第11話 伯父さんのダイニングにて
とにかく今はノンビリと伯父さんの会社で最初は見習工として、加納さんの指導の下で仕事を続けていた。苅野谷浩一さんの会社は高野に在った。丁度引っ越したワンルームマンションは、
しばらく比叡山を眺めていたら悪寒が背筋に走り、何か得たいの知れない物が取り憑きそうで、慌てて帰路に就いた。寒風がその背中を押すように吹き荒れた。
「これが比叡おろしか」
渚さんはまだ帰ってないだろうと、叔母さんの家に向かって急いで自宅を通り過ぎた。
伯父さんの家には、先に響子さんが帰っていて、ダイニングで叔母さんと食事の用意をしていた。
「あたしより先に会社を出たのに遅かったのね。何処で道草を食ってたの」
とまるで食事の支度が出来るタイミングを計って帰ったように小言を言われた。
「川沿いを歩いたら山が見えたんで見とれた」
そんな河原に居れば風邪引くわよ、と言って叔母さんが、彼の前に夕食を揃えてくれた。やがて伸也もやって来る。伯父さん以外は全員そろった処で食事が始まる。
どうやら伯父さんは加納さんと一緒に、会社で展示会の反省会をやってるらしい。
「伸也がはっきりしない男だと、言われたそうだけど『来たばっかりの人に言われたくないって』あたしに言ったけどどうなの」と響子は真一に訊いた。
真一は伸也に目を向けると、無表情を装い何食わぬ顔して、箸をこまめに動かしている。
食べてるときぐらい静かに食べなはれ、と叔母さんは響子に言った。
「自分のことになると勝手すぎるわよ。仕事そのままにして、で、アパートだけさっさと見つけて」
「聞けば、丁度、家と会社との途中にたまたま気に入った物件が見つかったらしいじゃないの」
と叔母さんが仲介に入ってくれた。
「それで真一さんは、いつもアパートを探して道草してたってわけ」
響子が皮肉っぽく訊ねた。
「行きはともかく、帰りはノンビリと散策してただけだよ」
「この寒くなる季節に、真面に風にさらされる川縁を散策するなんてどうかしているわよ、早く帰って温まったらええのに、それで風邪を引いたらどうすんの」
「別に、冬でも何処を歩こうが勝手だ」
「比叡山から寒風が吹き荒ぶ川岸を誰がこの時期に好んで歩くのよ」
「まあまあ、二人とも真面に食事が出来ないのかねぇ」
と叔母さんは
「姉さんは八つ当たりしてるだけだから、母さんも真面に聞かない方が良いよ」
と伸也は響子に反論される前にさっさと箸を置いて「ご馳走さん」とダイニングを出た。
「あいつはクリスマスはどうするんだろなあ、農学部と謂えば女の子は少ないだろうになあ」
「そう言うあんたゎどうなの。余計な心配してる場合じゃあないでしょう。まあ第一にオケラだわねえ、クリスマスどころかその日過ごすのにも事欠く始末でしょう」
「そりゃあしゃあないわよね。真次郎はんがケチってたからね。元々お兄さんは反対だったからね」
「じゃあ叔母さんが乗り気だったんですか」
「でも相談したのは向こうだからね。あたしは受けただけ、でもチョコチョコして埒があかないからお兄さんのは辛気くさい。まあ我が子だから手心を加えても煮え切らないから、だから思い切ってやってみたらって、そそのかしたのはあたしだけど……」
だから真一さんは、お父さんに文句を言っても始まらないから仕方がないのよ、と響子が補填する。
これで響子さんもある程度は肩入れしていると読み取れた。
「それであの部屋はどう、居心地良さそう。まあ周りが落ち着いた環境の住宅街だからここよりよく眠れそうね」
「響子、ここも静かな所よ。なんせ由緒ある神社の直ぐ側で、歴史的景観の風致地区だからね」
と叔母は我が家の良さを誇張した。
「だから最近の家は断熱材を使ってエアコンの効きを良くして、環境に合うようにしてるけど、内の家は変えられないのよ。夏は良いとしても冬の寒さが堪えるけど、しゃあないわね」
「まあ自分で家賃を払うんだから、とやかくは言わないけど」
叔母さんにすれば別に住むところを探して、引っ越すなんてどうも想定外だった。それにしても物置に使っていた部屋を、片付けて宛がうのはどうだろうとも思う。
伯父の浩一さんは、甥に必要な経費は肩代わりしてやってもいいと決めていた。だから会社が払う給料は一円も家に入れなくて、そのまま使えと言ってあるのに、来て早々にアパートを見つけたのは意外だった。
食事も終わってご馳走さんと声を掛けて立ち上がりかけると、叔母さんが「もう少しゆっくりして行きなさい」と上げた腰を下ろされた。
「お父さんがもうすぐ帰って来て、少し話が有るから居なさいに」
と止められた。
「今更何の話だろう」
と一緒に食卓を片付けて居た響子さんに聞いてみる。
「あたしは何も聞いて無いよ。お母さん今さら改まって真一さんに言うことはないでしょう。第一引き受けたのはお母さんで、お父さんは何も言うことはないと思うけど、ねえお母さん」
「まあそうだけど。だから多分内の会社から何を身に着けるか、単に都会暮らしへの憧れだけではしゃあないからでしょう。だから覚悟を聞き出したいんじゃないの?」
「そんな事を今聞いてもまだ分からんでしょう」
響子が代弁した。
「仕事の憶え方と謂うより、加納さんが気が付いたことをお父さんが聞いて、真一さんの心構えを聞きたいらしいの」
そこへ「いやあ待たしたね」と伯父の浩一さんが帰ってきた。
伯父さんは片付けられた食卓に着くなり、一方的に心境を語った。
「今回は真次郎さんからと云うより、家内の要望が強くて君を内で面倒見る事になった。その事に付いては何の心配も要らない。なんせ先祖からの土地を守って貰っている。これぐらいのことはお返ししなくっちゃと思っているから心配ない。それよりもう半月に成るからそろそろウチの会社にも慣れた頃だろう。そこでどうだ、続けられそうか。加納さんは筋が良いって言ってるが……」
真一はこの半月ほど加納さんから手ほどきを受けて、ネジを作る機械と格闘している。
高野に在る伯父さんの会社は、吹き抜けのように天井が高くて、様々な特殊機械が所狭しと立ち並んでいた。だが従業員は五人ほどで、一人でいくつかの機械を扱っていた。彼らはパソコンから得られたデーターを機械と連動するパソコンに入力していた。
真一は地元では、旋盤やフライス盤に取り付けた金属材料に、ハンドルを操作して切れ刃が取り付けられた台を動かして、加工する工作機械を扱っていた。が此処では全ての機械が自動化されて、親父が言ったように勝手が違った。
ーー内の会社では勘と経験に頼る非能率的な事はやってない。直接機械にデーターを入力して、主に新製品の開発に携わっている。だけど若いときは真一君のように、手動の機械に触れて製品を加工できなけゃあ、データーは揃えられないからね。だから真一君の今までやって来たことは無駄じゃあない。いや必要不可欠でもあったが、今のウチの会社はその先を見据えてやっている。
「だから若い者には遣り甲斐があると思うから頑張るように」
と謂われて伯父さんの話は終わった。一緒に居た響子さんは、そのまま残って話していたが、調子抜けしたようにダイニングを出た。
すっかり暗くなった夜道を歩いた。風致地区なのかクリスマスのイルミネーションは此処には何もなかった。自宅に帰って部屋のドアを開けると、手紙が狭い
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