第7話 展示会場2

 翌日は展示会場である勧業会館みやこメッセで、朝九時から夕方六時まで展示した。各社が選りすぐりの商品なのに客足もそうだが、受注に至っては惨憺さんたんたるものだった。しかし従業員は、まるで身内の同窓会のように展示説明する社員が、各社入り交じって駄弁っていた。

 加納は社長から「受注に当たっては刈谷君の傍で、製品の説明をして顧客と同じように扱え」と言われていたがこれではお手上げだ。

 説明しょうにもウチの製品に、来場者が関心を持ってくれない。この手持ち無沙汰を刈谷さんはどう見てるか。社長から仕込んで欲しい、と言われた加納は気が気でない。そこは響子さんが巧くホローしてくれている。

「真一さん、やっぱり年末にやったのが間違いかしら」

「誰が決めたの」

「商工会議所のお偉いさんたち」

 年末になると向かいのコンサートホールが賑わうけれど、こっちの勧業会館は借り手が減ってくるから、それで開催を決めたらしい。そんなことを言いながらも響子さんは、一向に気にする様子がない。これじゃあ伸るか反るかどころか、そう謂うチャンスさえ一向にやって来そうもない。

 これには言い出した刈谷も、引っ込みが付かないか、と思いきやそうでもなかった。彼は昼間の休憩を兼ねて、加納さんの了解を得て他店を見に出た。早速に掛川渚さんの展示場所へ来たが、やはり向こうも暇だ。渚さんも目ざとく刈谷を見つけて、社長と一問ちゃん起こしながらもこちらに来てくれた。

「今日は見て回っても無駄でしょう」

 と彼女は会館の外へ連れ出そうとした。

「ちょっと休憩時間を貰ったから、昨日あたしが言ってた小綺麗なマンションを見に行かない」

 エッと刈谷は彼女の誘いに心が揺れた。昼の休憩時間だが如何する、と躊躇する間もなく渚さんに引っ張り出された。

 彼女は歩きながら直ぐに携帯電話で連絡を取った。表の車道前で立ち止まると、しばらくして車がやって来た。彼女はまるでタクシーを止めるみたいに、その車に手を振ると目の前に止まった。

 彼女は勝手にドアを開けて、後部座席に乗り込んだ。刈谷は直ぐに手招きされて、半ば強引に隣のシートに引きずり込まれる。

「何処へ行くんですか?」

「マンションを見に行くのよ。いつまでも居候じゃ嫌でしょう」

「まだ二日目なんだけど、それにマンションはどうも……」

 と躊躇すると、若者向けの単身者用のワンルームマンションだからお家賃もそう高くない、そうでしょう、と今度は運転手に声を掛ける。

「この人は不動産屋さん(と言うと運転手は前を見たまま軽く会釈した)で賃貸物件を扱ってる人であたしの時にもお世話になってるのよ、丁度良い部屋が空いたからわざわざ連絡してくれて、これから見に行くのよ」

 と刈谷の言葉をそっちのけにして、一方的に喋りまくられる。

 どうやら彼女の住んでる二階建ての集合住宅の一階に空きが出来た。それで展示会の最中にも拘わらず催促される。

「とても静かで環境の良いところよ、ね山崎さん」

 まだ二十代の山崎はテキパキとして感じが良かった。

「ええ、あれは良い物件ですから出せば直ぐに入居者が決まるところを掛川さんに頼まれて押さえています」

 どうやら渚さんは、今の住まいが気に入って、空いたら連絡頂戴友達に紹介する、と頼んでいた。

「それでさっき電話したのよ。ちょうど二日前に空いたのよ。ラッキーと思わない」

「まさか男友達とは思いませんでしたよ」

 山崎はちょっとばつの悪そうに頭を掻いた。

 場所は植物園裏側の北山通りから、二筋目を北へ上がった所だ。周りは良く区画整理されて、通りの見通しも良く、真っ直ぐな道の先に比叡山が見えて、静かな住宅街に溶け込むように、そのワンルームマンションは木立の中に建っていた。四部屋ずつの二階建てで八室あり、その一階の角部屋だ。

「あたしこの上だからね」

 と渚は感情を込めずに淡々と言った。それを聞かされた刈谷はドキッとした。山崎はこの二人の変化に、おやっと不思議そうに眺めた。

 入り口を上がると、直ぐにバス、トイレ、キッチンがあり、その奥に八畳ほどの洋室になっていた。みんな同じ間取りです、と早速不動産屋が中を案内して見せてくれた。部屋には折りたたみ式のベッドあった。どうやら前の人が置いていった物らしい。

 裏の窓側は公園になっていて、ちょうど葉を落としたウラタナスの広葉樹が、二階まで伸びている。エアコンまで設置されていたが、夏よりも冬の方に活躍します、と山崎はここの夏の涼しさを強調する。

「その代わり冬は寒いけど、上賀茂神社前の家よりは機密性があって遙かにましよ」

「上賀茂神社前ですか、良いところに住んでおられるんです。あの辺りは古い家が多いですからねとてもリフォームしないと冬は大変でしょう、住み慣れた人は別ですが初めての方はこの冬は堪えますよ」

 とここより更に山手になると、市内より雪の心配が増えて、足下や着る物にも気を遣う、と生活環境を強調した。

所謂いわゆる、比叡おろしと言うやつですよ、これがこの辺りの底冷えを助長してます」

 この街を見下ろす東側で一番高い山が比叡山、そこから一気に冷気を吹き下ろしてくる。なるほどここから比叡山まで遮る山は無かった。表へ出た刈谷は、今一度、比叡山を眺めて首をすくめた。

「さあ時間がないから急がなくっちゃ」

 と渚は刈谷を車へ急き立てた。

 渚は休憩時間を抜けてきたから、と急かして不動産屋さんに戻ると、早速契約して引き上げた。そのまま展示会場まで送ってもらった。

 刈谷は、あまりにもスムーズに契約が済んで、首を傾げながら会場に入った。 

「なんか入居の書類が簡単に済んだけど、あれってどうなってんの」

「もう入居は決まってて、あたしが山崎さんに頼んで書類を用意して、後はサインするだけにしてもらったの」

 エッ、この手際よく用意周到さには驚いた。その訳を訊く間もなく、展示場所の違いで、彼女とは入って直ぐに、じゃあねと忙しなく別れる。刈谷も急いで戻った。

 案の定、響子に「何処まで食事に行ったのッ」ときつく言われて、訳を言いそびれてしまう。そばで加納さんが、そんなにガミガミ言わんでもよろしいでしょう、と助け船を出してくれた。それで響子は矛を収めた。しかしその日は終始愛想が悪かった。最悪は腹の虫に鳴かれて「あんた昼休みに何処へ行ってたの」と訊かれる始末で返事に困惑する。これには伸也君が、一緒に食事した、とこれまた助け船を加納さんに続いて出してもらった。

 伸也君は暇に囲って、真辺の展示場所にあれから数回も訪ねていた。そこで渚さんから口裏を合わされたらしい。

 三日目の展示会は午後の三時に終わり、その後、六時から都ホテルで慰労会を催される。搬入に比べて搬出は総出で行われて早めに片付いた。

 ホテルは近くて五百メートルしか離れてない。歩くにはちょうど良いが、後片付けの終わった身には堪える距離だ。タクシーで行きたいが、運転手には一番煙たがられる距離でもある。それでも銘々、徒歩とタクシーで三々五々、ホテルのパーティー会場へ集まった。どう言う訳か律子姉さんは、最終日に旦那さんと一緒にやって来た。社長の浩一さんが手伝いに呼んだが、実体はその顔見せに呼んだらしい。旦那さんは営業肌の実直な性格で、常に低姿勢で刈谷は持ち上げられた。揃った処でみんなはそのまま打ち上げに参加した。

 

 

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