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【覚醒から21日目()】
暇である。
だが古都の守護者として、持ち場を離れる訳にはいかない。
【覚醒から22日目()】
礼拝堂まで下りてきた。
暇を持て余したからでも、食料を探しにきたわけでは断じてない。
ただ声――が聞こえた気がした。
最初は風の音か。さもなくば古都へ辿り着いた者が外界にいるのかとも思ったが、声は明らかに階下から聞こえていた。
風の反響音よりも囁きに近く、また女とも男とも取れない声。
だが、確かに……
――何かが、いる。
【覚醒から23日目()】
見つけた。
梯子を降りた時、視界にその姿を収めた。
甲冑の重みに軋みながらも悠然と耐える、古い丸太を束ねた“革の紐”を。
革製品とは獣から採られ、魚や鳥の“皮”も、塩胡椒をまぶして炙るだけで美味と化すもの。
早々に梯子を解体し、革を回収したのちに少し離れた圧力板の罠を踏む。
途端に壁の噴射口より炎が放射され、気付かず通り過ぎようものなら、一瞬で黒焦げにされるだろう。
[任務より帰還したらば婚姻を結ぶ]と惚気ていた14代目隊長に、[爆発しろ]と散々同胞たちが煽っていたあの頃が懐かしくなる。
直後に炎で包まれた隊長の断末魔は今でも忘れない…。
思ゐ出に浸っていると、炙っていた革を黒焦げにされてしまった。
火力が強すぎるようだが、時が経ってなお威力は落ちていないらしい。
そして罠の起動には、原料の油も必須なはず。
どうにかして入手出来れば、炒め物を作れるやもしれない。
残った革を腰袋に片付け、壁を破壊する工具を探す事にする。
【覚醒から24日目()】
また声が聞こえた。
囁きを追っていた事を忘れつつあったが、引き続き調査に当たる間に、掘削道具も是非手に入れたいところ。
最奥で作り掛けの通路があった事から、必ず何処かに収納されているはずなのだ。
だがひとまずは火吹き罠を解体し、古都において最後の娯楽たる料理に興じるためにも、さらに階下へと進む事にする。
【覚醒から25日目()】
食堂には工具はおろか、声の主も発見には至らなかった。
だが、どうにも解せん。
食堂に工具が無い事は仕方がないとしても、声の所在がまるで一定しない。
まるで近付く度に離れて行くようで、それでいて耳元に囁かれている感覚に時折襲われた。
最奥に誘われているわけではない事を祈るが、無性に嫌な予感がする。
真相究明のためにも、やはり声の探求を優先するほかないらしい。
毒の水源に生えていた苔を粗方毟ってきた。
当分の食料源とする。
【覚醒から26日目()】
最奥へ踏み込んだ途端に声が止んだ。
直前に鼻唄が聞こえた気もしたが、肉体だけでなく正気をも失ったのやもしれない。
あるいはろくに食べていないからか。
それとも食用に適さない物を味わったからか。
如何せん心当たりが多すぎる。
だがいずれの原因であっても、封印された魔女の石棺から、紫色の靄が漂って見える幻覚を説明できる。
聖骸布に書かれた血の封紋が薄れているのも。
蓋がひび割れているように見えるのも。
【覚醒から26日目() - 追記】
呆けている暇はなかった。
甲冑と魂だけの身に落ちぶれても、戦闘力まで失ったわけではない。
反撃される間もなく3体の首を両断すれば、壊れた玩具の如く崩れ落ちていった。
即座に周囲を確認したが、他に邪教徒がいる気配は無い。
屍も検分すれば
だが古都に来てからというもの、いまさら骸が動く事は驚くに値しない。
問題は探索の最中、姿を1度たりとも見かけなかった彼らが、いままで何処に潜んでいたのか。
そして誰が操っているのか。
自ずと視線を石棺へ移すが、内側より物音や不穏な気配は1つも感知できない。
聖骸布もいまだ蓋を固く閉ざし、災厄の魔女が復活したはずもないだろう。
そのためにも念入りに“封印の手順”を施したのだ。
魔女が死霊術で復活するはずも無い。
それでも邪教徒が何処に潜んでいたかは謎であり、徹底的に最奥を探索する必要がある。
本日の戦利品は
いい火元になってくれそうだ。
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