第14話 木下 菫麗

 なんなのアイツ、気に食わない。


 最初にそう思ったのはその気に食わない人物が編入してきたその日からだった。


 柊木 真雪


 そう自己紹介した生徒は線が細くか弱い印象の生徒だった。


 気弱そうで、辿々しい口調からコミュニケーション能力も低そうで、私とは性格合わなそうだな、というのが第一印象だった。


 まぁ関わることもないだろうな、と私はいつも通り授業を受けることにした。


 どうやら柊木さんはクラスの盛り上げ役である榎崎さんのグループに入ったようだ。

 話を聞くに登校時に出会っていたみたいで、それが縁で仲間に入れたようだ。


 まぁ、良かったんじゃない


 それくらいの印象だった。その時は――




「この問題、解いたみたいやついるかー?」


 いつも通りの授業。教科は数学。

 先生が例題を書き出し、生徒に回答させるいつもの流れ。日付の出席番号の生徒から順に当てられるので、私は先読みして自分が当てられるであろう問題を解き始める。



「はい」



 教室に予想外の声が上がる。



 えっ?



 他の生徒も多分同じ感想を持ったのだろう、意表を突かれた表情で声のした方向に振り返る。


 そこには真っ直ぐ手を上げる転入生の姿があった。


「えっと、転入生の柊木か。

 よし、解いてみろ」


 先生が電子黒板を柊木さんの端末と同期させると、柊木さんが辿々しく解法を言いながら数式を記載していく。


「なので、答えはx=5になると、思うます」


 解き終えて、柊木さんが顔を上げる。


「うむ、正解だ。

 先程教えた公式だけじゃなく、過去に教えた公式も使って回答を導き出していて、ちゃんと復習もしているのが分かる完璧な回答だ」


 先生の言葉に、転入生が「あ、ありがとうございます」と嬉しそうに言葉を返した。


「今日教えた公式だけで解こうとすると、ここをこう計算すると解くことができるぞ」


 そうして別の解き方を説明した後、もう一度、転入生を誉める。


「まさかE組で自ら手を上げる生徒がいるなんてな。

 他も柊木を見習えよー」


 何気ない先生の一言。だがその言葉がジワジワと私の心に言い知れない痼りを生み出したのだと思う。


 その後、事前に解いていた問題とは違う問題を当てられ答えられずに終わってしまった。


 耐え難いわけではない、小さな屈辱。


 中学までは常にクラス上位の成績を収めていた。

 しかし、高校に入ると皆同じスタートラインに立つ。

 それはそうであろう。義務教育で雑多な学力の生徒が集まっていた中学までとは違い、自らの意思で選び同じ学力の生徒が集まる高校。

 進学する高校によってランク付けされる学歴社会のため、高望みして必死に受験勉強してやっと入れるレベルの学校を選んだ結果、最低成績のクラスに配置された。

 それでも指される問題を先読みして解いておくことで、やっと着いていっていっていた授業。

 それを一人の不和によって崩されたのだ。


 くそっ、余計なことしやがって!


 その後の授業でも、転入生は積極的に手を挙げ発言、回答を行う。


 教師には一目置かれ、生徒からは羨望と嫉妬の眼差しが注がれた。


 かと言う私からすれば、転入生は不快でしかなかった。


 あぁ、ムカつく!


 心の中に生まれた小さな不快感がどんどん大きくなっていった。




「柊木さんのお弁当すごいね!」


 昼休み。購買部で惣菜パンを買って教室に戻ると人が集まっていた。


 その中心にいたのが転入生の柊木。


 集まっている人の会話を聞くに、どうやら見栄えするお弁当を持ってきていて、それの写真を皆撮っているみたいだった。


「なんか、転入生の柊木が、キャラ弁を持ってきたみたいで盛り上がってるみたい」


 いつも昼食を共に摂る有坂ありさか 文乃ふみのの席まで行くと、文乃が状況を説明する。


 くそ、またあの転入生か。


 私は「ふーん」と答えると、自分の席から持ってきた椅子にドカンと座る。

 その音に文乃が怪訝そうな顔をする。


「菫麗、なんかあった?」


 文乃が聞いてくる。


 自分でも今の態度は悪かったと思うが、虫の居場所が悪いので「別に」とだけ、素っ気なく答えた。


「ってか、柊木さんって、すご――」


「ムカつくよね!」


 まさに転入生の事で虫の居場所が悪かったので、文乃に被せて今の気持ちが言葉として口からでる。


 文乃は「えっ」と一瞬驚いたが、すぐに「そ、そうだね」と同意してくれた。


 その後は私の心中から溢れ出す愚痴が続いた。


 こうして心の中に不満を溜め込んでその日は下校した。



 家に帰ると部屋の隅に鞄を放り投げて、ベッドに倒れ込む。


「あー、ムシャクシャする!」


 そう言葉を吐き出して、耳掛け型の端末を起動させる。


 ムシャクシャした時はゲームして現実逃避するに限る。


 仮想画面を操作して『Brave Battle Online』を起動する。


 フルダイブ型の格闘ゲーム。


 こう見えて私は発売当初からやっている古参プレイヤーだ。

 全国ランキングでもそこそこ上位で、フリー対戦でも結構勝てるくらいの腕前だ。


 私はゲームにログインすると、早速、対戦相手一覧を検索。やや、戦績とランクをチェックして格下の相手に対戦申し込みを送る。


 むしゃくしゃしている時は、格下をボコるに限る。


 拒否、拒否、拒否……


 さすがにOKしてくる格下はいないか、と思っていたら、数回目にマッチアップが成立した。


「こいつ馬鹿だな……」


 小さくそう漏らしつつ、バトルフィールドへ転移する。



 フィールドを相手に選ばせたのでどこになるかと思ったが、地形効果の特に無い『草原』


 目の前に現れたのは片手剣にスモールシールドを装備したオーソドックスな剣士。


 こいつ初心者だな。


 みた感じでそう感じる。

 構えがなってないし、目も泳いでいる。


 対する私は両手で持つ槌矛メイスを装備した戦士だ。


 腰を落として武器を構える。


 3…2…1


 Fight!!


 試合が始まる。


 得物のリーチの差があるためか、相手は間合いを気にして動かない。


 ふん、シロートがっ!


 私は槌矛メイスを構えると、スキルを発動させる。


 スキル【投擲】!!


 職業補正の【武器重量軽減】で軽々振りかぶった槌矛メイスをそのままの勢いで投げ飛ばした。


「なっ!!」


 予想すらしていなかったのか、相手の剣士は慌てて盾で防御するが、飛来した大槌の重量をまともに受けて弾き飛ばされる。


 その間にも私は相手に向かって駆け出して距離を詰めている。


「スキル発動【武器錬成】!」


 走りながらスキルを発動し右手にスパイクの付いたナックルダスターを作り上げる。


「なっ、大槌は見せかけで、本命の武器は近接!?」


 予想外のことに相手が驚愕している。体制を崩したまま、だけど武器を握りなおしている。


「甘いよ! スキル発動【飛燕脚】!!」


 私の拳に視線がいったその意表をついてスキルを利用した飛び蹴りを相手の胸元に叩き込む。


「こはっ!!」


 剣士はまともに蹴りを受けて吹き飛ぶ。


 攻撃がクリーンヒットしたため、相手の体力が一割減る。


「オラオラァ!!」


 さらに追撃で、今度こそ右手に装備したナックルダスターの連打を叩き込む。


 更に体力が削られ、相手は防戦一方になる。


 ここまで来たらもう押し切るだけだ。


 何度か反撃でダメージを負ったが、そのまま近接で体力を削り、最後は投擲した大槌を拾い上げて、ダウンした相手を叩き潰して試合は終了した。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で息をしながら、頭上に表示されたWinnerの文字を見上げる。


「はっ、ははは、あースッキリした!!!」


 笑い声が溢れ出す。


 その笑い声と共に胸の内に溜まった嫌な痼が吐き出されるかのようだった。



「なんだ、機嫌良いじゃん」


 そんな私に話しかける声があった。


 振り返るとマスコットモードのキャラが二人近づいてくる。

 不可視化状態で対戦を観戦していたみたいだ。どちらも見覚えあるキャラクターである。


「あこっち。久々~」


 そのキャラに手をあげて言葉を返す。


 そこに居たのは中学まで一緒だった下田しもだ 亜子あこ、ゲーム内では『あこっち』だった。


 その隣には文乃のアバターである『ふーみん』もいる。


 私と文乃、そして亜子は中学時代によく連んで遊んでいた仲良しメンバーである。

 亜子だけ高校が別になってしまったのでなんだか久々に会った気がする。


「なんか、学校での様子が変だったから見に来たけど、大丈夫そうだね」


 ふーみんがほっと息を吐くような仕草をする。


「初心者ボコれてスッキリしたけど、また明日あいつに会うのかって思うとまたイライラがぶり返してきた」


 外見をマスコットモードに切り替えて溜息をこぼす。


「どうしたん、有名校に進学した上級国民にも憂いがあるんすか?」


 茶化すようにあこっちが聞いてくる。


「もう、授業についてくのにいっぱいいっぱいっすよ~、授業中寝てても大丈夫な下級国民には分からない悩みかなぁ~」


「ひでー、私が高校に上がってからもずっと授業中寝てるみたいじゃんよー、まぁ、そうなんだけどね」


 あこっちは「てへっ」と舌を出すアクションをして見せる。


「くっそ、うらやましー。あーイライラしてきた、あこっち、勝負だ!」


「断る!

 レミィに勝てる気しないもん」


 対戦依頼を出したが、秒で否認された。


 ちなみにレミィは私のキャラ名だ。菫麗すみれの下の二文字をもじった名前で気に入ってる。


「あーもームカつくー、またさっきみたいな初心者が引っかからないかなぁ~?」


「さすがになかなか引っかかんないよね。私も最近は負け越してる……」


 私の呟きにふーみんが言葉を重ねる。


「大変そうだねー」


 あこっちはどこ吹く風だ。


「あこっちはなんでそんなに余裕なん?」


 ふと訊いてみると、あこっちはニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「ふっふっふ、私は最近、良い感じの殴られ人形サンドバックを見つけたから、ストレスフリーなのですよ!」


 自慢するかのようにここ一ヶ月の戦績を見せるあこっち。

 そこには43戦43勝0敗の文字が踊っていた。


「はぁ?! 全勝、ってマジ?」


 驚いて変な声が出てしまった。


「何コレ、どいうこと?」


 ふーみんも同じ反応だ。



「仲良しのよしみで教えてあげる。実は――」


 こうして私は中学時代の友達からブレバトにおける殴られ人形サンドバックの作り方を教わるのであった。

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