタバコの煙を吐き出した。


「お、おい、カズ。何してる」


 彼の性格を一言で説明するなら横暴だ。口は悪く、自分勝手なふしがある。そんな彼とぼくが親友なのは、ちゃんと常識と良心を持ち合わせているからだ。

 他人に煙を吐き出すことが、どれだけ最低な行為かを知らないわけがない。


「機械に煙を吐き出しただけだぜ。人間じゃない。人の型を持った殺人道具だ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃないか」

「こいつらが少女の姿をしてんのは、ミィル。お前みたいに感情移入させて撃つことを躊躇させるためだぜ。一瞬の迷いでも、戦場では生死を分ける刹那の時間だ。分かんだろ、それくらい」

「それでもな……」


 少女兵器が女の子の姿を模している理由。カズが言ったのと同じことをぼくも考えていた。

 肌の色や言語、思想や宗教が異なっても相手が子供なら、多くの人は自分が命を奪うことを躊躇する。息子や娘がいる親なら、なおさらだ。

 そして、前線で戦う軍人の大半が男であることを鑑みると、少年より少女の方が撃たれにくい。

 少なくても男性であるぼくは、同性の少年よりも異性の少女の方が撃ちたくない。

 その他にも、警戒されにくい、的となる義体が小さい、等々の理由もあるのだろう。


「カズ殿」


 黙っていたヘレンが口を開く。


「あなたの言う通り、自分は兵器であり、人間ではないであります。しかし、機械だから感情がないというありきたりな発想は辞めて欲しいでありますなあ」

「ほお……そういった反応するのか」

「少女兵器は様々なコンセプトで製造されているであります。自分は十体の中でも一番人間に近い考え方をするように設計されているのです。だから、その非常識的な行為に対してははっきりとこう言って差し上げましょう。自分は少し怒っているのでありますよ」


 ヘレンの目は真っ直ぐにカズを貫いている。さすがに電光刀を抜いたりはしていないが、これ以上の侮辱行為を許さないと告げる静かな怒りをぼくも感じ取れた。


「ふんっ……機械が人間のふりをするか」


 カズは吸いかけのタバコの火を消して、喫煙所のドアを開けた。


「先に行って待ってるぜ」


 ヘレンには目もくれずに、建物の中へと入っていってしまった。ぼくのタバコはまだ半分以上も残っているが、何となく吸い辛い。


「ミィル、自分は別にタバコが嫌いだというわけではないであります。なので、自分のことは気にしないで下さい」


 そう言われると、余計に意識してしまう。とはいえ、喫煙所に入ってきているということは嫌煙家というわけではないだろう。煙を吐き出すと、排煙装置が一際大きな音を立てた。



◇ ◇ ◇



 一般人が見学できる一階より上の階からは部屋のプレートが掲げられていない。だから、情報保全隊に配属されて最初の仕事は自分の部署の部屋を忘れないことだと言われている。うっかり忘れてしまっても他人には訊けず、間違えて他の部屋の認証にアクセスしてしまったら、上司からこっ酷く叱られる。

 第肆保全室は最上階の一番左奥にある。エレベーターに乗り込み、認証機器に人差し指を当てた。拡張チップからぼくの個人情報を認証機器が受け取ると、回数ボタンが点滅し始めた。これでやっと、エレベーターが動く。

 最上階は物音一つせず、静寂に包まれていた。ひんやりとした空気が辺りを包んでいる。

 目的の部屋まで辿りつくと、認証機器にまた指を当てた。無機質の音と共に自動ドアが開いた。

 室内にはレザーチェアに腰掛ける室長とその前に立っているカズがいた。十数個あるオフィスディスクには他の諜報員の姿はない。外での活動が多い諜報員は、そもそもこの部屋に来ることが滅多にないからだ。ぼくもこの部屋を訪れるのは数えるほどしかない。事務員もこの時間なら家に帰っている。


「室長、お久しぶりです。ミィル・バラノフスカヤです」


 レザーチェアに腰掛ける室長へと形式的な挨拶を済ませる。冷たい瞳がぼくを見つめ返す。


「ああ、久しぶりだ。第拾機体もご苦労だった」

「ありがとうございます」


 第拾機体とはヘレンのことらしい。少女兵器にはそれぞれ番号が振られている、ということなのだろうか。


「では、さっそく話に入らせてもらう。二人に命ずるのは脱走した少女兵器破壊だ」

「脱走した……」


 ぼくの問いに室長は頷く。


「順を追って説明する。二ヶ月前、ワシントンでの会議で無人兵器削減条約UWRTyが制定された」

 無人兵器削減条約――Unmanned Weapons Reduction Treay――通称、UWRTy。

 第三次世界大戦では多種多様な無人兵器が戦場に投入された。無人航空機UAVは勿論のこと、MQ-9リーパーのような遠隔操縦の爆撃機、多足分隊支援システム《Ls3》、自動標準機関銃2AM戦闘用簡易人造人間FBER、試作機から開戦前に運用されていた多くの無人機が戦場を跋扈していた。なので、第三次世界大戦をドローン・オブ・ウォーと呼ぶ識者さえ存在する。

 その中でも、日本が所有する少女兵器は無人兵器の中でも圧倒的な戦闘力を誇っていた。有人による遠隔操作を必要とせず、人工知能で機体独自の思考により活動を決定し、なおかつ強化外機動装甲による身体能力の上昇で最新戦闘機器使用が可能となったことが大きな要因だ。


無人兵器削減条約UWRTyにより、我が国も無人兵器の一部破棄を求められた」

「おいおい、言われるがままに承諾したのかよ。その条約ってーぜってー……」

「間違いなく、少女兵器の破棄を狙ったものだろうな」


 カズが言いよどんだ言葉を室長は紡ぐ。

 会議自体は、第三次世界大戦で起こった無人兵器による非人道的行為の問題を取り上げてのことから始まった。確かに会議の趣旨通り、無人兵器による過度な殺傷攻撃や、無抵抗力市民に対する攻撃は存在した。だが、誰も口を閉ざして言わないが、本当の目的は、かの戦争で圧倒的な力を見せつけた少女兵器に対する国際的な圧政に他ならない。

 そもそも戦場では無人兵器よりも、人間による人間に対しての非人道的行為の方が多い。


「まあしかし、他国に比べたら削減自体は小さい方に抑えられた。文句は言えん。それは世界を敵に回す選択だ。この条約により少女兵器は三体破棄することになった。国防軍上層部の話し合いで、第壱機体パスティ。第碌機体アーヴィング。そして、そこにいる第拾機体ヘレンを破棄することに決定した」


 突然挙がったヘレンの名前に驚き、ぼくは彼女を見た。

 ヘレンはぼくを見つめ返すと、静かに頷く。


「破棄予定日に担当官が部屋に向かった。第壱機体のドアを開けるともぬけの殻だった。慌てて、第禄機体の部屋を確認すると、こちらもいない。二体とも脱走していた。監視カメラの映像から首謀者は第壱機体のパスティだと推測されている」

「ヘレンは部屋にいたのですか」

「ああ。だが、第拾機体にも第壱機体と第禄機体が脱走した理由に心当たりはないとのことだ」

「二体を庇ってんじゃねーの」


 カズはそう言って、ヘレンを見下ろす。そんなカズを一瞥すると、ヘレンは、


「自分に彼女たちを庇う理由がないであります。どちらかというと、自分に何も知らせずに二人だけで逃げ出したことに怒ってもいいと思うのでありますが」


 と、反論した。

 カズは納得してないのか、馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「日本国防軍としては、少女兵器が脱走したことはおおやけにしたくない。理由はいくつかあるが、大きく分けて二つ。一つは少女兵器が他国に鹵獲されるのを避けたい。少女兵器は我が国のみが開発出来る秘密兵器だ。他国にその技術を盗まれることはあってはならない。もう一つは抑止力としての効果が薄れるからだ」

「抑止力……」


 ――何かを思いとどまらせる力。

 例えば、米ソの冷戦中に核抑止という言葉が使われた。

 アメリカがソ連に核を撃てば、ソ連は報復として核を撃ち返す。逆も待たしかり。相手が核兵器を所有している以上、こちらも核を撃てない。

 日本であれば、GHQ統治後の在日米軍もそうだ。日本領土内に米軍がいる限り、日本に向かって攻撃を仕掛けるということは米軍すらも敵に回すということになる。日本だけならまだしも、世界で一番の軍事力を持つ米軍と戦うのは避けたいというのは至極当然の結論だ。

 最も、イギリスのEU脱退を機に世界的に右翼化が加速した時代で在日米軍は撤退し、抑止力を失った日本は自衛隊から国防軍へと名称を変更して軍事力の増強を計ることになった。


「第三次世界大戦において少女兵器は圧倒的な戦闘力を世界に見せつけた。九州奪還作戦においても彼女らがいなければ勝利はあり得なかった。世界に我が国の軍事力、そして世界への影響の大きさを示したのだ。その功績で戦勝国の中でもアメリカに次いで世界的地位を築けている」

「その秘密兵器が勝手に逃げ出してるっつーマヌケなことが露見しちまえば、その地位も危ぶまれるな」

「そうだ。そして、兵器を管理出来ない軍など脅威ではない」


 再び、日本が攻め込まれる可能性があるというわけだ。


「ちょっと質問いいか」


 カズに対して室長は許可する、と短く答えた。


「こいつも無人兵器削減条約UWRTyの破棄兵器に入ってるてんなら、とっとと壊しちまった方がいいと思うんだが」


 カズはヘレンを指差す。

 そうだ。確か室長は破棄される少女兵器の中にヘレンの名を挙げていた。


「その通りだ。だが、少女兵器の相手を務められるのは少女兵器しかいない。他の少女兵器は別の任務に当たっているため、第拾機体しか残っていない。彼女は脱走した二体を破壊後に、破棄処分されることが決まっている」


 室長は平然として冷酷なことを告げる。

 同じ少女兵器である他の二体を破壊して、更に自分はその後、処分される。そもそも少女兵器は第三次世界大戦で日本に尽くし、日本のために戦い、日本のために敵を殺した。それが国際条約という勝手な理由で処分される。そんな残酷なことがあっていいのだろうか。

 それともぼくがヘレンのことを〝兵器〟としてではなく〝少女〟として見てしまったことが過ちなのだろか。


「とはいっても、第拾機体を野放しにするつもりはない。第拾機体はミィル、貴様と同行するように命令してある」

「ぼくに……ですか」

「ああ。そのために第拾機体に貴様を迎えに行かせた。これの有益性は分かっただろう」


 ロシアの諜報員を追跡し、銃弾を斬り、その命を奪った一連の流れは、確かにぼくに恐怖感すら抱かせた。ヘレンがロシアの諜報員に斬りかかる直前に発した「有用性を証明する」というのは、こういう意味だったのか。あの場で少女兵器としての戦闘力を証明出来なければ、ぼくが彼女と同行する理由はない。彼女は脱走した少女兵器を追うことなく、処分される。


 ――人間は道具と一緒よ。有用性を証明出来なきゃ、捨てられるの。


 ぼくを縛る呪いの言葉。友達だった女の子が発した言葉が思い出される。


「貴様は第拾機体の監視役だ。四六時中行動を共にし、第拾機体が他の少女兵器と同様に脱走を図ろうとしたら破壊コマンドを実行しろ。コマンドは拡張チップによる無線通信によるもの。もう一つは、音声認識によるものだ」

「音声認識……」


 ということは、ぼくが発した言葉によってヘレンは破壊されるということだ。

 室長はぼくにテキストメッセージを送ってきた。

 文言は『クラートゥ・バラダ・ニクトゥ』とだけ記されている。この言葉が破壊コマンドということなのだろう。意味は分からないが、日常生活でうっかり言ってしまうような言葉ではない。


「もしパスティとアーヴィングに肩入れしそうだと判断したときには破壊しても構わん」

「分かりました。ヘレンと共に脱走した少女兵器の発見、及び破壊をしますが、必要であれば室長が望むことも」

「頼りにしているぞ。カズには情報収集をメインに務めてもらう。直接的な戦闘は出来るだけ避けろ」

「りょーかい」

「これまでの調査を纏めた資料だ。目を通しておけ」

 室長が何十枚もある紙の束をぼくとカズに渡した。

 これだけコンピュータが発達した社会でわざわざ紙で渡すのには理由がある。機密性が高いからだ。

 デジタルではあらとあらゆるところからハッキングを受ける。消去をしても一部のデータから復元される可能性もある。デジタルの普及により、アナログでの機密性が再評価されてきた。

 この紙の文章は読んだ後、焼却処分される。忘れないよう必死に内容を頭の中に叩き込み始めた。

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