第20話 叔母さん宅へ戻る
伯父さんの会社の休みは四日までだが、真一は渚の手紙で二日中に帰ると決めた。両親は待っている人も居ないのに、何故そんなに早く帰るのか訝しがった。
二日は早朝に家を出た。幸いにも空は晴れ上がり雪面の反射が眩しい中を近くのえちぜん鉄道の駅に向かう。一昨日はあれほど激しい吹雪で難航したのが嘘のように彼方には駅舎がよく見えていた。列車を降りてから再び降り出した大晦日の雪は、足元から天空まで覆い尽くしたものが、今日はすべてが地に落ち、静かに積もっている。あの雪中の苦行がこの晴天の下では綺麗に消し去られ、今はその冬ざれの荒れ野に足を踏み入れた。
誰もいない新雪に新たな一歩が刻まれてゆくと、なぜか清々しさを覚えて何かを期待出来そうにも思えた。しかし振り返ると真一の歩いた荒野の足跡は、まるでタヌキかキツネのような痕跡を残している。そう言えば出かけの天気は狐の嫁入りだったなあと思わず笑ってしまった。
えちぜん鉄道は、着飾った年始の挨拶客を乗せて、雪原を福井駅まで走らせて、敦賀で乗り換えて京都駅へ着いた。行きと違って帰りの列車内は華やかなムードに一変している。なんせ行きの年末の寒々とした雰囲気から、帰りは着飾った晴れやかな家族連れや若者の客で賑わっていた。近江神宮では大勢の乗客が乗り降りした。京都駅から上賀茂神社でも、岡崎の平安神宮は凄い人だった。そこをやり過ごして先ずは帰宅と年始の挨拶を兼ねて昼前には上賀茂の家に着いた。その途中でメールを受けてデートに出かける伸也に出くわした。
「どうしたお姉さんを連れ出すのじゃなかったのか?」
それが……。と口を濁して突然、真一さんにお願いがあるんだけど、と真剣に頼み込まれた。
新年早々余りにも面白くないから、それでどうしたッと高飛車に出ると、伸也は今日は姉貴を初詣に連れ出す予定を立てて居たが、急に
真一は伸也と入れ替わるように叔母さんの家に入った。途中の各家々には漏れ無く門松が立てられ、軒下には藁でこしらえた正月飾りが、厳かに取り付けてあった。やはりそれだけで旧家の趣が滲み出てくる。これでは響子さんの言うように、一軒だけリフォームして
一同が介するリビングルームにはドーンと鏡餅が鎮座していた。石油ストーブ上のヤカンからは蒸気が噴き出している。伯父さんは昨日着いた年賀状の束を側に置いて、年始の挨拶を受けた。
早速叔母さんから実家の様子を聞かれた。伯父さんも耳を傾けていたが、そんなに変わらないと解ると早々に退散した。
響子さんに初詣を聞かれて、何処へも寄らずに真っ直ぐ帰宅したと言えば、伸也と一緒に行くつもりだったのにすっぽかされたと彼女はぼやいている。
「じゃあ帰ってきてちょうど良いから二人で行けば」
と叔母さんに催促された。このひと言は好都合になり、響子さんにそれじゃあそこの神社へお参りするかと誘った。どうして真一さんなの、とぼやかれながらも一緒に出た。
「伸也の奴は何なのいきなり取りやめるなんて」
「さっきデートのメールが来たんだって」
伸也にしたって彼女とは会社では顔見知りでも、やっと親しく話せただけに慌てて飛んで行った。響子さんもしゃないかと、二人は神社に向かった。
そこでバス停の小屋で待ってる人が居ると知らせると、誰なのと怪訝そうな顔付きで、一の鳥居とは反対側に向かった。横に畳二枚分ほどのバス停小屋のベンチに早瀬は待っていた。
響子さんにすればエッ、と驚いて立ち止まった。
「あの人知ってますか」
「知ってるわよクリスマスバーティの夜に渚さんとあなたの間に強引に割り込んだお邪魔虫じゃないの」
「見てたんですか」
「まあねぇ、あたしの隣に来た人が余りにも気に入らなかったから合間に見ていたのよでもその人がどうしてここに居るの」
「実に良いところに気が付かれましたね」
「別にそうでもないけれど」
「実は彼がここに居るのは弟の伸也くんが初詣に誘ったからですよ」
「まあッ、それをすっぽかしてデートに行くなんてとんでも無い奴ね、弟は、此の先お世話になるかも知れない会社の人をほったらかしにして」
「そこなんですよそれをお姉さんが穴埋めすれば今日の事は八方が丸く収まるでしょう」
「しゃあないわね、予定にない人との初詣なのね」
「三人ですから人数は予定通りです」
「伸也があの人に替わったのか、じゃあ気の毒なのはあの人か」
「そう云う人ですからじゃあ彼の元へ行きましょうか」
響子を連れてきたのが伸也でなく、刈谷だったのには早瀬も驚いた。そこで訳を知り、ここまで呼び出しておいてそれは酷い、と響子は同情してくれた。それで三人でお参りすることになった。
真一が早瀬を呼び出すにはまだ関係が希薄なので、これで先日の頼みが果たせて伸也も無事デートが出来て、早瀬も会えて全てが上手く行った。この折中案を知らないのは響子さんだけだった。
こうして三人は先ずは神社の一の鳥居を潜った。
まず響子さんは弟の卒業を間近に控えて、真辺の会社への斡旋を模索していた。そのために社員である早瀬とは入社への足場として懇意にしておきたいと目論む。そうとは知らない早瀬は、響子さんが好印象を抱かせるために色々と工作する。その始まりがこの鳥居を潜った時から始まった。
広い芝生の真ん中に二ノ鳥居まで一歩道が続く中を三人は歩き出した。流石に初詣だけあって、いつもより人通りが多く、しかも着飾った着物の男性もかなり居る。実になごやかな一コマをかき分けるように進んだ。
ここで一番はしゃいでいるは早瀬だが、彼女の手前表には出しづらい。これはあくまでも伸也に会いに来たので、響子さんはその副産物と云うイメージを装わなければ、彼女に警戒されてせっかくの同情心が貶される。
「早瀬さんはあのパーティでは掛川さんの居る席にどうして移動されたんですか?」
ドキッとするような質問だと真一は思って早瀬を窺った。少なくとも表面上の動揺はないが、真一の打診に途中の駅まで出迎えた気の入れようからして、この一言には相当なインパクトを受けているのは想像が付き、彼の挙動に注目した。
「じゃあ岡野が真っ先にあなたの側に着いて切り分けられたケーキを彼は早速二つ分持ってきた時はどうでした」
「あの人って岡野って云うの」
「訊いてないですか」
「ええ、」
そこでどんな話をしたか聞いてみると、これが実にたわいのない話にホッとする反面、彼の二の舞いを避ける為には、どんな話題を用意すれば良いか迷った。がとりあえず彼女が最初にした質問の答えを用意した。
「掛川さんは最近になってそこに居る刈谷さんの話を伸也君から訊いていたのでそれで関心があって真っ先に二人に割り込んだんですよ」
「あらそうなのじゃあ真一さんにすればお邪魔じゃあなかったかしら」
「いや、結構愉しみましたよ、特に一気飲みが助長出来たのも彼のお陰かも知れないって思うようになったぐらいですから」
「それってじゃあそそのかした張本人は早瀬さんなんですか」
ちょっと待て !と心外なと早瀬は目を向けて来る。真一は笑ってしまった。
「彼には何の関係も有りませんよ、これはあくまでも渚さんとの心の駆け引きから思い立ったのが正直な処でして、ただ渚さんを目の前にしては躊躇しますから彼の存在は心強かっただけで彼は何の関与もしてないですよ、それどころかあの時に止めるだけの力があるとすれば渚さんでなく彼ですからねだから躊躇っていられなかったと云うのが正直な処ですよ」
これで響子さんの早瀬を観る目が穏やかになったのを彼は鋭く捉えた。
「真一さんの言うとおりですよもう少し遅れていればコップを取れた処だったのに」
嘘つけッと思いながらも、早瀬も巧く調子を合わせてくれてると案じた。
その後、直ぐに響子さんが駆けつけたから、早瀬の出番は封じられてしまった。
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