第33話 真相の陰で揺れる
真一は相変わらず、自分の身の上に降りかかる出来事には無頓着だ。この日もそのまま苅野谷家に寄って夕食を食べる。叔母さんはちょっと来ないから、どうしたのかと云われる。愛想笑いを浮かべながらそのまま食卓に着いた。伯父さんはまだ帰宅していないし、伸也の奴もデートらしい。居合わせた響子さんにはその無神経さが苛立つらしい。
「良くもまあまあ、のほほーとしていられるのね」
エッ、どう云うこと、と真一は戸惑った。
渚さんのお父さんと寂光院へ行った日の事を響子さんは咎めている。
「何なのあの醜態は、男らしくない好きなら好きと渚さんの心を鷲掴み出来るチャンスを自ら摘み取るなんて観てられなかった。あなたがお父さんに対して渚さんと一緒になりたいといつ告白するかじっと手控えていたのに」
あなたは渚さんに寄り掛かりすぎる。そしてその甲斐性の無さに辟易する。それでも彼女は付いて行こうとする。あの人が本当に目覚めれば置いてけぼりを喰らうと罵られる。
「いい加減にしなさい、男の風上にも置けぬ人だとあたしに思われても一念発起出来ないなんて、それでは渚さんが余りにもあたしに云わすと惨めすぎるもっとあの人を華やかな世界へ導いてあげなさい」
と響子さんに貶されているのか、励まされているのか、どちらとも受け取れる物言いに困惑する。
「いつまで彼女の物陰に隠れているのよ」
早く渚さんの前に堂々と出てきて、お父さんとどうして話し合わなかったか、と詰め寄られる。食卓に料理を並べ始めた叔母さんは、義娘にそう言う話は食べてからにしなさいと謂われて二人は食べ出した。
響子さんにすれば、早瀬からあの日の接待に関しては後日に会って、真辺の考えを聞かされている。改ざんは知らない人に頼むより、確かな人が良いと白羽を立てたのが菅原さんだった。その菅原さんから改ざんの書類が、真辺に渡ってから真一に伝えるタイミングを、響子さんは任されてしまった。まだ会社の収支報告書が菅原の元に届いていない。響子さんは出来れば、真辺が実行に移す前に、思い直さす方法を探って見たが、この目の前の男をどう導かせるか考えながら食事をする。終わるとさっそく叔母さんが、食卓を片付けて台所に入った。
ここより寒さはましかも知れ無いけれど、独りのアパートへ帰っても何にも無いんでしょうと響子は紅茶を二つ用意する。そこで真一はこの前の接待係の早瀬から何を聞いたか、と先手を打った。が、まだそのタイミングじゃ無いけれど、試してみたい気持ちを響子はグッと堪えて答えない。
「ところであれからどうしてるの」
「なぜか渚さんは急に経理の仕事に追われているみたい、そんなに仕事が増えたわけじゃ無いのにお陰でデートはお預け」
「それでここへ顔を出すようになったのか」
と響子はこれから起こる一悶着に、真一はどうするのか見定めかった。がまだ改ざんした書類が出来ていない。早く早瀬が会社の決算書を持って来なければ、と思って首まで出掛かったものを押し殺して、急に増えた渚さんの仕事を思った。そうか真辺の急かしている理由が解ったからだ。そうとは知らずに渚さんは事務に追われているのだ。
「真一さん、もう直ぐ渚さんの仕事は終わるわよ」
「どうして関係の無い響子さんが言い切れるんだ」
「そのうち解るわよ」
と響子さんは飲み干した紅茶を、お代わりしてもう一杯煎れてくれる。
「さて、ソロソロ真一さんも本腰を入れないと今度こそ渚さんにそっぽを向かれるわよ」
「さっきから
「あなたほど勘の鈍い人はまだお目に掛かった事が無いわ、でも流石は早瀬さん、社長のお目に留まる処があるわね」
「気に入ったのか」
「それと恋とは別問題それだけでリンクさせるほど恋は単純なものじゃあないわよ。もっとも惚れたら終わりで盲目になるけれどでも死ぬまで盲目なのが一番幸せだけれど覚めた時が怖いわね」
「どう怖いんだ」
「その時にはまだ気楽な身の上なら良いけれど家庭を持っていれば抜け出せないでしょう」
「そんなことあるか、それじゃあ子供は恋を繋ぎ止める人質か」
「誰もそこまで考えて家庭を営む人は居ないわよ誰もがそこを愛の棲み家にするでしょう、夢なら醒めないで欲しいと思うのは当然でしょうけれど、それより真一さんの紅茶はもう冷めてしまったけれど」
彼はひとりワンルームマンションへ戻る道すがら、今日の響子さんは嫌に絡んでくる。一体、早瀬とはどうなってるんだろう。伸也の奴みたいにルンルンでも無く、かといって覚めた訳でもない、ほどほどの関係が良いのだろうか。それは愛じゃあ無いだろう。とブツブツ言いながら部屋まで戻ると、二階は矢張りまだ帰ってないらしい。ふと遠くの方から道端で手を振る人が居る。こちらはワンルームマンションの明るい街灯に照らし出されているが、向こうは暗がりで判別出来ない。電信柱辺りの街灯に通りかかって、やっと渚さんを認めて彼も駆け寄る。
「あれからずっと帰りが遅いんだなあ」
「なんか急に経理を急かされてしまってお陰で今日は夕食ご馳走して貰った」
それを聞いて真一は憂鬱になる。
「大丈夫よちゃんと肘鉄を食らわしてきたから」
エッと真一は真面に受け取ると、バカね適当に冷たくあしらって来たのよと言い直す。そうかと一息ついて二人は一緒に二階の部屋に入った。流石は女の子の部屋らしく色々と調度品も狭い中に揃えてある。
部屋へ入ると、さっそくお湯を沸かして、紅茶を二つ煎れる。ここまではさっきの響子さんと同じようだが、雰囲気が全く違う。その漂う雰囲気の違いが愛なんだと実感する。
二人がこたつで向かい合って一口啜ると、先ず真一が仕事ぶりを訊く。
「どうして急に仕事が入ってこないのに経理の仕事だけが忙しくなるの?」
「あたしも解らないのよ。年度末までまだ一月近くあるのに社長が急かすならまだしも、全然関係ない早瀬君が決算書を急かすのよどうなってんの」
と逆に聞き返されてしまった。
「君のお父さんが帰ってからだよね。伊丹空港まで送った早瀬君までが急かす理由ってなんて何だろう?」
もっか二人に関係ない仕事の話は続かない、それよりは渚さんはお父さんを無視して一緒になるように仕向けてくる。
「でもあれほどみんなに特にお父さんには祝福されたいって言ってたのに大丈夫だろうか」
「だって向こうは再婚するらしいのよこうなったらお互い様でしょうどの口が物言うと思うの」
「なるほどそうなると向こうも面と向かって言いにくいだろうなあまさか自分のことを棚に上げてまでは……」
「そこよ向こうの弱みを掴んでる間に一気に決めちゃおう」
「いつ」
「お父さんの相手が決まればそのときがチャンスだからもう後ろ髪引かれることは無いから堂々とお父さんに宣言してちょうだい」
そうなると五分五分で対等に渡り合えるか、とにわかに真一も活気付く。
「お父さんはいつ言い出すんだろう」
「今度はやけに張り切りだしたわね」
と彼女は微笑みを浮かべながら紅茶を飲む姿に釣られて真一も付き合う。
「それで今の仕事はいつ片付きそう」
「明日中には終わらせようと思うのよ早瀬のやつがそれを見てもらいにどっかの税理士に持って行くんだけど」
「へぇーそれって菅原さんじゃ無いんだどうしてなんだろう」
「さあそれはあたしにも解らないけれどまあ関係ない会社の事だからね」
「それもそうだなあ」
と二人はバラ色の将来設計を思い描き始める。
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