第5話 展示会

 上賀茂神社近くの伯父さんの家に戻った頃には夜になっていた。急遽きゅうきょ、物置のように使っていた四畳半の部屋を、三人で手分けして片付けたが、寝る場所を作っただけだ。暖房がないから布団にくるまって、こっちへ来てから最初の朝を迎える。

 郷里に居た叔母さんとは、朝の朝食には普通に挨拶した。でも叔母さんの作った料理は初めて食べた。確かに昨日、伯父さんが言ったように、味噌汁は実家より格別に美味かった。叔母さんが真一のことで色々と動いているが、話す切っ掛けはまだ掴めてない。

 この時には伯父さんは、打ち合わせでもう会場に行っている。苅野谷家の顔ぶれで変わったのは、一番上の律子さんが嫁いで家に居ないだけだ。披露宴には両親は出席したが、真一は行ってない。それで律子さんの旦那さんは知らないが、会社の得意先の人だ。ひょっとすれば、今日の会場に顔を見せるかも知れない。

 食事を終えると伸也君と響子さんの三人で、バスの最後部に座って会場へ向かった。催し物は金、土、日の三日間行われる。今日は少ないかも知れないが、明日の昼からは混雑するだろう、と響子は言っていた。でも企業相手の商品だから土日の休みより、営業日の金曜日じゃないかなあと刈谷は思った。

「大体どんな会社が出展するんだ」

「色々よ、医療メーカーもあれば、内のようにベアリングとかクランク軸の軸受けとか、他にはエレクトロニクスから温泉や資源開発の掘削機器、衛星からの位置情報サービスを伝えるもの、別に商品でなくても他の業界に対する企画立案などのサービス事業もやってるんよ、要するにテクノロジーなら何でもありなの」

「なるほど、じゃあ伸也君はそうなればどうするだ」

「今までは勘に頼っていたものがエレクトロニクスを組み合わせた機械に置き換わるんだ。畑を耕すのも作物の植え込みも、衛星からのGPS信号を受けて無人のトラクターが寸分狂わず植え付けて、収穫も出来るからね」

「それって農業じゃあないじゃん」

「だから美味しい物を作り育てるのが我々の仕事になるから所謂いわゆる、品種改良って言うやつだよ」

「それって、大学で習ったのか」

「だから農学部のイメージも昔の泥臭さなんてないさ。姉さんが言ったバイオテクノロジーってやつだよ」

「そうか農業もテクノロジーになるか、それで九頭竜川の肥沃な大地が要るのか」

「そうでもないですよ。バイオテクノロジーって言うやつは。例えば生育に適した波長の光線を浴びれば、ビルに囲まれた谷間の工場でも野菜は出来るし第一、虫も付かないから完全な無農薬に等しくて、洗わなくても摘み取れば直ぐ食べられる」

「なんだそれは」

「それをやってるベンチャー企業を伸也は知ってるのよ、今度の展示会でもそれのミニチュア版を出展するらしいの、そうでしょう、伸也」

「もしそうなら面白そうで、都会も捨てたもんじゃないなあ」

「でも土地が高い、九頭竜川の近郊なら広い工場が建てられて大量生産が出来るからね」

「でもよく考えてみれば、虫も食べないものをあたしたちが食べられると思うの」

「だから姉さんは考えが古すぎるんだ」

「そうじゃない、自然に即した昔ながらのやり方にも一理があると響子さんは言いたいんだ」

「でも時代は変わっていくよ」

「そう言う伸也も、画期的すぎて頭では寄り添っても、身体からだは反対側にそっぽを向いてるくせに、それで真一さんの関心を惹こうとして、そこまでしてこの町を出たい心境が解らないわよ」

「今は学業に専念して実体験はこれからだろう、それと別に真一さんを巻き添えにするつもりはないよ」

 と伸也は言うが、彼にはまだ先は見通せてない。

 先端技術が幾ら発達しても気持ちの持ち方は変えようがない。そう謂う思考の片鱗を昔から響子は持っていたが、久しぶりに会った真一は、今もそれを感じ取れる。

 バスは勧業会館みやこメッセ前に着いた。でも大半はそのまま乗って、四条河原町へウィンドショッピングに出掛ける連中だ。そんな時間に遊ばれる薄知識な連中を尻目に三人は降りる。

 そこには徹夜組も含めてほとんどの出展企業が、昼からのオープンに向けてスタンバイしている。

 三人は昨日に設定した苅野谷ネジ工場の展示場所へ行った。すでに父と加納さんが打ち合わせをしている。先ず伯父さんの苅野谷浩一さんから加納さんを紹介された。

 加納は初見の刈谷には、気さくなほど、親しみを込めて接してくれた。それでも打ち合わせが始まると、よそよそしくなって来たのは、この人は仕事人間だと思い知らされた。 

「受付が始まると中々ほかの業者とは往来もままならぬほど忙しくなるかもしれないから、一通りの出展企業を今のうちに見学すればよい」

 と加納さんに言われた。じゃあ三人で一巡りしてこい、と社長にも言われて見て回ることにした。

 響子の顔が利くところと、伸也の顔の利くところと、二通りあって互いに知ったエリアでは、それぞれ目一杯にアピールしている。ベンチャー企業の中でも、バイオテクノロジーの一環を担う展示場へやってくると、俄然と伸也が張り切ってる。

「ここは今年に出来たばかりで、真辺まなべさんがやってるホヤホヤの会社なんだ」

 なるほど、遠目に見ると熱帯魚でも飼っているような入れ物が目についた。近寄って見ると、バスの中で伸也君が話していた屋内型の野菜製造業のミニチュア版だ。それぞれのガラスばりには種類の違う野菜が植えられている。ガラスケースの中には土はなく水耕栽培でスポンジのような物に植え付けてあった。ガラスケースの上には発光ダイオードが取り付けられて、淡いカクテル光線が野菜に降り注いでいた。

「おう、苅野谷、お前とこも参加するんか」

 とやって来た男に刈谷真一は見覚えがあった。向こうも伸也の肩越しにこっちを見た。此の二人が交わした目線を響子は鋭く捉えてる。

 一昨日の大阪行きの急行に乗り合わせた乗客だ。向こうも気付いたが、伸也にはお客さんかと控えめに訊いて来る。

「いや親戚筋で親同士が兄弟なんだ」

 そう言って伸也は刈谷真一を真辺に紹介する。

「回りくどい言い方だなあ、お前の従兄弟いとこなんだろ」

「真辺さんは刈谷さんを何処かで見掛けたんですか」

 見知っていながら直接に言葉を交わさない二人に、響子が焦れったいと間に入った。

 これには真辺は驚きを隠せなかった。

「響子さんは根拠のない可怪おかしな事を言われるんですな」

「あらそうかしら」

 と響子の目は更に冷たく、軽蔑さえ浮かべている。

「その目が渚に似ている」

 と溜まらず真辺が発した。

「そう云えば掛川渚かけがわなぎささんはまだなの、内と同様にお宅も少ない従業員でやり繰りしてるんでしょう」

「掛川渚さんて誰?」

 ひょっとしてあのとき一緒だった女か、と刈谷は突然に訊ねた。

「そうよ。彼のお気に入りの社員だけどその辺はどうなのかしら」

 と響子は皮肉たっぷりに真辺に問い質した。

「姉さん個人情報には立ち入らないのがここの鉄則だよ」

「プライベートな話は第三者には伝えたくないッ」

 真辺はそこで話を打ち切った。これに響子は頭に来て、伸也を残して刈谷を会場の外へ連れ出した。

 二人は冬の陽射しに包まれた会館前を岡崎公園に向かって歩き出す。

「そうか真一さんは福井からの列車の中で掛川さんに出会ったのか……」

 となぜか響子さんは気乗りなさそうな表情を浮かべた。

「なんか気持ちの温かい人だった」

「どうしてッ、汽車で会っただけで解るのッ」

「言葉が暖かかった」

 これに響子は烈しく反応した。

「あの人は言葉の語尾を冷たく下げず相手を持ち上げるように少し柔らかくトーンを上げる。でもそれはくせ者よ、なんせ気に入らないとなれば頭ごなしに切り捨てるような喋り方をして徹頭徹尾冷ややかな微笑を浮かべる人だから」

 その時にバス停から降りた人々が歩いて来た。その中に掛川渚らしき人を見た。

「響子さんあの人ひょっとして……」

 刈谷が言い切る前から、そうよと言う響子に、呼応するように彼女が頬を緩めて、こっちを見ているのが解った。事務方か接客なのか、スーツにコートを羽織っている。その笑顔は刈谷に向けられていると思ったが、彼女は響子さんにまず言葉を掛けた。

「あら響子さんところの会社もここに出展するの?」

 そうよ、と響子が言えば、渚は透かさず、隣の刈谷真一に「一度お会いしましたわね」とそして同僚かと訊ねた。

「いとこの刈谷真一さんなのよ」

 と言って刈谷に掛川渚を紹介する。彼女は小首を斜めに傾げて、よろしくと応えた。

 

 

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