第15話 罠

「柊木さん、さっそく練習に付き合ってよ」


 木下さんが私に声をかけてくる。


「え、うん。分かった。


 朱音ちゃん、美月ちゃん、そういうことなんで、また明日ね」


 話をしていた朱音ちゃん達にそう挨拶して席を立つ。


「ブレバトだったら、私達も一緒に」


「私達はスポーツ大会用に開放された旧校舎の追加ダイブルームに行くから、行き先が違うね」


 一緒に行こうと言う朱音ちゃんの言葉を遮って木下さんと一緒にいた子が言う。


 えっと、たしか一緒にクラス代表でブレバトに出る有坂さん、だったかな? 明るい茶色に髪を染めて、制服をお洒落に少し着崩して着ている子だ。


「てことだから、行こう。柊木さん」


 木下さんが私の手を取る。


「うん。それじゃ、朱音ちゃん美月ちゃんまたね」


 そう残して私はスポーツ大会のブレバト代表の二人に引かれて移動した。


 移動したのは旧校舎に仮設された臨時ダイブルーム。


 今年に入ってeスポーツ関連の設備が一新されたらしいのだが、前まで使っていた機材を仕舞っていた部屋を整理して解放したみたいだ。


 旧設備っていっても故障したわけでないのでeスポーツ部が使っているダイブルームに比べても遜色ない。

 下校時間まで開放されているとだけあって、幾つかの機材は他のクラスの生徒が使っていた。


「おっ、丁度端が三つ空いてんじゃん。あそこ使おう」


 木下さんが空いていた場所を見つけて陣取る。


 私は移動するだけで息が切れてしまって、肩で息をしながら、必死に息を整える。


「ところで柊木さんはブレバトの設定って全て終わらせた?」


 唐突に木下さんに訊かれる。


「えっ、あ、えっと、昨日インストールしたばっかりなんで、まだスキルも決め切れてないんだ」


 急に訊かれたので、最初全然言葉が出てこなかった。


「詳細設定で設定を変更しないとゲーム最初はやり難いかもね」


 有坂さんの言葉。


 なんか木下さんが有坂さんに目配せしていた気がするけど、何だろ?


 それよりも、ブレバトの設定に詳細設定なんかあるのか。知らなかった。


「もしよかったら設定見てあげよっか?」


「え、うん」


「菫麗はこう見えたブレバト上位ランカーだからね。見てもらった方がいいかもよ」


「あ、だけど、詳細設定ってどうしたらいいか、分からない」


 無知すぎて、恥ずかしくなる。


「大丈夫。その辺も教えてあげるよ。とりあえずブレバトを起動してみて。私達も起動させるから」


「うん」


 私は言われた通りブレバトを起動する。


「そしたら、設定(ギャラリーモード)でキャラを表示した後、通常の設定画面の右上に歯車のアイコンあるでしょ、そこをタップすると詳細設定画面が出るよ」


 木下さんの言葉通り気づかなかったところにアイコンがあった。


「本当だ。詳細設定画面が表示された」


「うん。そしたら上から二つ目のとこにある「操作の共有」にチェック入れると私も設定画面が見てるようになるから、そしたら設定を見せてもらっているいいかな?」


 私は言われた通りチェックを入れて、スワイプして木下さんに見える位置に画面を移動させる。


「本当に初期状態だね、ちょっと弄るね?」


「うん」


 頷くと、木下さんは手早く詳細設定の項目を弄っていく。その操作が早すぎて何を変更したのか追いつけない。


「えっと、どの項目を変更してるの?」


 不安になって聞いてみる。


「あぁ、設定終わったらすぐ教えるよ」


 急にぞんざいな口調になったので不安に感じてると


「はい。設定終わり。じゃ、始めよっか」


 そう言うと、木下さんが詳細設定画面を閉じた。


「じゃ、カプセルに入ったらすぐダイブしてね」


 木下さんは私の手を引っ張ると、やや強引にダイブ用のカプセルに私を押し込めた。掴まれた腕がちょっと痛かった。


「私達もすぐダイブして、すぐ合流するから」


 そう言い残して、木下さん達もダイブ用のカプセルに入ったようだった。


 私は慌ただしく指示する木下さん達に目を回しながら、リクライニングシートに座り起動中のブレバト画面を操作して、設定モードを解除してフルダイブを行う。


 フルダイブ特有の浮遊間の後、意識が切り替わってゲーム内でSnowとして覚醒する。



「やっと来たか。柊木さんこっち」


 学校内のサーバ初期出現地であるカフェテラスを見回すと、すぐに二人のアバターと思われるキャラクターに呼ばれた。


 うっ、二人とももうダイブしてたのか。早いな……


 そう思いながら、木下さん達と思われるキャラクターに近づく。

 すると、ピロリンとシステム音が鳴った。


『ミレイ がフレンドとして登録されました』

『ふーみん がフレンドとして登録されました』


 続け様にシステムメッセージが表示される。


 えっ、と戸惑っていると、木下さんと思われるアバターが口を開く。


「あー、さっき設定を弄って、フレンド申請を自動承認するようにしといたから。

 私がミレイで、文乃が『ふーみん』ね」


 説明と、簡単な自己紹介。


 アバター名「ミレイ」――木下さんのアバターはアカネと同じく軽装備タイプ。有坂さんのアバター「ふーみん」は緑色のローブを羽織った魔法使いタイプの見た目であった。


「ここだと人が多いから、もっと静かに話せる場所に移動しようか。パーティーに招待するね」


 ミレイがメニューを操作するとすぐに『パーティーに参加しました』とメッセージが表示された。どうやら、パーティー参加も確認スキップする設定になっているみたいだ。


「あの……」


「移動するよ」


 私の言葉を遮って、ミレイはパーティー単位での場所移動を実行する。

 移動したのは建物の陰となっている私達以外誰もいないエリア。


「ミレイちゃん。ちょっと聞きたいことがーー」


「話はバトルフィールドで聞くよ。

 早速、バトろうか」


 ミレイはニヤリと笑うと、素早くメニューを操作する。

 すると、すぐさまにシステムメッセージが表示される。


『バトル申請が受理されました。


 バトル条件に従い、希望の戦闘場所バトルフィールドへ転移します……』


 それと同時に、視界が切り替わる。


「えっ、えっ?」


 目まぐるしく変わる状況を把握できずに、狼狽しながら辺りを見回す。

 辺りは崩れた建物が広がる廃墟となっていた。


 状況が分からなく、混乱する私にさらにシステムメッセージ響く。


『転移完了。

 バトルを開始します。

 1vs2 Handicap Battle Ready……』


 そして始まるカウントダウン。


 えっ、えっ、何が起きてるの?


「あの、これって……」


 バトルに突入したため見た目がマスコットモードからノーマルモードに変わった木下さんレミイに言葉を投げかける。

 ノーマルモードのミレイは軽装備なのに手にしているのは大きな槌矛メイスであった。それを振り被っている。


 Fight!!


 するとシステムメッセージのカウントダウンが終わり、バトルが開始されてしまった。


 と、同時にミレイが私に迫る。


「えっ」


 突然のことで対処できない。


 ミレイが振りぬいた槌矛メイスが腹部に直撃し私は吹き飛ばされる。


 痛い、痛いっ!


「かはっ、うううっ……」


 腹部に走る激痛に呻きながら地面に転がる。衝撃に息が、できない……


「はーはははは!


 どう? 痛いでしょ。ちゃーんと設定で痛覚を最大MAXにしておいたから」


「な、なんで」


 相手が構える前に攻撃するなんて……


 地面に伏せた状態のまま顔を上げると、酷薄な笑みを浮かべたミレイの顔が目に入ってくる。


 え、これが木下さんミレイ


 目を疑う。


 さっきまで親切にしてくれていた木下さんの表情からは想像がつかないような暴虐的なものであった。


「はっ、まだ自分の立場に気づいてないの? おめでたい脳みそしてんな」


 魔法使い風の恰好の有坂さんふーみんがミレイの横に歩み出て告げる。


 私の、立場……?


「アンタ、調子乗りすぎなんだよ」


 地に伏せ見上げていた私の顔にミレイのつま先が突き刺さる。


 鼻の骨が折れたような強烈な激痛に私は悲鳴を上げて地面を転がる。


「ははははは。痛いか、痛いよな。

 ちょっと勉強ができるからって、調子乗ってるからこういう目にあうんだよ、バーカ」


 激痛にのたうつ私の耳にミレイの冷酷な言葉が届く。


 そんな、そんな……


「そんなつもりじゃ、私は」


「うるせーんだよ」


 次いでふーみんの声とともに腹部に痛みが走る。どうやら鳩尾辺りに蹴りが入れられたようだ、内臓がつぶれるような感覚と、胃液が逆流するような感覚に「がはっ、うえっ、けほっげほ」とえづく。


 痛いっ


 地面に転がっていた私の髪をつかんで持ち上げられた。


 痛みに閉じていた瞼を開くと、滲んだ視界にミレイの顔が映る。


「アンタの気持ちなんか、どーでもいいんだよ。

 あたしがムカついたから、あんたを罠にかけた。

 今日からあんたは私たちのサンドバックだから。もちろん拒否権はなーし♡」


 髪を引っ張り持ち上げた私の顔に、顔を近づけてミレイが言い放つ。


「あーあ、かわいそう。

 Snowちゃん、無暗に設定画面を他人に預けちゃだめだよー

 ミレイちゃん、うっかり手が滑っちゃって痛覚最大、ダメージ判定最小、戦闘自動承認にしちゃって、さらに手が滑って設定画面にパスワード掛けちゃったからSnowちゃんじゃ設定戻せなくなったゃったかもー」


 ふーみんが棒読みで状況を説明する。


 そ、そんな……


「なん、で、こんな、こと」


 私の口から言葉が漏れる。


「はぁ~、うっせーよ。ムカついたから、に決まってんじゃん。それ以上に理由いる?」


 ミレイが呆れたような声で答える。


「ふーみん、ちょっとこいつ抑えといて」


 すごい力で髪を引っ張られ横に投げ飛ばされる。


 たたらをふんだ私をふーみんが背後から羽交い絞めにする。


「はーい、じゃあ、Snowの体力が尽きるまで顔面パンチングマシーンの刑でーす。


 スキル発動【武具錬成】――ナックルダスター」


 ミレイの両拳に棘付きのナックルダスターが生成される。


「や、やだ」


「はーい、拒否権はないでーす。

 ふふふ、大丈夫、すっごく痛いだけだから」


 背後からふーみんの声。


「ヴァーチャル世界って便利だよね。どんなに相手を痛めつけても現実世界には影響がないからね。

 それにゲームではダメージ換算されるだけで、怪我もしなければ、外傷も生まれない。ただ単純にリアルな痛みを再現するだけ。それってよく考えたら、ただ痛みを与えるだけの拷問だよね。このシステム考えたやつってマジで天才だあたまおかしいって思うわ」


「ほんとに。

 現実世界だとさ、どんなにムカついた奴がいても、なんもできなくなっちゃったからね。端末着用の義務化で何かやるにしてもすぐに追跡されちゃうし、物についてもICタグが埋め込まれているから悪戯するにしても隠すにしても全部バレちゃうからね。

 その点、ヴァーチャル世界だったらやり放題。しかも格闘ゲームだから相手をどんなに痛めつけても言い訳が立つってほんと最高じゃない?」


 ミレイとふーみんがぎゃははと笑いながら話している。私はというと必死に羽交い絞めを振りほどいて逃げようとするけど、全然振りほどけない。


「あー、無理無理。

 あんたの貧弱な力じゃ抜け出せないよ。そのままでも無理な上に、ふーみんは【筋力増強】のスキルを持ってるから、もし相手が格闘家だろうがスキルの使用なしじゃ振りほどくのは無理だよ」


 必死に抵抗する私に酷薄な視線を向けてミレイが告げる。


「さーて、刑罰執行おしおきの時間だよー

 顔面ってさ、鼻とか眼球とか急所が多いんだよねー

 どこが一番痛いか、あんたの悲鳴の度合いで判定してあげるよ。さーあ、いい声で鳴きなよ」


 棘のついた拳を見せつけるようにクルグルと動かして、恐怖をあおる。


「なんで、なんで、木下さんも有坂さんもそんなことする人じゃないはずだよ。やめて、やめてよ」


 私の瞳からボロボロと涙がこぼれる。


 師匠との修行で痛みには慣れている。ても、これは違うと思う。こんなのダメだよ。


「はっ! そんなことする人じゃない?

 バカも休み休み言えよ。人間の本質なんて残酷なもんなんだからさ。その欲望に従えばこれくらいみーんなやるからさ。

 ちゃんとあんたのユーザID押さえてるんで、どんどん教えていこうと思ってる。そんなことする人はいない? そのお花畑の妄想が間違っていたってすぐに気づくことになるとおもうよ。

 さーあ、いくよー」


 ミレイが拳を振り被る。


 やだ。やだよ。なんで、なんで――


 首を振って、目を閉じた瞬間、ふとあることに気づく。


――人間の本質なんて残酷なもんなんだから――その欲望に従えば――


 どこかで聞いたことがあるセリフ。


 どこだったか。


 そうだ。アニメだ。


 今、流行っているって言っていた『紫電の刃』に出てくるあやかしの言葉だ。


 欲望に飲まれて妖に体を乗っ取られてしまった人間が村人を襲うシーン。


 その時に言っていたセリフと一緒だ。


 主人公が負傷し絶体絶命の危機。


 目の見えない主人公の双子の妹が殺されそうになったその時に、一緒に旅をしていた心優しく臆病だった友人が覚醒して危機を脱したあの話に私は感動したのだった。


 あれ、もしかしてこれってあの話を再現しているのかな。


 そう思った瞬間、いままで心を覆っていた恐怖が消えていった。


 そういえば朱音ちゃんが「ゲーム内では特定のキャラを演じるロールプレイをする人もいる」って言ってた。

 私はあまり『紫電の刃』を知らないからどの役かは分からないけど、もし木下さんたちが悪役を演じているとしたら、もしかして私に主人公側のキャラを演じさせようとしているのなら、そう思うと本当に怖がっていた私が恥ずかしく思えてきた。


 目の前で拳を繰り出すミレイ。


 その拳もやたらと遅いような気がしてきた。師匠の拳に比べたらあくびが出るような遅さだ。


 急に戦闘が始まったからスキルを使うのを忘れていて現実の私の感覚で相手を見ていた。なので、すごい攻撃に思えたけど、よく考えたらそこまでの攻撃ではなかった気がする。


 そうか、もし二人が私に主人公側のキャラクターを演じさせてくれようとしていたのならば、応えなくちゃならないよね。


 そう思ったら、行動は早かった。


 唯一登録しているスキルを発動する。


「スキル発動【超過駆動オーバードライブ】」


 全身に力が漲る。と、同時に目の前のミレイに対しカウンターで蹴りを浴びせかけたるのだった。

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