〈壱章:遺跡徘徊セシ鋼鉄ノ戦士〉

2

【覚醒()】


不可解なことが起きた。


虚無に沈む意識が浮上するや、壁から生えた光り苔が、最期に見た景色を照らし出した。


味気のない石造りの天井と階段。

傍には飲み干された毒入りの小瓶。


咄嗟に固まった油性墨いんくを砕いて磨り潰し、紐で閉じた手記を取ったが、ぺーじは黄ばんでぼろぼろ。

勅令書は……最初にもらった時のままだ。

余程いい紙でも使ったのだろう。


甲冑もあちこちが錆び、多少の手入れでは元の輝きを取り戻す事は不可能。

性能に問題は無かろうが、重い身体を動かすにはまだ早計らしい。


勅令書をしおり代わりに挟み、続きはまた明日に書く。




【覚醒から2日目()】


身体が“無い”。


正確に記すならば、肉と皮。

そして内に流れているはずの血も、鼓動の振動ともども感じなかった。


持ち上げた面頬めんぼうから手を差し込めば、内側を質感の無い綿菓子が漂い、もはや甲冑は硬化した肌そのもの。

まるで木偶人形の心持ちにさせられたが、ふと浮かんだ疑問にその場を離れた。


錆びた剣が役立つかは不明だが、歩き始めの杖代わりには十分。

甲冑の…我が新たなる身体の調子も問題はなさそうだ。




【覚醒から3日目()】


礼拝堂まで移動した。


そしてやはりと謂ふべきか。

点々と壁にもたれる、亡き部下たちの首無き遺体は白骨化している。

邪教徒の妖術で蘇らせない対策とはいえ、最期の姿は無残を通り越して痛ましい。


至る所に年季の入った蜘蛛の巣も張り巡らされ、掲げた松明が触れた途端に火の粉が宙を燻る。


今のところ戦友たちは復活する素振りを見せないが、死して蘇ったこの身は、果たして邪教徒に同じく妖術へ手を出した事になるのだろうか。


そしてこの虚ろな身で腹は減るのか。

そもそも食べる事が可能なのか。



明日は保存食を探しに食堂を目指す。




【覚醒から4日目()】


埃と古びた血で染まった通路を歩けば、右にも左にも亡き部下たちの遺体が倒れている。

誰もが白骨化し、あるいは木乃伊みいらに成り果て、そのどれもが斬首されていた。


あわよくば取り零しを期待したが、流石は我らが戦士団。

1つとして遺体は頭を残さず、我が身と同様に彷徨う者の痕跡は無い。


もっとも礼拝堂を抜けたばかりであり、最奥までの工程を鑑みれば、機会はまだあるだろう。

1歩進む毎に期待も込み上げてくるが、なぜか食堂が見当たらない。


どうやら道を間違えたようだ。


何処とも分からない階段で、1泊する事にした。




【覚醒から5日目()】


食堂はどこだ。


分岐がいくつもあるために、1つ間違えるだけで全てが狂う。

地図を熱心に書いていた部下たちに、道順を丸投げしたのが仇になったらしい。

おかげで元の入り口死に場所まで戻れるかも怪しいところ。



これは非常に由々しき事態だ。

いつの日か古都に夢を見る輩がやってきた時に、偉大な死に様を見せる計画が台無しになってしまう。


道順は把握していないが、優先事項までは見失っていない。


まずは最奥を目指す。

狼狽するのはそれからでも遅くはない。




【覚醒から6日目()】


何処にいるのか見当もつかなくなってしまった。


憶えのない、窮屈な階段を登った時点で嫌な予感はしていたが、辿り着いた先は行き止まり。

渋々引き返すと左右に掘られた横穴の1つに入り、石造りの寝床に背中を預ける。


横になったのは久しぶりだが、心地良さには程遠い。

家具も何も無く、寝るためだけに拵えた味気のない部屋に、邪教徒も辟易しなかったのだろうか。




【覚醒から7日目()】


幾度眠ろうとも、まるで瞼を一瞬閉じただけの感覚に襲われ、覚醒時には刻の経過すら感じられない。

疲労こそ覚えずとも、不休の行軍を否が応でも彷彿させられてしまう。


迷宮のような古都を徘徊する気にもなれないが、寝床に転がっても思ひ出されるのは凄惨な過去ばかり。



入り組んだ構造に侵攻を阻まれ、邪教徒の秘術によって激化した“聖戦”――大義名分を掲げる度に、神官たちは口々にそう叫んでいた。


亡き部下を甦らせ、そのまま教団の手駒に変えてしまう呪法には難儀させられたものだ。

生ける屍も想像できない腕力を有し、瓜や歯を立てられた者も亡者の仲間入り。

鼠算に増える被害を、残らず死者の首を刎ねる事で阻止したが、激戦や迷宮に伴って負傷者を助け出す余裕はなかった。


ゆえに生ける彼らも同じ処断が下され、4代目隊長の指示は以後も受け継がれていく。

来た道を引き返せば、制圧したはずの区域に邪教徒が現れ、部隊が壊滅した事例も判断に起因しているのだろう。


戦闘も“処刑”も、いずれの光景も地獄さながらだった。



そこでふと思ひ出した。


最奥に向かうまでは延々階段を降り、亡き同胞が膝に悪いと不満を零していた記憶がある。

道が朧気ながら脳裏を掠め、少なくとも出だし程度は足が覚えているやもしれない。



たまには何もせず、過去を振り返るのも悪くはないものだ。

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