第21話 初詣

 そこから三人は二ノ鳥居を潜った。そこはもう本殿の入り口になっている。華やかな初詣客とは一線を画した三人は、拝殿の形式に囚われずに参拝する。まあ誰もがそうだが、形ばかりのお参りに固執するのは、三人三様の思惑があるからだ。そのせいか三人は参拝客の流れから自然と逸れて、二ノ鳥居から直ぐ右に在る渉渓園しょうけいえんに入る。そこは御手洗の小川から分離した、更に小さい曲水の宴で使われる川に沿った場所だった。そこは参道の喧騒から抜け出たまさに、冬枯れのミニチュア版のような小さな枯れ野に分け入った。ここはにはまだ薄らと雪が残っている。そこに新たに三人の痕跡が刻まれていった。

 ここは春になれば和歌が詠まれる。所謂いわゆる曲水の宴が催される場所で、流石にご近所だけ有って響子はすらすらと説明するが、短歌は苦手なようで和歌は余り追求はしない。ただ込み入った話になるかと、響子は鳥居を潜ると本殿を避けてここへ入ったらしい。

「こんな寂しいところではせっかく初詣に来たのに良くないわね」

 と響子さんは急に合わないと悟り、本殿に向かって歩き出した。

 本殿への参道は、晴れ姿の老若男女で賑わっており、三人は心なしか頬も緩めている。

「早瀬さんは今日は内の弟の伸也と約束してたのにごめんなさいねすっぽかしてしまって」

 早瀬にすれば伸也との約束は、お姉さんを連れ出してくれればそれで良いのだから。これは願ったり叶ったりで、彼女に謝れる謂れはない。しかしここは表向きだけでも、心外なと云う態度を見せておかないとヤバくなる。早瀬はちょっとだけ不満を述べると、響子さんを安心させようと、内の会社で伸也が頑張って、技術の習得には余念が無い、と持ち上げる。そこが媚を売ってるようにも真一には見えた。それでも渚さんの事を考えると合わす必要があった。

「そうらしいなあこの調子でいけばすんなり真辺社長の会社へ向かい入れてもらえそうだなあ最も伸也が望むかどうかは別だがなあ」

「そうね真一さんの言うのも一理あるわね大体弟は何を考えてるのか解りにくいのよね早瀬さんはそこの所は何か掴んでいるんですか?」

「そうですね彼が内の仕事には熱心に取り組んでますからねそれに大学からの就職斡旋にもことごとく無視してますからねそれらを考え合わすと彼の進路が自ずと見えて来るんじゃあないですか」

「早瀬さんはそう言ってもあの子は何の考えも話さないのよ、今まで学費を出して貰ったのだからせめて両親には話すべきでしょう」

「それはどうでしょう実はぼくも去年卒業して周りにはひと言も言わずに今の会社に入ったんですから」

「じゃあ尚更訊いてほしいものね」

「多分面倒くさいんでしょうあの時の自分もそうでしたから」

「じゃあ尚更今日は弟と一緒に祈願達成のためにここの神社へお参りして欲しかったのに……」

 それはどうだろう。伸也は気乗りしないだろうと、密かに思っている内に社殿の前に着いてしまった。いよいよお参りしないといけなくなった。三人は鈴を鳴らしてお賽銭を投げ入れて合掌した。

 真一には願う相手が居るが、果たして響子さんはどうだろうと、ちょっとだけ盗み見たが、無言の合掌で瞑想する彼女からは、何も感じ取れなかった。早瀬は隣の人を祈願しているだろうと云う雰囲気が伝わった。

「さあ行きましょう」

 と真っ先に合掌を終えたのは響子さんだが、後の二人はそれを待っていたかのように合わせた。

「真一さんの実家はどうだったの」

「響子さんに勧められて帰ったけどパッとしなかった」

「あらそうだったのかしら、でも決めたのはあなたでしょう」

 巧く逃げたなあと彼女を見たが、知らんぷりされた。それどころか「渚さんは掴み所の無い人だからあなたがしっかりしないと逃げられるわよ」とハッパを掛けられてしまった。

「ところで早瀬さんの会社は年末まで忙しくてそれで渚さんは真一さんとは休みが合わずに行き違いになって実家へ帰られたそうね」

「そうですね掛川さんもあのパーティー以来気にしてられましたよ」

「矢っ張りそうだったのかそれで響子さんは渚さんと一緒に病院へ詰めていて何かを話しましたか」

「もうそれどころじゃあないでしょう生死の境を彷徨ってる人を目の前にして何も話してないわよ」

 瀕死の状態でよく言えるわねと呆れているが、本人はお花畑を彷徨っていたからピンとこなかった。それより真一が訊きたいのは、あのパーティの翌日からの仕事ぶりだ。それは響子さんが、渚さんにどう云う印象を持っているか解らない以上は、早瀬に訊くタイミングは慎重を期す必要がある。

「早瀬さんは事務所には余り寄らないから中の雰囲気は分からないから聞いても無理か」

「まあそうだけど、でも掛川さんのその日の気分、コンディション位は解りますよ」

「それは有難い。じゃああの忘年会いや、クリスマスパーティーから年末までの掛川さんはどうだった」

「やっぱり年末ですからね結構追われていたから、それを見かねた社長があの税理士の菅原さんを一日だけ来て貰ったぐらいだから忙しそうでしたよ」

 やはり渚さんはデート処じゃなかったのかと真一は納得した。

「それで菅原さんが来てたんですか」

「何しろ内の会社は最近興したベンチャー企業ですから社長も経理まで頭が回らないんですよ、それで月締めにはちょっとだけ頼もうかと思案してるんですけど」

「来てもらわなくても送った書類を観て貰って訂正してまた送り返して貰えば良いでしょう掛川さんが慣れるまではね」

 なんせ社長は正月休みが、たったの一日が物語るように、どうも今の社員数ではやりくりが大変らしい。

「じゃあ内の弟は即戦力としては魅力的なんじゃあないの」

「いやあ響子さんの指摘は遠からず当たってますね」

「伸也の奴はそれで鷹揚に構えてるんじゃないだろうなあ」

「あの子にはそんな裏芸が出来っこないわよしかもまだ学生よ」

 と真一に怪訝な眼差しを向けられた。これには早瀬も同意した。真一は少し見苦しい弁解を試みた。

「そう言う意味じゃないあいつはまだ無邪気すぎて世間を真面に観られないだけで社会の寒風にさらされれば頼もしい存在になる、ただまだ社会の現実を外側しか観てないだけだと言いたかったんだ」

 この真一の横やりとその後の弁解では、早瀬を持ち上げる一役には成ったようだ。それを暗示するように、二人は和気藹々とお詣りを終えた。

 渚さんの場合は、弟と云う比較する人が居たが、響子さんの想い出の中には早瀬に似たような男は居なかった。だから彼女の理想にどれだけ添えられるかは、彼の今後の努力に期待することになった。

 お詣りを終えた真一と響子は、早瀬をバス停で見送った帰り路で、弟が帰ってきたらとっちめてやる、と意気込む響子をなだめるのに真一は苦労した。

「まあ取り敢えずはこれで早瀬さんの伸也君への印象は収まったのだからもうとやかく言うことはないだろう」

 それでも伸也の奴は、世の中を甘く見すぎていて、この春からの社会人としてどうやって行くつもりなのか、と不安も募らせる処が姉らしい一面でもある。

「これからも早瀬さんに巧く取り入ってくればそれほど気にする事も無いでしょう」

「それもそうねそんな悪い人じゃあないから」

 と姉は自分との約束を反古にした事で、早瀬への同情を募らせた。

 叔母さんの家には夕食を食べに寄ったが、伸也はまだ帰ってなかった。叔母に云わすと、あんた達と違ってお詣りだけで終わる訳がないでしょうと、意味ありげに云われてしまった。それが当たってるだけに響子も真一も反論しなかった。

 真一は夕食を終えるとサッサとワンルームマンションに帰宅した。

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