第24話 一難去らず

 二人は三条河原町でバスから降りた。年末のあの華やいだ慌ただしさはなかったし大半の店も閉まっていて、バスから降りた彼女は何か物足りなさを感じた。

「正月の三日目ならまだ閉まってるわね」

 と渚はいつもの河原町なのに、少し質素な街並みに気落ちしたようだが、直ぐに切り換える処が彼女らしい。

「こんな寂しい河原町なのになぜが行く人はみんな着飾っている、いつも見慣れた者には不思議に映るのも正月なのね」

 不思議なのは此の町だけじゃない、と渚さんには言いたい。あなたの仕草、あなたの動き、あなたの考え、あなたの生き方、あなたの心の重みの全てが、言動と行動からは裏付けされてない不可解な存在として、あなたはこの地上に居る。と彼女に向かってそれがあなたの魅力だと叫びたかった。

「あなたが居候していたおうちだけどそこに伸也君って云う子がいるの?」

「居るけど何でまた急に」

「内の会社に一人だけ奈菜ちゃんって云う女の子が居るの、内の会社では女の子は彼女とあたしの二人だから結構その子と良く話をするんだけど最近あたしがあなたと仲が良いと聞き込んでその伸也君の事を訊かれるんだけどどんな子なの?」

 あいつはそこまで深入りしているのか。まあ付き合い始めたころは、お互いに夢中だからなあ。それがいつまで続くか解らんが、それだけ強い関心を持っている証拠か。早瀬も響子さんを気に入っているから、社長が仕組んだあのクリスマスパーティはそれだけ活況だったのか。それでも社長の思惑は外れたが、会社にとっては人の輪が広がって、一定の成果が得られた。これも社長の粋な計らいの産物だったから、みんなは満更でもないと、社長のあのパーティーには良い印象を持っている。

「それって社長は渚さんをターゲット目標にしたのが彼の社員が二組も恋の切っ掛け作りに貢献したこの功績は今は評価されてる。社長のよこしまな思惑から今は禍転じて福と成すですよね」

「それを社長はどう思っているんだろう……」

 と渚さんは独言している。 

 真辺は思いが伝わらなかったのか、今頃は苦虫を噛み潰したように、悶々としているだろう。何のために仕組んだ余興何だと、真一はほくそ笑んだ。ふと渚さんを観ると、着信しているメールを、考え込むように睨めっこしている。

 そこで渚さんに、何処へ行くんだと訊くと、彼女はあの税理士の事務所へ行くと告げた。

「まさか一度だけ手伝って貰っただけで年始の挨拶でもあるまい、それとも、まさかと思うが真辺の意向なんですか ?」

「それほど気にする事でもないけれどよしみを通じておいても悪くは無いって云っていたわ」

「まさか脱税の指南を仰ぐつもりじゃないだろうか」

「まさか内の会社は儲けを誤魔化すほどの売り上げなんて無いのよ久谷くたにさんのセールスで何とか糊口をしのいでるだけだから」

 二人は三条河原町の繁華街から逆に御池通りに向かって歩いている。

「菅原さんの事務所はこっちの方にあるのか、其れにしても正月そうそう開いて居るわけがないだろう?」

「どうも社長から連絡を受けてその時間だけ空けて待ってるのよ」

「渚さんは今日まで休みだろう」

「だからこれはただ単なる年始の挨拶なのよ」

「そんなに大層にしなくても休み明けで良いんじゃないの」

 そうも行かないらしい。なんせ一日たりとも野菜の世話を焼いてなけゃあならないから今日しかないらしい。

 この街にはだだっ広い道路が、東西と南北に一本ずつ走ってる。その東西に走ってるのが御池通で、そこから細い一筋道を北に上がったところに事務所はあった。一階は喫茶店で二階がそうだった。建物の横に付け足した屋根付きの階段を登った入り口備え付けのインターホンで確認して中へ入った。

 十畳ほどの部屋に三畳ほどパティーションでしきりがしてある。部屋は中央にでかい机がありその前に応接の三点セットがある。菅原はデスクから立ち上がると応接セットのソファーに勧めた。二人が座った反対側に菅原も膝丈のテーブルを挟んで対座した。

 先ずは本来ならこちらから年始の挨拶にお伺いするところで恐縮ですと丁重に云われてから本題に入った。

「真辺さんの側近で久谷さんからあの会社の経営のあらましを伺いました」

 あの会社はまだ事業が軌道に乗っておらず苦労しているらしい。そこで経理だけはきちっとしておきたいのが真辺さんの基本方針だと、久谷さんから伺って改めて掛川さんに、年始の挨拶を兼ねてお招きした次第だった。しかし今更お互いに伝えるものは無いし、会社も新しい事業も手掛けるはずもない。だから良く聞くと彼女の説得にあるようだ。先ずは親を説得できたから後は、彼女を説得して欲しいらしい。

「うちの父とは仲睦まじくやったようですけれど果たして何処まで理解したかは別の話になると思うけれど……」

 と何もあたしの本心は伝わってないと、菅原の話に腰を折らせた。それに対して菅原は掛川さんの両親、まあお母さんは無くなってますからこの場合はお父さんだけの要望ですと前置きした。

「父はもう何かを言ってきたのですか」

「いや何も言ってませんがただ年初の挨拶に似た物を送ったらしいんですよこれには真辺さんもいたく感謝されてね、それで直ぐに返礼されたましたよ」

 これには渚さんは驚いている。

 あたしの頭越しに何て云う事を父はしたのか、と菅原に子細を伺いたいと詰め寄った。これには菅原も頭を痛めた。まだ掛川さんのお父さんからは、決定的な言動を得ていたわけでは無かったからだ。

「父に気に入られたとしても最終的にはあたしの意見を父は無視するわけがありませんから」

「ホウー、かなり厳格なお父さんなんやなあー」

「だからあんな紳士面してやって来るとお父さんはスッカリ気に入ってしまうのよ」

「紳士面でっか」

 と社長を貶す彼女に同調して菅原さんは笑って、そう言えばそうかも知れないと否定しなかった。最初に出会った時からそう謂う処がこの人にはある。

「それで菅原さんが頼まれたのは経理じゃないんですか」

「まあそれは付録みたいになってしまっちゃってるけどね」

 とにかくこれからは時々あの会社には、顔を出すから宜しくと挨拶された。社長から来たメールは、結局は何のために来たのか要領を得なかった。

 本当に挨拶だけで終わった。それも仕方が無い、菅原さんは余り詳しくは聞かされてないようだ。それでは埒が明かないから、久谷さんに電話をした。彼は正月休みを家族と愉しんでいた。その彼から事情を聞いた。

 久谷さんは三十半ばぐらいで、内の会社ではまだ若いが一番の年長者だ。それに唯一の家族持ちだった。だから彼の話は要領を得て分かりやすかった。

「それで久谷さんはなんて言ってたの」

 要約すると社長は今年こそは身を固めて、会社を成長軌道に乗せる希望らしい。その為に会社の経理を出来だけ、誰にでも対処できるマニュアルを作成するのが菅原さんの仕事らしい。

「それはどう云うこと」

「社長はゆくゆくは結婚相手には家庭を任せたいらしいのよ」

「と云うことは渚さんをその候補に挙げて居るって云うことなんかよ」

「そうらしい、と云うのも菅原さんにも久谷さんにもその相手があたしだとは明言してないから、でも久谷さんはそうじゃないかと思っている節が電話から解った。彼は遠回しにそれを匂わせているのかも知れないけれどね」

 彼ならやりそうだと渚は確信しているようだ。

「なんか厄介な事にならなけゃあいいけど」

「成るわけがないでしょうあたしがそうはさせないから」

 どうやら真辺は、一日だけ熊本の実家で彼女の親に会ってから自信を深めた。そこで放し飼いの鶏を小屋へ追い込むような画策を始めたようだ。

 


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