第2話 ある日常
「ふあ~、、、、昨日来れば良かったのにな、楽しかったぜ。たまには集まりにも顔出せよ。社会人」
あくびを繰り返しながら、カルテに目を通す佐野が、夏樹に話掛けた。
「遅くなったんですか?」
「うん、まぁね。真面目の神木君がドタキャンしたからさ、ちょっとお兄様とね」
「え? お兄様って! 妻子持ちなんですから、あんまり変な事を、教えないでくださいよ」
「わーってるって。大丈夫大丈夫。ほんでもって、今度、素敵なお嬢さんを、紹介してくれるってさ! 楽しみだな~」
「なんなんですか、いつの間に、亮にぃと、そんなに仲良くなってるんですか」
「だって、拓っ君が、最近遊んでくれないからさ」
同じ心臓血管外科の先輩である佐野壮太は、夏樹の三番目の兄、拓三とは高校からの親友だ。
拓三がまだ実家に居た頃、佐野が頻繁に家に遊びに来ており、夏樹もよく遊んで貰ったのだ。
「昨日、急患が多かったみたいだね。今日の手術大丈夫?」
「一旦帰宅して、さっきまで仮眠取らせて貰ったんで、問題ありません。それより佐野先輩の方が、超眠そうですけど」
夏樹は、この病院から徒歩で通えるほどに近いマンションに、住んで居るのだ。
「うん、眠—い。若いっていいね~」
「・・・・ あのね― あ、佐野先輩、今度、女性を紹介して貰うって、やっと身を固める決心したんですね。世の女性のためには良案です。亮にぃも、たまには良い事をする」
同期の町田が言うように、外科医が女誑しに誤解されやすいのは、全部この佐野のせいだと夏樹は確信していた。
「え~ まさか。カモフラージュ」
「カモフラージュってカメレオンですか、全く💢」
「佐野先輩がそんなだから、拓にぃも落ち着かないんですよ。いつかスキャンダルが出ないかと、心配してる万にぃが、可哀想です」
国会議員である二男の万次郎は、夏樹も含めて、粗相のないようにと、頻繁に注意してくるのだ。
「え? 拓っくん、あのモデルさんとは別れたの?」
「もうとっくに。容姿だけ良くても、家事も料理も出来ない人なんて、嫁にする意味ないじゃないですか」
「僕はオッケだな~ 見た目よければ全て良し。だからさ」
「は――」
夏樹の口から、大き過ぎる程の溜息が漏れた。
しかし、こんな佐野も夏樹にとっては、神木同様に尊敬に値する男であり、彼の手術の腕前は、今や元外科医の兄、亮一郎より勝るかもしれない。
「そうだ、『なっちゃんが巣立っちゃう―』って昨日、亮さん泣いてたぞ」
【あのね―― 恥ずかしい。俺は亮にぃの息子か!】
「カナダ行き、決めたの?」
「まぁまだ計画中です。でも今度こそは、あのバカ兄貴どもが何と言おうと行きます!」
夏樹は、座ったままの状態で、ガッツポーツを決めた。
「そだな~ 本当だったら、後期研修で行きたかったんだもんな」
「思い出させないでください」
そう告げると夏樹は頭を抱え、悪夢が脳裏を回想した。
初期研修終了後に、夏樹はカナダの病院で、臨床の研修をしたかったのだ。
だが、亮一郎が院長に就任するタイミングと重なり、3人の兄の反対で、この病院での研修を押し付けられたのだ。
「全く、あのブラコンは病気です」
「あははは。そういや、夏樹、明日って休みだよな? デート?」
「明日は、久し振りに週末の休日なんで、講演会に行くつもりです」
「はぁ~ 20代で脂の乗り切った色男が、週末に講演会って。あっこれと?」
佐野は小指を立てて尋ねて来た。
「小指がなんですか?」
「え―― これが分かんないんだ。おじさんショック」
「おじさんって、拓にぃ怒りますよ。あの人、俺よりもイケイケですから」
「あ~ 確かに・・・・って夏樹ぃ、イケイケってのも、おじさんじゃないの?」
「そうなんですか? 兄貴達から良く聞くので」
佐野が納得の表情をした。夏樹も何だかんだ言ってブラコンなのだ。
「で、何の講演会?」
「臓器移植のですよ」
「あ― やっぱり。すっげぇ退屈そう。夏樹も真面目だね~ さてと、仕事しますか」
カンファレンスを開始するため、佐野が立ち上がった。
今までのだらけた男ではなく、外科医の顔へ切り替わったのだ。
「35円のお返しです。有難うございました」
神木は病院内のコンビニで買い物を済ませると、誰かに肩を叩かれた。
「神木君、お疲れ様。白衣を着ていないから、レジに並んでる時、分からなかった」
「小島。お疲れ」
「昨日参加しなかったんだね。ちょっと残念」
「内科も飲み会に行ったんだ」
「ほら、うちの
「スタッフの飲み会に参加するなんて、ここの院長は、本当に変わってるな」
「院長って佐野副部長と、仲良しみたいだったわ」
「院長の弟が、佐野先生の友人とか言ってた気がする」
「そうなの? で、佐野副部長とうちの伏谷医長って、どうなのかしらね?」
「どうって?」
「え? あの二人って昔良い仲だったって聞いたけど」
「へ――」
「へ――って神木君、相変わらず周りには興味ないわね。クスクス」
関係者通路のドアを通り抜け、職員専用のエレベーターホールで立ち話をしていた2人は、到着したエレベーターに乗り込んだ。
「え? 7階?」
「ああ、知合いが入院してて、これのお届け」
神木は手に持っていたコンビニの袋を上に掲げた。
「アロエヨーグルト」
「そう、好きらしい」
「へ― 神木君は、誰にでも優しいね。それじゃ、また後でね」
小島は別れを告げると、循環器内科のあるフロアーで降りた。
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