第21話 初詣
そこから三人は二ノ鳥居を潜った。そこはもう本殿の入り口だ。華やかな初詣客とは一線を画した三人は、拝殿の形式に囚われずに参拝する。まあ誰もがそうだが、形ばかりのお参りに固執するのは、三人三様の思惑があるからだ。そのせいか三人は参拝客の流れから自然と逸れて、二ノ鳥居から直ぐ右に在る
ここは春になれば和歌が詠まれる。
「こんな寂しいところでは、せっかく初詣に来たのに良くないわね」
と響子さんは急に似合わないと悟り、本殿に向かって歩き出した。
本殿への参道は、晴れ姿の老若男女で賑わっており、三人は心なしか頬も緩めている。
「早瀬さんは、今日は内の弟の伸也と約束してたのにごめんなさいね。すっぽかしてしまって」
早瀬にすれば伸也との約束は、お姉さんを連れ出してくれればそれで良いのだ。これは願ったり叶ったりで、彼女に謝れる謂れはない。しかしここは表向きだけでも、心外なと云う態度を見せておかないとヤバくなる。早瀬はちょっとだけ不満を述べると、響子さんを安心させようと、内の会社で伸也が頑張って、技術の習得には余念が無い、と持ち上げる。そこが媚を売ってるように真一には見えた。それでも渚さんの事を考えると彼に合わす必要があった。
「そうらしいなあ。この調子でいけばすんなり真辺社長の会社へ向かい入れてもらえそうだ。最も伸也が望むかどうかは別だが」
「そうね、真一さんの言うのも一理あるわね。大体弟は何を考えてるのか解りにくいのよね早瀬さんには。そこの所は何か掴んでいるんですか?」
「そうですね、彼が内の仕事には熱心に取り組んでますからね。それに大学からの就職斡旋にも
「早瀬さんはそう言っても。あの子は何の考えも話さないのよ、今まで学費を出して貰ったのだから、せめて両親には話すべきでしょう」
「それはどうでしょう。実はぼくも去年卒業して周りにはひと言も言わずに今の会社に入ったんですから」
「じゃあ尚更訊いてほしいものね」
「多分、面倒くさいんでしょう。あの時の自分もそうでしたから」
「じゃあ尚更今日は弟と一緒に祈願達成のために、ここの神社へお参りして欲しかったのに……」
それはどうだろう。伸也は気乗りしないだろうと密かに思っている内に、社殿の前に着いてしまった。いよいよお参りしないといけなくなった。三人は鈴を鳴らしてお賽銭を投げ入れて合掌した。
真一には願う相手が居るが、果たして響子さんはどうだろうと、ちょっとだけ盗み見たが、無言の合掌で瞑想する彼女からは、何も感じ取れなかった。早瀬は隣の人を祈願しているだろうと云う雰囲気が伝わった。
「さあ行きましょう」
と真っ先に合掌を終えたのは響子さんだが、後の二人はそれを待っていたかのように合わせた。
「真一さんの実家はどうだったの」
「響子さんに勧められて帰ったけど、パッとしなかった」
「あらそうだったの、でも決めたのはあなたでしょう」
巧く逃げたと彼女を見たが、知らんぷりされた。それどころか「渚さんは掴み所の無い人だから、あなたがしっかりしないと逃げられるわよ」とハッパを掛けられてしまった。
「ところで早瀬さんの会社は、年末まで忙しくて、それで渚さんは真一さんとは休みが合わずに行き違いになって実家へ帰られたそうね」
「そうですね、掛川さんもあのパーティー以来気にしてられましたよ」
「矢っ張りそうだったのか。それで響子さんは渚さんと一緒に病院に詰めて、二人で何か話しましたか ?」
「もうそれどころじゃあないでしょう。生死の境を彷徨ってる人を目の前にして、何も話してないわよ」
瀕死の状態でよく言えるわねと呆れているが、本人はお花畑を彷徨っていたからピンとこない。それより真一が訊きたいのは、あのパーティの翌日からの仕事ぶりだ。それは響子さんが、渚さんにどう云う印象を持っているか解らない以上は、早瀬に訊くタイミングは慎重を期す必要がある。
「早瀬さんは事務所には余り寄らないので、中の雰囲気は分からないから聞いても無理か」
「まあそうだけど、でも掛川さんのその日の気分、コンディション位は解りますよ」
「それは有難い。じゃああの忘年会いや、クリスマスパーティーから年末までの掛川さんはどうだった」
「やっぱり年末ですからね。結構追われてて、それを見かねた社長があの税理士の菅原さんを一日だけ来て貰った。それぐらい忙しそうでした」
やはり渚さんはデート処じゃなかったのかと真一は納得した。
「それで菅原さんが来たんですか」
「何しろ内の会社は最近興したベンチャー企業で。社長も経理まで頭が回らないんですよ、それで月締めにはちょっとだけ頼もうかと思案してるんですけど」
「来てもらわなくても、送った書類を観て貰って、訂正してまた送り返して貰えば良いでしょう。掛川さんが慣れるまでは」
なんせ社長は正月休みが、たったの一日が物語るように、どうも今の社員数ではやりくりが大変らしい。
「じゃあ、内の弟は即戦力としては魅力的なんじゃあないの」
「いやあ、響子さんの指摘は遠からず当たってますね」
「伸也の奴は、それで鷹揚に構えてるんじゃないだろうなあ」
「あの子にはそんな裏芸が出来っこないわよ。しかもまだ学生よ」
と真一に怪訝な眼差しを向けられた。これには早瀬も同意した。真一は少し見苦しい弁解を試みた。
「そう言う意味じゃない。あいつはまだ無邪気すぎて、世間を真面に観られないだけで、社会の寒風にさらされれば頼もしい存在になる。ただまだ社会の現実を外側しか観てないだけだと言いたかったんだ」
この真一の横やりとその後の弁解では、早瀬を持ち上げる一役には成ったようだ。それを暗示するように、二人は
渚さんの場合は、弟と云う比較する人が居たが、響子さんの想い出の中には早瀬に似たような男は居なかった。だから彼女の理想にどれだけ添えられるかは、彼の今後の努力に期待するしかない。
お詣りを終えた真一と響子は、早瀬をバス停で見送った帰り路で「弟が帰ってきたらとっちめてやる」と意気込む響子をなだめるのに真一は苦労した。
「まあ取り敢えずはこれで、早瀬さんの伸也君への印象は収まったのだから、もうとやかく言うことはないだろう」
それでも伸也の奴は、世の中を甘く見すぎていて、この春からの社会人としてどうやって行くつもりか、と不安も募らせる処が姉らしい一面でもある。
「これからも早瀬さんに巧く取り入ってくれば、それほど気にする事も無いでしょう」
「それもそうね。そんな悪い人じゃあないから」
と姉は自分との約束を反古にした事で、早瀬への同情を募らせた。
叔母さんの家には夕食を食べに寄ったが、伸也はまだ帰ってなかった。叔母に云わすと、あんた達と違ってお詣りだけで終わる訳がないでしょうと、意味ありげに云われてしまった。それが当たってるだけに、響子も真一も反論しなかった。
真一は夕食を終えるとサッサとワンルームマンションに帰宅した。
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