第23話 再会2
この日は重い足取りのまま帰り着くと二人は疲れて、そのままワンルームマンションの二階と一階で別れた。真一には真辺とは人間性では
渚さんから聞かされた熊本での、たった一日の真辺の足取りに、真一は心を痛める。信頼とは長年の交流の積み重ねで築くものだ。男女に関しては友情と愛情では求める価値が違うから少しの不安でも有れば、心の傷も同性より深くなるのは当たり前だろう。翌日にはそんな心配を打ち消すように、渚さんは二階から元気な姿を見せて初詣に誘われた。
二階から降りる階段の音に続いて鳴った、この早朝のインターホンは格別だった。ドア越しに彼女の姿が見えると、夕べの空想は吹っ飛んだ。半開きから一気に開け放すと、悦びに満ち足りた彼女の顔に、真一の心も快方に向かった。
「少し開いた隙間から見えたあなたの暗い顔には驚いたけれどドアと共に全快して良かったわね」
言葉よりもその表情の明るさに救われた。さっそく二人は一緒に、北山通から市内へ向かうバスに乗った。
「昨日の話は黙って聞いてくれたけれど本当は不愉快だったでしょう」
と早速に彼女は朝の暗い顔から察してくれた。
「まあねでもあの社長がよくもまあお母さんの墓参りがしたいなんてよく言えるよと思っちゃったけどどんな感じだったの」
「本当は社長には母はがんでの闘病生活はそんなに詳しく話してないのに父の前ではさも有りそうなように取って付けたように振る舞うから癪だったけど」
「でもお父さんは信じたんでしょう」
「がんの闘病は似たようなもんですからでもとうとう手遅れになった理由は何も話してなかったからそこは当たり障りのないように巧く喋っていたから抜け目のない男だと思ったけど」
「じゃあどうしてそこでもっと突っ込まなかったの」
「母の本当の苦しみなんて解る人じゃない者には知って欲しくないからよ、そんなものを自慢されたくないもの。母を冒涜して欲しくないんですお父さんもお父さんなのよスッカリ気に入っているから相手の話を全く上の空で聞いているからどうしょうもないのよ」
お父さんはそこそこの中経クラスの会社で役員をしている。だから下から這い上がってくるベンチャー起業家には特に甘いところがある。苦労は買ってでもやれって云うんだけれど。そこでその人の本質を見失う処がある。それを補っていたのが母だった。
「それじゃあそんなお父さんならやりにくそうだなあ」
「何を弱気な事を考えてるの」
と軽くいなされてしまった。でもそこまで考えるのはまだ早いかも知れないわよ、と渚さんから真一には早合点しないように釘を刺された。それでも気落ちしないほどに信頼を築き上げて来たつもりだ。
「ところで今日は何処へ行くの ?」
「真一さんはもう神社へ行ったの ?」
早瀬がどうも響子さんに熱を上げていて、それにひと役買わされた話をした
まあ、あの早瀬さんが、余り冗談の言えない人なのに、と驚いていた。
「堅物何ですか」
「そうね」
と早瀬が気になったのか、思い出し笑いを浮かべている。
「早瀬ですけれど彼はどんな人なんです」
「そうかあのパーティーで割り込んで来たから真一さんには良い印象がないのよね」
そう云われて真一はあれから響子さんと早瀬で、初詣に行った事実を誤解を避ける為にも曝露せざるを得なかった。それを察するように渚さんは、彼の心に沿うように落ち着かせた。
「あたしは一向に気にしていないわよだってそれはあなたの自由でしょう」
と渚はまだ恋は熟成していませんからとドキッとさせた。これには真一も慌てた。
「これはあくまでも伸也を引き立てて貰うために早瀬に便宜を図ったに過ぎないんですよ」
と終始弁解に努めるのが、渚さんには可笑しく映ってしまう。しかしここで幸いなのはバスが岡崎の平安神宮前に到着した事ことだ。
とりあえずお参りしましょう、と真一の言葉にそうねとアッサリと頷いてくれてホッとしてバスを降りた。
ここはこの街へ来たときに最初に彼女と再会した場所だ。正面の応天門を潜ると大極殿が目に飛び込み、その前には大きな賽銭箱が置かれていた。ここでも真一は昨日と同じように、小銭を入れて拝む彼女を盗み見た。お祈りの時間は響子さんより短かったそれが不思議だった。
「何をお祈りしたんですか」
「今年も一年が健康でありますように」
「それだけ」
「そうそれだけあなたは」
「僕も似たようなもんですよ」
と当たり障りのないように彼女に合わせた。それを彼女は全く気にしていない。どうしてと、神さまを前にして何の想いも伝えないなんて、彼は急に不安になってくる。それどころか彼女はサッサと行ってしまって慌てて追いかけた。どうもちぐはぐな彼女の心境が今ひとつピンとこなかった。
「何処へ行くんですか」
「河原町へ出ましょう年末は仕事に追われて華やかな街へ出られずにちょっと気分が落ち込んだから今日は河原町で思い切り堪能したいの」
そうだろうなあ、普通の会社ならもう年末休みで浮かれているのに、彼女は経理に追われていた。二人は平安神宮からまた空いてたバスに乗って河原町へ向かった。
「じゃあ菅原さんに見て貰ったときはどうでした」
「あの人は本当に良かった実に丁寧に指導して貰ってそれじゃあ菅原さんのお呼びが掛からなくなって仕舞うじゃないんですかと心配したぐらいなの」
「そうでしたかあの人は陰険になり易いあの場を口八丁で凌いでくれましたね」
もしあの時に敦賀から菅原さんが、乗り合わせていなかったら、真一と渚さんとは言葉を交わすことなく、淡々と車窓の景色に見とれて過ぎ去ったかも知れない。それほど隣りに居た真辺の威圧感に真一は気圧されていた。それを和らげてくれたのが菅原さんの話術だった。
「でもあの時の社長は菅原さんの話には乗ってこず、ひとり沈黙を続けたのはあの話術のテンポに乗り切れなかったと今は見てるんですけど当たりですか」
渚はちょっと笑って、良く見てるわねと言ってくれた。
「それで良く真辺が菅原さんを呼んでくれましたね」
「まあねぇ、それもあったから実家に帰るときに付いて来ると言われたのを断れきれなかったひとつでもあるのよ」
「そうか全てが計算ずくめであの男は動いているとすれば手強いなあ」
「そう気負う事は無いのよだって何処までもええ加減に動いている処があるから謂わば出たとこ勝負でやってるのよ。ただ女ごころを観る勘は鋭いのよでもそれはあたしには当てはまらないからそれであの人はあたしの前では右往左往してるわよ」
彼女は何処まで真辺を見透かしているのだろう。
恋の相手が三拍子揃っていたら面白くない。だから恋心が芽生えた人は、相手の欠点を埋めようとする。それが恋の始まりなら、渚さんは何処まで実践しているのだろう。
真辺に取って渚さんは扱いにくい。別にこの人の動向を読めないのは真辺だけじゃない真一も戸惑う。そのひとつが何で空いた下の部屋に真一を入れたのか、その思いが未だに掴めない。相手を完全否定しない処が彼女の強味になっている。そして何か不可解なものを持ってる人だから魅力も感じる。それがみんな彼女にまとい付く
「それであの会社はいつからが仕事始めですか」
「五日から」
しかし社長の真辺は一日だけしか休んでないから六日から出て来るらしい。
「じゃあ渚さんたちはあさってからか出勤か」
「そうよ、だからゆっくり出来るわよ」
これを微笑みながら言われると、真一でなくてもゾクッと来る。これで真辺は彼女への恋心を駆り立てられたのだろう。この臨機応変な微笑みが、響子さんには見当たら無いのがあの人の欠点だった。
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