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【覚醒から8日目()】


長机と椅子にこびりつく血溜まりや返り血。

半ば溶けたように木乃伊化みいらかした、首無しの部下たち。



念願の食堂へ到達したようだ。


肝心の食料庫に踏み込んだ達成感は得も謂ゑなかったが、食料は余さず壊滅。

燻製すらかびており、空中に舞う異臭や埃は、生身であればさぞ応えたろう。



死後より目覚めてから8日。

水も食料も必要としない身体のようだが、食欲が無いわけではない。

今後も探索を続けつつ、亡き部下たちと駆けた戦線の日々に耽りながら、1泊する事にする。




【覚醒から8日目() - 追記】


ふと目が覚めてしまった。


見回せば周囲は見飽きた石造りの古都。

部下は埋葬されず、首と手記だけを持ち去られた彼らは戦線の邪魔にならないよう、壁に寄せられている。

中には勇姿を忘れないために、最期の死に様をそのまま残された者さえいた。



そんな彼らを最初は呆然と。

やがて奇妙な違和感を覚えながら眺めるや、疑惑は途端に核心へと変わった。


食堂に向かうまでの道のりにおいても、無造作に転がしておいた邪教徒の骸が何処にもない。

戦士団が回収した覚えもなければ、膨大な数の屍はどこへ消えたのか。

思ひ返せば戦闘中も彼らは復活する事なく、蘇ったのも戦士団や邪教徒の手駒たちだけ。


もしも教団が自らに妖術を使えば戦況を有利に。

あるいはひっくり返していた可能性すらあったろう。



――嫌な予感がする。


休んでいる場合ではない。至急最奥を目指す事にする。




【目覚めから9日目()】


――…あった。


古都最奥の忌々しい決戦の地へ辿り着いたが、災厄の魔女を封じた石棺は“聖骸布”に幾重も覆われ、いまだ巻き付いたままだ。

“彼女が復活した”等という最悪の筋書きは杞憂に終わった。


だが一方で邪教徒の骸が消えた説明はついていない。

まさか生存者取り零しが隠し通路に身を潜み、こっそり回収したとでも謂ふのか。



いずれにせよ、不穏分子がいるならば探さないわけにもいくまい。


本日より古都の哨戒。もとい“大主教、露出薄ろぉでうす辺瑠卍べぇるまん”の勅令に従い、義務を果たす事にする。



死者の眠りを妨げてはならないのだ。




【覚醒から10日目()】


決意を表明した翌日から迷う事も厭わず、隅から隅まで探すつもりで練り歩いたが、邪教徒の痕跡はいまだ見当たらない。


横穴があれば全て覗き込むも、時間は悪戯に浪費されるばかり。

怪しい壁があれば片端から砕いていくが、武器を無為に摩耗するばかり。

掘削は亡き部下の所持品を使えば良いとしても、全てをへし折るのは忍びない。


万が一邪教徒の襲撃が遭った際に、我が身を守るすべを残す必要がある。



いずれにせよ、空振りに終わった成果は空虚にすら感じられ、伽藍洞の我が身を容赦なく蝕む。

幽体の身でも憂鬱になると謂ふ新たな発見はあったが、学びの代償は“迷子”。


ここは何処だ。




【覚醒から11日目()】


奇跡的に魔女を封じた空間へ戻る事が出来た。

皆が“最奥”と呼称するために、古都の終点だと思ゐ込んでいたが、入り口とは別に地下へ続く通路を複数発見。

その内の1つに潜り込むも、個室が並ぶだけで邪教徒の痕跡はいまだ無い。


これまで見た質素な造りとは異なり、本棚や蒲団くっしょんが置かれた様相から、幹部部屋だったのだろう。

年季は経っても甲冑を優しく受け止める寝床は、なかなかの寝心地だった。



夕餉には岩に生えた苔を毟って食べたが、地中深くに自生する逞しさに、感心すら覚える。


もっとも不味さを誤魔化す言い訳には使えず、味覚が問題なく機能している発見もあった。




【覚醒から12日目()】


今日も別の通路を探索したが、思わぬ奥行にもしやと淡い期待を抱いた。


だが直後に面した袋小路にあっさり目論みを砕かれ、恐らく掘削途中だったのだろう。

渋々もう1つの道を探索する事にしたが、辿り着いた部屋には、丸椅子が長机を囲む集会室が広がるのみ。


机を寝床に1泊する事にし、夕餉は思ゐ切って石を食べてみる事にした。


味覚があると謂っても所詮は幽体。

この程度ならばいけると放り込んだ瞬間、甲冑内をからから乾いた音が響いた。

左右に身体を揺らせば、金具を弾く音が断続的に鳴り、どうやらこの身も有機物しか受け付けないようだ。


多少落胆する部分もあったが、これはこれで良かったのだろう。

石はとても食せた物ではなく、胸焼けが如き不快感と共に地面へ吐き捨てた。




【覚醒から13日目()】


また別の道を進んだが直近の成果に同じく、幹部用の部屋しかない。

すぐに引き返し、残る通路も探ってみたが焼けた書斎が佇むのみ。

魔女の私室は最後まで見当たらなかった。


邪教徒の最高祭ともなれば、豪華な寝室がある物とばかり認識していたが、目測は甘かったようだ。

まさか集会室の机上で寝ていたわけでもあるまいが…。



夕餉には部屋の隅で生えていた苔を毟って食べた。

味に慣れる事は依然無いが、明日はいくらか持って、食堂に向かう所存。

少し試したい事がある。

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