第13話 聖夜2

 二人は伸也と響子の隣に座ったそこへ。

「この栓を抜いて今日のクリスマスパーティーを始めますさかいまあ最初の一杯分ぐらいしかおまへんから後はビールかワインになりまっせ」

 と菅原洋介がシャンペンを持ってやって来た。

 これはクリスマスを盛り上げる余興ですから、しかも合図の栓を抜くのは三人でっせ。一本は社長でっせ。そして二本目が掛川さんあんたで、残りがここの主人のお父さんになってますさかい、と菅原は説明して一本を前に置いた。

「何で菅原さんが招待されたんですか?」

 ここの社長は起業して間がないから、最初の決算書の作成の大まかな所を説明して、それで招待された。それは表向きで菅原は箝口令を強いられて、資産家の父の節税対策に呼ばれていた。

 三本ずつ束になったビールが各座卓に並べられていた。シャンペンも少ないがムードを上げる為にも用意されていた。ここで社長は立食と一緒で、どんどん席を移動しても構わないからと、この席では知った者同士より知らない者同士のためにあると、真辺は社員とのごちゃ混ぜな席にした。それでも真一と渚は動かなかったが、間に一人社員が割り込んだ。目障りだが始まれば追い出せば良いと思った。

 クリスマスと言えば七面鳥だが、此処では今朝、琵琶湖の狩猟で撃ち落とした鴨の丸焼きが、各座卓に一羽ずつ置かれていた。なぜが琵琶湖で捕れたニコロブナで作ったフナ寿司も用意されていた。これは自慢の自家製で、此の春に捕れたニコロブナを漬け込んだ特製品だった。しかしその匂いに辟易したのを察して説明した。

 ニコロブナ、これは琵琶湖の固有種なんで、それを発酵させて漬け込んだ物で、三年物となるとこれが絶品ですよ。そしてそこにあるサーモン。これはビワマスでして今朝、奥琵琶湖で捕れた物です。これも琵琶湖特産で、中々ここ以外では食べられないものですから、とあるじは自慢した。

 主が琵琶湖の特産品を自慢し終わると、息子は父親にシャンペンを一本渡して席に戻った。もう一本は菅原が掛川渚に渡してる。そこで三方向からシャンペンの栓が威勢良く抜かれた。不揃いのワイングラスに注がれると、真辺が取って付けたような、これまた不揃いな簡単な挨拶をして始まった。

 真辺の両親は名主なぬしの末裔だけあって、父親は楽なカジュアルな服装でも、和服が似合いそうな、恰幅のある紳士の面構えだ。母親も古風で品がありそうだ。

 挨拶が終わると、クリスマスケーキらしく飾り付けられた、直径が五十センチ、厚さは十センチは有ろう中央のケーキに目が注がれた。普通、店のショウケースにあるのは三十センチぐらいだからこれは特注品だろう。それを真辺の母親が等分に切り分けて一人ひとつで召し上がるように勧めた。早速、響子さんの隣りに居る社員がやって来て、切り分けたケーキを二人分、小皿に盛って隣のテーブルへ戻って響子さんに勧めていた。

 真一と渚さんの間に居た男の社員は、細かくスライスされた例のフナ寿司を食べていた。

「それ美味しいの?」

 不思議そうに渚さんは訊ねた。

「ウン、ここのは乳酸菌の発酵が良くてねぇ、内のとはひと味違うから」

「じゃあ、あなたも地元なの」

「湖北でしてね、小っさいときからフナ寿司を漬けていたから、まあ地元では昔はみんなやってましたけど最近はめっきり少なくなりました」

「これ本当に美味しいの?」と渚さんは再質問した。

「まあ騙されたと思って一口どうです。ワインにも合うと思いますよ」

 まあそうかしらと言いながら、渚は、一方的に真一に勧めた。エッと思いながらも渋々一切れ口元に運んで暫し躊躇ちゅうちょしたが、そのまま齧り付くと、エエイままよと咀嚼そしゃくした。それを物珍しそうに渚は見物してる。

 この男は早瀬はやせと自己紹介して、伸也君とは懇意にしていると告げられた。真一は思わず向こうの席で、若いシャイな女の子と喋っていた伸也にちょっと目をやった。

 税理士の菅原さんはここの主人とやけに話し込んでいた。多分この辺りの経営者への顔繋ぎを催促してるんだろう。肝心の主催者の真辺は、浮かぬ顔で時折、渚さんに目をやりながら、近くの社員と話していた。響子さんはこれまたさっきケーキを持って来た、若い社員と飲み食いしていた。隣の早瀬はそれに焼き餅を焼いているのか、しきりに響子さんの相手を貶していた。

「ところで伸也君は、バイオテクノロジーにはどれぐらい熱心なんですか?」

「彼はかなり興味を持ってるよ」

「興味を持ってると、やる気があるかどうかは別問題だ」と真一は突っ込んだ。

「関心を持てば後は好きこそものの上手なりと言いますから、突き進むんじゃないですか」

「だけど、その切っ掛けを伸也は掴もうとしているかだ。俺が聞きたいのは」 

「だから今は見守るしかないんじゃないですか」

「そんなゆうちょな事を俺は言ってられない。第一、伸也は年が明けたらすぐ卒業するんだろう。就職先も決めないで何をしてるんだ」

「だから内の社長ところへ勉強に来ている彼も、いっぱしの起業家を目指しているんじゃないでしょうか」

「それなら言う事はないが、その兆候さえ全くないのはどう言う事だ」

「卒業で踏ん切りを付けるつもりなんでしょう」

「どう踏ん切ると言うのか、何を考えているんだろう。親の工場も見ないで何で俺があの町工場を何とかしなけゃあならないのか、それなら伸也は勝手すぎる」

 早瀬が言うには、彼は彼なりに真っ直ぐに前を見据えて取り組んでいるが、まだ目に見える成果がないだけだ。しかし真一も、見えなけゃあやってないと捉えてもしゃあない。考えるだけなら猿でも出来ると言い返した。そう言えば昔、反省なら猿でも出来ると云うコマーシャルを思い出してる。

「社長だって何を考えてる人だが判らないところがあるわよ、まだ社会に出てないのに、謂えばまだ研究段階なんで、学生の特権でしょう」

 と渚さんは嫌に伸也の肩を持った。ところで社長とえらい熱心に喋っているお宅の社員はなんて言う人、と早瀬に真一は訊ねた。

「ああ、あいつは久谷くたにって言うやつで、人たらしで口先が上手いんですよ」

「じゃあ会社のお荷物?」と真一が聞いた。

「いや社長は気に入ってるんです。なんせ尻込みする顧客を彼は説得するのが巧くて、口先八丁で成約に結びつけますから社長も大いに買ってるんです」

「それって、詐欺をやってるんじゃないでしょうね」

 と真一は半分はそう決め付けて早瀬に迫った。早瀬は久谷の人を巧妙に乗せてしまう話術には、感心しないものを抱いていたのも事実だが、誰に対してもおごらない人柄は気に食わないが認めていた。 

「彼は実現できない事は言わないし、裏付けのないものは語らない」

 と渋々、早瀬は久谷を擁護したが、それを渚さんは意味ありげに笑ってる。

「久谷さんにはそんな度胸などないわよ、その系統で言うなら真辺が一番危ないわ」

「どう危ないんです」

 と真一が訊くと、 

「あいつは女たらしなんよ。あたしを何とか引っかけようとするのよ。それよりもっと恐ろしいのは、人をそそのかして自分はその陰に隠れてしまうとこよ」

「そんな人じゃあありませんよ。社長は慈悲深い人ですから」

「早瀬くん、あなたは人生経験が浅い」

「掛川さん、社長は真剣なんですよ。今日のクリスマスに呼んだのは掛川さん一人を両親に見て貰う為なんですよ。言わばあとは単なるエキストラに過ぎないんですから」

「じゃあ我々は単なる賑やかしの夜店のセットに組まれた通行人か。それにしては凄いセットを実家に持ち込んだもんですね」

「じゃあ、ぶっ壊せばいいのよ」

「掛川さん、会社潰すつもりですか」

 と早瀬はかなりきつい口調だ。

「そうなると彼奴のお父さんに取り入ってる菅原さんは困るでしょうね」

 とそれに相反して渚は、ドキッさせるような視線を、名主の末裔に向けていた。

 


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