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【覚醒から27日目()】
最奥にて掘削が中断された疑惑の通路を調べたが、やはり何もない。
当てが外れたとはいえ、隈なく探索した甲斐もあったと謂ふもの。
幹部部屋の戸棚に、土埃で覆われた
明日、掘削地点へ出発する前に、もう1度最奥を見て回る事にする。
【覚醒から28日目()】
ふと思ゐ至り、最奥における掘削作業を延期。火吹き罠が設置された地に赴けば、早速壁を解体した。
つるはしは砕けてしまったが、中には凝った仕掛けが巡らされていた。
圧力板を踏めば鉄管を通して油が汲み上げられ、噴出口近くの火打石が作動するらしい。
設置したのは恐らく古代人であろうが、この絡繰りには感心せざるを得ない。
いずれにせよ、油壷と火打石が手に入った。
腰包みより梯子の革を取り出し、引き剥がした圧力板を平鍋に加工。
油を敷いて塩胡椒ともども炒め、久方ぶりにまともな調理風景に心が躍ったのも束の間。
頬張った味は生前最期に味わった、
どうやら革は皮でも、木の皮をなめした物らしく、漆と緑の味が泥沼の如く粘りつく。
調理前より異臭はしていたが、直感を蔑ろにしたのが間違いだったらしい。
挙句に罠を解除するために、本来の最重要任務まで放棄した始末。
降格処分どころか、軍法会議の後に処刑されようと文句は謂えなかったろう。
もっとも良い方向に考えるならば、古都内の梯子が食用に向かない事。
そしてそれらを全て解体する労が省けた事を思ゑば、悪い結果ばかりが残ったわけではない。
そう謂ふ事にしておこう。
【覚醒から29日目()】
掘削作業に戻るべく最奥に降り立つや、再び“あの声”を聞いた。
直後に石棺に群がっていた5体の邪教徒を斬りつけたものの、これまで一切反応を示さなかった奴らが、特攻した際に明らかな狼狽を見せていた。
不可解極まり無い現象ではあるが、問題は何処からともなく現れた邪教徒だけではなく、石棺が完全に開いていた事。
血の気があれば一瞬で凍り付いたろうが、幸い中には教主の遺骸がまだ収められていた。
記憶に焼き付いた最期の姿をいまだ保ち、例え災厄の魔女が絶命しているとはいえ、彼女の忠実な手足がまだ徘徊している。
邪教徒を探し出すまでは休む事も許されないが、焦る必要も無いだろう。
奴らも我が身同様、逃げ場など何処にもないのだから。
【覚醒から30日目()】
残党狩りへ赴く前に、石棺に封をしていた聖骸布の代用を探すべく、古都内を再び探索した。
もしも見つからなければ梯子を解体するつもりだったが、道中で地面から浮くように張られた縄を発見し、未踏の通路に辿り着いた事を知った。
恐らく転倒を誘う罠だろうと高を括り、かつ石棺の封代わりに丁度良いと。
無造作に引いたのが間違いだったらしい。
直後に天井に隠されていた振り子式の丸太が、屈んだ際に頭部へ直撃。
辛うじて踏み止まったものの、さもなければ無様に背後へ転がっていたろう。
罠は跡形もなく解体し、石棺用の紐もふんだんに回収出来た。
丸太は焚き木に加工したが、一方で我が身に触感はあれ、痛覚が無い事も判明した。
そして内より湧き出る苛立ちから、生前の感情も健在らしい。
おのれ邪教徒許すまじ……今、子供の笑い声が聞こえなかったろうか。
【覚醒から31日目()】
軽装に
観察している内に気付かれたが、苦戦する事なく袈裟切りに両断するや、微塵も動かなくなった。
狭い通路と愛刀の長さは以前相性が悪いものの、生前の最期を殆ど古都の戦場に費やした身。
生前と変わらない太刀筋を発揮できたが、不用意に足音を立てたばかりに、踊り場を陣取っていた4体の邪教徒に襲われた。
もちろん後れを取る事は無かったとはいえ、まるで何かを探しているように見えた。
意思を持つように行動する不可解さも依然あれ、まずは奴らを復活させている元凶を断たねばならない。
安らかに永眠するためにも、必ず見つけ出さねば。
【覚醒から32日目()】
休む暇もない。
何処からともなく湧き出る邪教徒を次々斬り捨てるのは、生前と変わらず骨が折れる。
それも斬れば良いというわけでもなく、頸椎から上を確実に切断しなければ、腕や足がもげようと襲撃を止めない。
挙句に近接を仕掛ける敵ならまだしも、魔術を唱える個体より放たれた炎が甲冑を焦がし、混戦中に撃ち込まれては躱しようもなかった。
手間取る内に肩や膝当てを破壊され、戦闘後に腕を回したが手は問題なく開く。
歩行も支障はない様子から、甲冑の外殻が皮膚ならば、もやっとした内側の青い靄が内臓の類なのかと。
当初は考えていたが、
放置しても問題はなさそうだとはいえ、露出させておくのも落ち着かない。
邪教徒の
【覚醒から33日目()】
殆どの信徒は裸足だが、靴を片側に履いていた個体を発見した。
木の皮ではなく、獣皮であろう素材が我が眼を七色に染め、気付けば見境なく愛刀を振り回していた。
意思を宿した邪教徒は悉く恐れ慄き、おかげで無残なまでに薙ぎ払われた屍の山より、目当ての足を探すのに苦労させられた。
回収したのちに素早く水源へ向かい、土鍋に毒水をすくえば
爆ぜた
再び沸騰させた所で5枚におろした靴の埃を出来るだけ払い、胡椒をまぶして投入。
混ぜる道具が無いため、熱は感じても痛まない指先でゆっくり混ぜていく。
最後にすり潰した苔をまぶせば、“革靴の塩胡椒煮”が完成された。
味は存外悪くない。
歯応えもあり、食めば食むほど塩胡椒の白湯が身に染みる……ように思ゑる。
だが革靴本来の風味が強く出ているのが頂けない。
すぐに調理せず、乾燥させてからの方が良かったろう。
あるいは灰汁をすくっておけば、もっと旨みも出たやもしれない。
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