不死狩りと舌戦場の軌跡

可不可

彷徨える亡魂の徒然なるままに…。

〈零章:仄暗イ底ノ戦場〉

1

【敵陣襲撃235日目()】


邪教徒の本拠地に攻め込んでから随分と経った。

初代隊長は1週間で終わると躍起になっていたが、当の本人は手記を読み返す限り、37日目に亡くなっている。


だがその後も神官依頼主が掲げる“覇屡母尼愛はるもにあ昏漸璃ぐれざりぃ及びその一味の抹殺”のため。

鼠の子が如く戦士を送り込むおかげで、徐々に拠点は制圧しつつある。


激しい抵抗や妖術を前に部下も。

同胞も。

歴代隊長も。

肩を並べた戦友は次々散っていき、終戦する頃には果たして何人残っている事か。


まるで底なし沼へ進軍している面持ちに駆られるが、今や戦士団を率いる身。

共に死地へ赴き、士気が低下した部下たちのため。

世のため人のため。


我らが血を流す事が決まった日より、引き返す選択肢などありはしないのだ。




【敵陣襲撃236日目()】


最奥に辿り着いた時、幹部と思しき邪教徒たちが玉座を囲むように祈り、崇めていたのは他でも無い“災厄の魔女”本人。

戦地で幾度も姿を見受けてきたが、古都遺跡に籠もってなお陽の光を忘れた白い肌に、夜色の長い髪は健在らしい。


むしろ衰えを何1つ感じない堂々たる容貌は、最終決戦の苛烈さを予想させた。



ところが不思議と抵抗は無く、罠の存在も警戒したが、初めて前線に神官が現れてなお襲撃はされない。


それどころか彼らの命令の下で、次々邪教徒を討ったが反撃も無し。

覇屡母尼愛はるもにあ昏漸璃ぐれざりぃも“神聖な手順”に従い、厳重に封印する事で長い長い戦に終止符が打たれた。



血塗れた歳月ではあったが、これでようやく帰れる。


もっとも地上までの距離を加味し、本日は最奥手前の部屋で野営。

就寝前に祝宴を開くつもりだったが、疲弊した部下たちの姿を見てやめた。

古都の隅でひっそり酒を呷るも、どうにも邪教徒どもが無抵抗であった事が腑に落ちない。


まるで嵐の前の静けさのような胸騒ぎがする。



あるいは悪酒による胸焼けのせいだろうか。

代々隊長より伝わる“勝利の美酒”だが、時折先代の誰かが飲んでいたのだろう。


酒気が程々に抜けていて不味い。




【敵陣襲撃から237日目()】


最奥より撤収し、食堂までの移動に丸1日掛かった。

地上まではまだ距離があり、本日はこの場で設営する事にする。

神官たちと副長には被害が少ない厨房を明け渡し、我らには鮮血と屍で満たされた戦跡をあてがう。


食料庫からこっそり肉や酒を抜いていたが、邪教徒の食材ゆえ。

何より周囲に積み上がる屍の山に、誰もが気を取られて賑わいが無い。


祝宴はまたお預けのようだ。



我らが腰を落ち着ける間も、副長は神官と熱心に会話を続けている。

部下はごますりと蔑むが、小難しい話から解放されるから助かる。




【敵陣襲撃から238日目()】


礼拝堂に到達し、設営を始める我々をよそに前触れもなく神官の1人が祭壇に立つ。


それから邪教徒がいかに非道な存在であったか。

我ら戦士団が正義の使途であった事を、声高々に説教し始めた。


もっとも耳を傾けていたのは通辞を担う副長に留まり、部下は不快そうに顔を背けるのみ。


長引く説教は恐らく独断で行動した神官の1人が、罠で命を落とした事への当てつけだろう。

なおも続く小話を躱し、その場を離れるとこっそり個室へ忍び込んだ。


踏み込んだ途端に煤が舞い、焦げた棚や焼けた本が一帯の空気を淀ませる。

荒れた部屋で倒れた石机を立て直し、椅子代わりに腰かければ、入手した燻製肉を1口頬張った。

口を開けば宙を舞う灰まで吸い込んでしまい、肉も塩気や濃厚さが全く足りない。

扉の隙間から覗けば、神官はいまだ熱を込めて部下たちに説教を続けている。


彼らには悪いが、もう少し我慢してもらいたい。

明日、あるいは明後日には太陽の光も拝めるはずなのだから。




【敵陣襲撃から239日目()】


ようやく出口に辿り着いた。

初めて足を踏み入れた頃は、まだ下っ端だったのが懐かしい。



部下たちを皆送り出し、最後に古都を出るべく踏み出そうとした刹那。

阻むように神官長が立ち塞がり、懐から取り出した羊皮紙を何も告げずに渡してきた。



“この地は忘れ去られなければならない。

魔女、覇屡母尼愛はるもにあ昏漸璃ぐれざりぃも。

その信徒も。

大戦も。

忌まわしい存在を全て歴史から消し去らねばならない。


世の太平のため、この地は大いなる犠牲を以て封じられ、聖なる魂を以て死後も守り続けられるだろう。


死者の眠りは永劫、妨げる事は許されない。


署名:大主教、露出薄ろぉでうす辺瑠卍べーるまん



淡々と目を通し、神官長を一瞥すると肩に手を置かれた。

直後に小瓶を無理やり渡され、有無を言わさない視線は、これ以上語る事はないと告げる。

踵を返せば颯爽と出て行ってしまうが、追うために足が動く事は無い。


どうやら太陽を拝む事は叶わないようだ。




【敵陣襲撃から240日目()】


重い石扉が古都を塞ぎ、土砂が外を埋める音もやがて止まる。

完全に外界から隔絶され、もはや部外者が発見する事は不可能だろう。


最後に聞こえた部下たちの抗議の声は気になるが、激戦を生き抜いた彼らであれば、無事に故郷へ戻れるはず。

亡き部下たちの首と手記も、“誰か”と違って安らかに眠れると思ふ。



問題があるとすれば、今後の我が身の振り方。

邪教徒の復活を阻むためとは謂ゑ、神官長の取り計らいで人柱に選ばれてしまった。


不運だとは思わないが、戦士団の隊長格を引き受けた事は半ば後悔している。


重い足取りで来た道を戻り、松明に照らされた石段に座り込む。

食料庫からくすねた酒を呷るが、邪教徒たちの味覚は一体どうなっているのか。

喉が焼けるような感触に、涙が込み上げそうになる。




【敵陣襲撃から241日目()】


――これが最期の手記となる。



身の振り方を検討した結果、死出の準備をする事にした。


当初は甲冑を脱ぎ捨てる予定であったが、数週間の行軍で人里がない山奥に。

それも秘匿された古都へ、我々戦士団が辿り着く事も出来たのだ。

いずれ発掘を夢見る輩が訪れた時、最初に見つけるのは脱ぎ散らかした甲冑と、その脇に転がる屍となる。


万が一災厄の魔女の激戦地を期待していたのならば、酷く失望されてしまうだろう。

亡き部下や戦士団の名誉のためにも、後顧の憂いは断たねばならない。


我が身同然の戦友を棺桶に、この世を去る事にする。


願わくば、安らかな眠りにつけますよう――。



聖、露出薄ろぉでうす外征戦士団第137代目遠征隊就任隊長*****………《この先はインクが滲んで判読できない》

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