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【覚醒から41日目()】


古都を3日掛けて駆け回った結果、脳裏によぎった予感は最悪な形で現実のものとなった。



戦時中は没した仲間の復活に、躊躇した事で多くの犠牲を出し、ゆえに屍者の首を斬り落とす習わしが発足された。

ただ邪教徒は復活しないために、同様の処理は行なわなかった。


だからこそ床に転がる屍はいずれも首が無く、それらに違いがあるとすれば、置き去りにされた部下や同胞たちの亡骸か。

はたまた不気味な声を聞いてから、次々出現した邪教徒の屍のもの。


奴らの死骸が何処へ消えていたのか常々疑問を抱いていたが、もしも戦時中に本気で抵抗するならば、自らを現在のように蘇らせる事も出来たろう。



つまり邪教徒は勝利など最初から望んでいなかった――と考えた場合、なぜ徹底抗戦の構えを見せたのか。

最期と分かっていながら栄光ある死を望んだ、等と次々復活している現状からは考えられない。

“時間稼ぎ”と見るのが妥当だろう。


ではその対象とは何か。


災厄の魔女を封じた石棺から感じた禍々しい空気が、答えとならない事を祈るばかりだ。




探索中に香辛料の袋を見つけた。

兜に近付ければひりつく香りが漂い、まだ刺激は衰えていないらしい。

漬け壺を隠した個室に戻れるならば、是非投入しておきたかった。




【覚醒から42日目()】


災厄の魔女を封じた石棺はもぬけの殻。

禍々しい空気も風の如く霧散し、周囲には“敵”と呼べるものは誰1人いない。 

魔女の遺体が紛失した今、持ち去られたか最悪復活した可能性もある。


いっそ骸を焼き、灰を飲んで処分すれば良かったろうが、過ぎた事を後悔しても仕方が無い。

1度冷静になって状況を整理する必要があろう。



26日目、復活した邪教徒を最奥で目撃。気付いたきっかけは囁き声だった。

29日目、また最奥に邪教徒がいた。この時は石棺内に魔女の骸を確認している。

31日目、以降繁殖した鼠が如く邪教徒が古都を蔓延るようになった。

34日目、女児の亡霊を観測する。



現状亡霊の姿は見ていないが、邪教徒の出現位置も古都の出入り口でも無ければ、礼拝堂や食堂でもない。

入り乱れた個室の数々を直感に従い除外すると、残す捜索場所は最奥だけだろう。



香辛料を苔にまぶしたが、いっそ砂糖でも見つかれば、少しは苔の良さも出るやもしれない。




【邪教徒幹部の走り書き】


愚かな無神論者どもが礼拝堂まで雪崩れ込んできた。

いずれここまで来るのも時間の問題だ。


神聖の儀を終え次第、最奥までの道を封鎖する。


諸君に永劫の命があらんことを…。




【覚醒から43日目()】


『幹部の走り書き』を入手した。


最奥の幹部部屋を隅々まで調べ、ようやく椅子の足に挟まれた紙面を見つけるに至ったが、魔女を信仰する輩に無神論者呼ばわりされる筋合いはない。

かと言って信仰する神も持ち合わせていないとはいえ、注意すべきは“最奥までの道を封鎖する”との一文である。


生前に最奥へ突入した際は、特段阻塞ばりけーどの類は見受けなかったが、ならば何をもって邪教徒は“封鎖”と書いたのか。


そもそも、ここは“最奥”なのか。


最深部にして行き止まり。魔女を捕らえた決戦の地であったがゆえに終着点と考えていたが、その認識が間違いであったなら。

掘りかけた洞穴は、果たして本当に“中断”されたものなのだろうか。




【覚醒から44日目()】


探索とは何だったのか。


例の走り書きを発見した部屋で一息吐いた時、寝床で横になると吊るされた豪勢な照明が目に入った。

何十本と突き立つ蝋燭を光源にと端を掴んだ瞬間、重々しい音を立てながら書架が横へ退き、大穴がぽっかりと姿を現したのだ。


怪しげな場所を根掘り葉掘り探して回り、設置物は破壊し、動く物をどかす時間も全て無駄に終わったらしい。

だが邪教徒の根城に繋がる道を見つけた今、長居は無用。

早々に出立を試みたが一寸先は闇であり、光源もまた見受けられない。


まずは明かりを確保し、新たな道筋に備えるべきだろう。




【覚醒から45日目()】


蝋燭と松明の調達に奔走した結果、奇蹟的に漬け壺の回収に成功した。

武器も可能な限り調達し、解体した梯子の縄を以て背後に縛り付ければ、いざ隠し通路へと進んだ時だった。


途端に異様な冷気が足元を吹き抜けたが、明らかに外界とも、古都に足を踏み入れた時とも様相が異なる。

石棺が纏っていた薄ら寒い空気が、より濃密な風となって一帯に渦巻いているように感じてならない。


これから先は恐らく敵の本陣。

我々戦士団は、表面を薙いだに過ぎなかったのだろう。



単身で斬り込むのは気が引けたが、すでに1度は失った命。これ以上失うものもない。

この先何が待ち受けているのであれ、味覚と触覚さえ残るなら、微塵に砕ける覚悟は出来ている。


いざ深層へ進めば闇に蝕まれる感触を覚えたが、それ以上に感じた違和感に振り返ると、幹部の私室にて――穴を覗き込むように揺れるくだんの亡霊に、否応なく寒気を憶えた。



最悪の出だしだ。

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