第19話 帰郷2
お袋にとりあえず腹具合を尋ねられて、寒さで余り喉が通らなかった。と告げると早速お袋は得意の煮物料理をした。これは苅野谷家の容子叔母さんとは違ういつもの慣れたお袋の味だった。何故違うんだろうと聞くと、あれはお父さんの実家の味だそうだ。あんたの祖父母が早く亡くなってから、ここの台所を任されてから、あたしの実家の味付けに変えたそうだ。容子叔母さんは内のお父さんの妹だから、昔の味付けなんよと言われた。
「でもそんなに違わないわよ」
「と言われてもかなり薄味だけどかなり凝ってた」
じゃあ容子のやつ家の味を忘れたかと親父に訊かれて、でも昔の味と違って響子さんに言わすと、京風の味付けらしい。容子さんも二十年で完全に京風になったらしいと言った。
それじゃあ亡くなった先妻さんの味付けを、仕込まれたのかも知れない。そう言えば次女の響子さんは、先妻の子で弟の伸也が、容子叔母さんの子だった。でもまあ響子さんも二つか三つで亡くなっているから、先妻のことは殆ど覚えてないらしい。味談義からお袋の話をまとめるとそうなった。
この家は農家だった面影は全くなく、真一が生まれた頃にリフォームされている。先ずは屋根は茅葺きから瓦屋根になり、壁もモルタルに代わる。屋内にも土間はなく、まして囲炉裏なんて何処にも見当たらない。代わりにエアコンが各部屋に設置されて、都会と変わらない快適さを味わった者には、上賀茂の家は寒すぎた。それで此処を離れて苦労したと両親に語った。でもこれは千年の歴史が有る街だから、
「そうか真一、味付けが家と違ったか、容子のやつ、もうすっかり向こうの家に溶け込んだなあ」
「父さん、容子叔母さんは妹だからどれぐらい一緒に暮らしていたんだ」
「俺が結婚しても容子は行き遅れるていたからなあそこへ次女が生まれて奥さんの産後の肥立ちが悪くて亡くなって乳飲み子を抱えて途方に暮れていたから妹の容子を紹介したところ浩一さんは気に入って容子は苅野谷浩一の所へ嫁いだ」
「じゃあ響子さんは本当のお母さんを知らないのか」
「ウーンそれはどうだろう、しかし十中八九は知らないだろうなお前気になるなら本人に訊いて見ろでも考えても見ろ伸也君と響子さんは三つぐらいだろうか歳が離れているのはそれでお前は自分の三つの時の事をどれぐらい覚えている」
そう言われれば殆どいや全くの覚えていなかった。彼女はどうか分からないが、本人にはそんな様子はなく、今のお母さんにはまったく違和感なく接していた。
戸籍上は継母だが、実質は殆ど生みの親と変わらない生活を送っている。だから体と心には何の違和感もなかった。有るとすれば事実を知ったときから、どれ程精神障害が生じているだろうか。それも周囲も本人さえも意識していないし、すれば後継者や相続権などの問題の時しかないだろうけど、彼女なら無難に乗り越えそうだった。
「当たり前だもの心ついたときには容子しかいないんだから大きくなるまでは少なくとも中学生ぐらいまでは知らないだろう。そこで戸籍を見て分かっても理屈とかち合わないからそのままスンナリ受け止めたんだろう」
「そんなに気苦労を抱えていそうもなかったなあ」
そりゃあそうだろう。もの心ついた時には、容子がお母さんで何の支障もない。なんせ先妻とは巧く継承した、ただ長女の律子さんは先妻の面影を、心の何処かに残しているのは確かだろう。
「真一、苅野谷家の次女に対してどう血がつながってるかお前いやに拘るなあ」
親父は焼酎をチビリチビリやりながら核心を突かれてた。
「いや、ただ響子さん以外に気になる人が現れたのでちょっと確かめただけさ」
「お前、まだ向こうへ着いて一月にも成らないのに……、もう相手を見つけたのか、じゃあ一目ぼれか……」
「お父さんもうそれぐらいしたらまだはっきりしてないんでしょう」
とお袋が言ってくれた。
「ほう〜片思いか、まあそれなら何で今頃急に帰ってきたんだ」
「それより真一、向こうの仕事はどうなの続けられそう?」
お袋がまた割って入ると、親父はそれもそうだと日が浅すぎると追求を諦めたようだ。
「苅野谷さん、とことは上手く行ってるからそれで伸也君とはその話をまとめようとして今日は帰ってきたのでそれを話したいと思ってる」
お袋の助言を好機に捉えて真一は、両親が期待している本筋の話題に戻した。
「なーんだそうだったのかそれをもったいぶらずに先に言え気を揉むじゃないか」
真一はこの春に卒業する伸也の近況を事細かく話した。
「父さん、それでもし伸也が九頭竜川で農業をやりたいと本気で言い出しても大丈夫なのか?」
「それは頼もしいなあそうなるとお前はうかうかしてられんぞう」
「こっちでは機械工としてやって来た自信が有ったがあの工場ではその先を行ってるから後二、三年でも不安だよ」
今の工場は人力を極端に抑えて機械にデータてを入力して、勝手に機械が製品を仕上げてゆく、
親父は頷きながら黙って聞いていたが、ゆくゆくはそれが望みらしい。だが今は混沌として、その流れに乗れるか、それを気にしている。それはひとえに息子達の動向に掛かっており気を揉んでいるらしい。だから親父の考えに変化はなく、周囲がそれに向かって進むことを期待しているようだ。
「なんせ肥沃な土地と言う事はそれだけ水害が多いって事だった。山の肥えた土壌を一気にこの辺りに蒔いてくれるからだよ」
暴れ川の九頭竜川には一長一短があった。河川改修で水害を減らせば逆に土地が痩せてくる。それを化学肥料で補うやり方が根付いてきたが、親父は他の方法を模索していただけに、伸也が取り組んでいるバイオテクノロジーの一環には興味を示した。
富山では立山連峰と神通川、福井でも白山連峰と九頭竜川はどこか地形が似ている。それだけにここで一つの新しいやり方が定着すれば、後継者問題の解決の糸口が掴めると、親父は期待しているようだ。
「父さん、それは早合点だよ僕の見た所まだ一つの市場として成り立つかはまだはっきりしてないんでしょう」
「俺の生きてる間は無理か?」
この頃には、親父は酒も手伝って半分冗談とも受け取れるように訊いて来る。これには真一も頬を緩めながらも真面目に対処する。
「それは伸也もまだ手探りのようだからどうだろう」
そうだなあと親父は自分のピッチに併せて、更に焼酎を勧められた。真一にはウイスキーが性に合っていたが、日本酒よりは悪酔いしないから良いかと付き合っている。
「珍しいわねあんたが家を出てからチビリチビリやっていたお父さんが今日は張り切ってる」
「何言ってんだもう直ぐ年越しだその祝い酒だろう」
と親父は半分照れ隠しのように呑むところが、可愛く思えてくるのは歳のせいだろうか。
「嘘ばっかりお父さんは寂しいのよ」
「今更バカな事を言わせるな、真一、気にするな」
と親父は焼酎をまた口にした。
真一には経ったひと月空けただけの実家の様子に戸惑う。それに普段は呑まないお袋までが一緒に呑む光景には、いかに自分が抜けた穴を早く埋めてやりたいと思わせた。
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