第16話 虎の尾
アバター名「ふーみん」こと、有坂 文乃は目の前で起きたことが分からず混乱する。
目の前でミレイの顔が大きく上へ跳ね上がった。
そして、スキルの効果で強力に捕まえていた
何が起きたのかわからなかった。
気づいたらSnowは逆さまの状態で私の真上にいた、どうやらミレイの顎を蹴り上げ、その勢いのままに後方宙返りの要領で上空へ飛びあがったみたいである。
思いもよらない縦回転の動きに絡まっていた腕がほどけてしまった。
だが、Snowの行動はそれだけでは終わらなかった。逆さまに私の真上に跳び上がったSnowは、振り払われた際に上方に跳ね上がった私の右腕を取り、空中で絡みついたのだ。
ギシリ……
肘関節が軋む。
腕が強制的に伸ばされ、さらに両足が私の首を締め付ける。
「なっ、痛…… ……」
苦悶の声を出すが、Snowの足にて首を締め上げられ、その声が喉元で詰まる。
何が起きたのか理解する前に、右肘に軋んだ痛みが走り、さらに人ひとり分の重さが伸し掛かったのだ。
痛みに耐えながらそれを支えられる訳もなく、膝が崩れ地面に倒れ落ちる。
ド……バキリ……
「ぐあ……ぁぁ……っっ」
肘を中心に骨が砕けるような激痛が駆け巡る。これは疑似的な痛みでフィードバックも通常通りなのだろうが、関節技など受けたことが無い私からすると未知の痛みだった。
激痛に悲鳴を上げようとするが、締め上げられている喉からは声はうめき声程度しか声が出ない。
苦しい、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃぃっ
必死に藻掻くが、一向に絡みついたSnowの身体は全然ほどけない。
体力がジワジワと減っていくが見える。
打撃に比べて極め技のダメージ判定は低いため、体力が0になるまで時間がかかるのだ。
この地獄の時間が続くと思うと恐怖が走る。
なんで、なんで私が、こんな、こんなぁぁぁぁぁぁぁっ
必死に藻掻くが痛みが続く。
こんなはずでは、こんなはずではなかったのにっ
「あこっち」に教えてもらって、ムカつく相手の設定を弄って、バーチャルの世界でストレス発散する予定だった。いかにも運動が出来ずトロそうな
なのになんで自分がこんなに痛い思いをしているのか。何が、何が間違ったのか――
必死に左手で宙を掻き、メニューウィンドウを表示させ「棄権」を選択しようとしたのだが、棄権ボタンが非活性となっていて押下不能となっていた。
思い出す。相手を甚振るためバトル設定を変更し、自ら棄権することを不可能にするようにルールを変更していたことに。
「う、そ……でしょ……」
まさか、自分にその不公平な設定が不利な状況として返ってくるとは思ってはいなかった。絶望が心を埋め尽くす。
「てめぇ、死ねぇぇぇぇぇっ」
ミレイの声が響いたと思うと、私を拘束が解かれる。
よかった、助かった、と思った瞬間、衝撃に吹き飛ばされた。
どうやら組み付いていたSnowに対してミレイが
Snowは寸前でその攻撃を回避したが、私は
「くそっ、くそっ」
やっと拘束から解放された私は毒づいて立ち上がる。
どうやら右手は先ほどの攻撃で負傷した――部位破壊された――という扱いとなったためか、だらんと垂れて力を入れることができなくなっていた。
顔を上げると、ミレイとSnowが対峙していた。
「てめぇ、こんな事してタダで済むと思うなよ。
二対一のハンデ戦なんだからな。抵抗しても勝てるわけないし、不利な戦いは一生終わらねぇ。
むしろ、次からは最大の3人でお前を甚振ってやるから覚悟しろ!」
ミレイがブチギレていて、汚い言葉でSnowを罵っていた。
対するSnowは想定外の反応を見せるのであった。
「ミレイの中に巣食う
よくわからない台詞を吐くと、ビシッと指をさしてポーズを決めたのだ。
「はぁ、頭沸いちゃったか? ぶっ殺す」
ミレイが意味わからないことを言っているSnowに毒付きながら、襲い掛かる。
こう見えてミレイはブレバトの上位ランカーだ。昨日から始めたような素人に負けるわけがない、と思っていたのだが
「くっ、くそっ、なぜ、なぜ当たらない!」
怒涛のような
はぁ、ありえないんだけど。ミレイはその辺のプレイヤーなら手足が出ないくらいの
目の前の攻防に絶句する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
くそっ、ふーみん、見てないで援護!」
攻撃の乱撃がひと段落したところで、ミレイが肩で息を切らせ、血走った目でこちらを見る。
「分かった。すぐ詠唱に入る」
答えて杖を構える。
詠唱、と言っても呪文を唱えるわけではない。
ブレバトでいう「詠唱」とは、魔法のスキルを放つための「溜め」のことを指すのだ。
杖を構えたことで魔法陣が足元に広がり詠唱状態となる。
(最大の魔法だから、詠唱はこの状態で10秒。ミレイが足止めしてくれれば大丈夫なはず)
そう思って、戦況に目をやる。
「妖め。やはりミレイの中から出ていくつもりはないか。ならばこの『浄化の拳』で成敗する」
Snowはよくわからないことを言いながら拳を構えていた。
「意味分かんねーんだよ!!」
叫んでミレイは
軽々と振るっていたが、職業補正の【重量軽減】のスキルの恩恵があっただけで、投げ飛ばせは
さらに、投げ飛ばした
対するSnowは――
避けない?!
拳を構えたまま動かない。
直撃する、と思った瞬間、目を疑うようなことが起きる。
大質量の
「クソがぁーーっ!!」
ミレイは叫びながら飛び蹴りを放つ。スキル【飛燕脚】だ。
「ごはぁぁぁっ!!」
カウンターで打ち込まれた拳にミレイはもんどり打って地面に転がる。
「ごはっ、おぇっ、おえぇぇっ!!!」
腹部への強烈な一撃を喰らって、ミレイは地面に這いつくばる。あの状態ではすぐに動くことは不可能だ。
「この、化け物がぁ!」
見かねて私は詠唱が終わった魔術師スキルを発動する。
「スキル発動【
私の体力の一割が減少し、氷の弾丸の嵐がSnowを襲う。MPの概念がないブレバトでは魔術師系のスキルを使用すると体力が減少するのだ。
体力一割の代償はは大きいが効果は絶大だ。射程範囲に降り注ぐ氷塊の嵐は回避は困難。盾を持たない拳闘士では防御できずに大ダメージ必至だ。
「これが魔術師の魔法ですね。だけど、私は速さには自信があるんです」
そう言うと、Snowは腰を落として拳を構える。
はっ? バカじゃないの。速さに自信があるって言ってるのに避けるそぶりもないじゃない。
そのまま無数の氷の弾丸が襲い掛かり冷気で生み出された煙がまるでマシンガンを撃ち終えた後の硝煙のように立ち込める。
しばらくしてその煙が晴れると、何事もなかったかのようにそこに立つSnowの姿があった。その足元には粉々に砕け散った氷の破片がまるで雪のように散らばっていた。
「ま、まさか……」
言葉を失う。
まさか、スキルで撃ち出された全ての『氷の弾丸』を拳で打ち落としたっていうの?
ありえない。ありえないっ
「スキル発動【
目の前で起きた信じられないことに慄いているうちに、ミレイがSnowの背後に忍び寄ってスキルスロット2つを使う超威力のスキルを発動させる。
が、その攻撃がSnowに当たることはなかった。
「くはっ……」
またしても、Snowのカウンターの肘がミレイの顔面に突き刺さった。
「背後から攻撃するなんて卑怯千万。この聖なる拳で消化しましょう。
はあああああああああああ!!!!」
Snowはそのまま振り返ると、肘の一撃を受け仰け反ったミレイに拳の連打を叩き込む。
「ぐ、ぎゃ、うあっ、痛、やめ、やめ、うああ、助け」
ミレイの身体にいくつもの拳跡が刻まれていく。
息つく間もない攻撃。何かを言おうとしたミレイの言葉をも、その打撃音に飲み込まれていく。
長く甚振るためダメージ換算を最小にしているのにも関わらすミレイの体力ゲージがグングン減っていく。黄色から赤に変わり、そして――
「成敗っ!!」
ととめとばかりに顎を打ち上げると、ミレイの体は宙を舞い、地面に落ちるとともに体力ゲージが0となった。
な、な、な、なんなのよ。なんなのコイツっ
気づいたら私の体は恐怖に震えていた。
先ほど、思わず口を突いて出た言葉だが、こいつは本物の『化け物』だ。
ムリムリムリ、こんなの、勝てない。な、なんなの、体が弱くて、世間知らずの女だったはずなのに
「さて、次は『ふーみん』に憑いている『妖』ね」
ゆっくりとSnowがこちらに視線を向ける。
「ふ、ふざけんな。化け物、来る、な」
必死にまだ動く左手に持った杖を構える。
もうこんな痛い思いは御免だ、と部位破壊された右手を見下ろす。
くそっ、なんで棄権機能を無効にしちゃったのよ。
もう後は魔術師スキルで体力を消費し切って負けるしかない。
慌てて詠唱状態に入る。
足元に魔法陣のエフェクトが現れる。
「行きます」
Snowが宣言して地面を蹴る。
来なくていい!
「スキル発動【
杖を地面に突き立てると地面を伝って氷の帯がSnowに向かって伸びる。この帯を踏むと足を凍結させて拘束する事ができるのだ。
「む、嫌な
Snowは危機を察してか、素早く跳び退ってスキルを躱す。
くそっ。素人でスキルのことを知らないはずなのに勘がいい。
私は慌てて次の詠唱に入る。
「はああああっ、成敗っ!」
Snowの拳が迫る。
間に合えっ
「スキル発動【
奥の手のスキルを発動する。氷の結界が私を包む。
ガキィィン!
氷の壁がSnowの拳を弾く。
私の奥の手は攻撃手段じゃない。単独戦闘に向かない職業である魔術師の奥の手は防御だ。基本的に団体戦でしか戦わない私は窮地に陥った時に防御の結界を張って、仲間が助けに来るのを待つのだ。
一対一になった今では意味がないかもしれないがもはや関係ない。
スキルが発動している間は代償として体力が少しずつ減っていくのだが、体力切れで負けても構わないのだ。もうあんな痛い思いはしたくない。このまま時間を稼げば――
「真陰熊流格闘術――」
Snowが腰溜めに拳を構えている。その拳が輝くようなエフェクトに包まれる。
何? 何をしようとしているの。
ゾワゾワっと全身に悪寒が走る。
「奥義・『
パリィィィィィン……
「はぁっ⁉︎」
思わず驚愕の声が漏れる。
な、なんで、なんで絶対的な防御力を誇る氷の壁が粉々に砕けてるの。
「今度こそ――」
間合いに入ったSnowと目が合う。
「や、やめ――」
私の言葉は最後まで発生することが出来なかった。
息つく間もなく打ち込まれた拳に私の体力は十秒もたたずに削り取られた。
敗北モードになってシステムメッセージの「You Lose...」を見ながら、私は『子羊を狩る』つもりだったが、これが『虎の尾を踏むこと』だったのだと気付き後悔するのであった。
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