第5話 お弁当

 私は再会した三つ編みの女子生徒、大鍬さんの隣の席になった。

 ちなみにサイドテールの榎崎さんは大鍬さんの前の席のなので、私の斜め前だ。


「よろしくね」


「うん」


 そんなやりとりをして、私の初めての学園生活が始まった。


 隣の席の大鍬さんが色々フォローしてくれてすごく助かった。

 ちなみに、榎崎さんは宿題を写すのに忙しかったみたい。


 教科書は全部ヘッド端末にインストール済みであり、教科ごとに液晶Padへ投影して授業を受けるのだが、皆は過去の履歴から授業の続きページを表示している。しかし、私は初めての授業であったため、ページ検索をするところから始めなければいけなかった。


 1限目で戸惑っているのを察したのか、すぐさま大鍬さんから各教科の教科書ページショートカットが送られて来た。


 また、基本的にノート自体は電子媒体を使わず手書きなのだが、過去の授業のノートをスキャンしたデータも送ってきてくれた。


 あと、授業で手を上げて回答するという経験も出来た。

 授業の回答は、先生に指名された生徒の液晶Padが黒板モニタと同期化されて、タッチペンで記入した内容が黒板モニタに反映されるのだが、初めて回答した時は緊張して字が歪んでしまった(文字補正機能にホント感謝だった)


 そんなドキドキな午前の授業を終えて、お昼休み。

 私は榎崎さんと大鍬さんと一緒に昼食を取ることとなった。


「それにしても真雪はめっちゃ頭いいんだね。授業で率先して手を挙げる子って初めて見たよ」

 売店で買ってきた惣菜パンを机に並べながら、榎崎さんが言う。


「えっ、そうなの? ごめん、私、学校が初めてで……」

 知らなかった。

 みんなは手を挙げて回答とかしないのか


「謝る必要はないですよ。むしろ朱音ちゃんみたいに先生に当てられるのを嫌がる子もいますからね。先生も褒めてましたし」

 大鍬さんが弁当箱の蓋を開けながら優しく微笑む。


「そうそう、今日7日じゃん。私出席番号7番だから今日はめっちゃくちゃ当てられる可能性高いんだよね。だから、午後も積極的に回答オネシャース! ほんとマジで……」


「もう。朱音ちゃんは、もう少し勉強すべきだよ。今日の一、二限目の授業は宿題写してて全然ノートとってなかったんでしょ」


「うっ……」


「そんなんじゃ、もうノート見せてあげないよ。ノートの情報スキャンして取り込むのも結構な手間なんだからね」


「うぅ~それだけは~お代官様~」


 榎崎さんが両手を合わせて頭を下げている。


「ふふふ……」

 そんな二人のやりとりを見ていて、私の口元に自然と笑みが溢れた。


 これが、ガールズトークってやつなんだね。


 ずっと病院生活だったから生で女子高生の会話が聞けてすごく嬉しい。


「もう、美月のせいで、笑われたじゃん!」

「えー、私のせい!?」


 そんなやりとりを見ながら私も自分の弁当箱の蓋を開ける。


 出てきたのはアニメのキャラクターを象ったキャラ弁。そう言えば出がけにお父さんが腕によりをかけた力作だって言ってた気がするが、なんかちょっと恥ずかしい。


「あっ、真雪のお弁当、めっちゃ可愛い」


「キャラ弁ってヤツだね。すごい初めて見た」


 榎崎さんと大鍬さんが私のお弁当を覗き込んで驚きの声を上げる。


「あの…… やっぱり、こういうお弁当って普通じゃ、ないのかな?」


 自信が無く、戸惑いがちに訊く。


「う~ん、そうだね。小学校の頃にはたまにいたけど、中学以降は見なかったかな……?」


「ううー、やっぱりそうだよね。お父さんってば……」


 帰ったら文句を言おう、と心に誓う。


「私は良いと思うけどな。これだけのお弁当を作るのなんて相当手間暇かけてるはずだから、私だったら嬉しいかな」

 大鍬さんがフォローを入れてくれるが、まだ恥ずかしさが抜けない。

 早く食べてしまおうかと箸を向けるが「ちょっと待って」と榎崎さんに止められる。


「折角だし、お弁当の写真撮らせてよ」


 榎崎さんが携帯電話を取り出して言う。


 そんなやりとりを見ていた他のクラスメイトが「どうしたの、って柊木さんのお弁当、すごくない。マジ、映えじゃね。私にも撮らせて」とわらわらとクラスメイトが集まり始めた。


 パシャパシャと撮影会が始まるがしばらくすると「もう、その辺にしてあげて。柊木さんがご飯食べれなくなっちゃうよ」と大鍬さんから助け舟が出される。


「あっ、ごめん。ありがと。

 それにしても柊木さんのお弁当めっちゃ気合い入ってるね」


「うん。初登校だからって、お父さんが張り切っちゃって……」


「また、キャラ弁作ってきたら写真撮らしてよ」


「うん」


 頷くと、写真を撮っていたクラスメイトが手を振って離れていった。


 めっちゃクラスメイトと話せた……

 お父さん、文句を言おうと思ってごめん。やっぱり感謝の言葉を言おう。


「んじゃ、食べようか」


 榎崎さんの言葉に私は首肯すると、お弁当に手を付ける。


 うん。美味しい。


「真雪ちゃんのお弁当は『紫電の刃』の主人公の鞘華さやかちゃんだよね」


 お弁当を食べていると、大鍬さんが話しかけてきた。


「え、うん。なんか今、流行ってるアニメなんだよね?」


 私は口の中のご飯を飲み込んでから答える。


 たしか、妖怪蔓延る古代日本で、天才女性剣士が刀一つで妖怪退治をするアニメだったはず…… 今は再放送もしていて、私もたまに目にすることがある。

 あまり詳しくは知らないんだけど、明るくて怖がりの幼馴染キャラが印象に残っている。私がたまたま見たのがその幼馴染キャラがメインの回だったからかもしれないけど、そのキャラの印象が強く残ってる。

 その回は主人公が不在のタイミングで敵に襲われて、絶体絶命のピンチで恐怖が限界を超えて意識を失ったときに、もう一つの人格が目覚めて大逆転する話だった。「成敗」って言いながら敵を殴り飛ばして逆転したシーンがとても印象的だった……


「そう。『紫電の刃』ね。

 その主人公のモデルとなってる紫電一刀流のSaeKaに今、朱音ちゃんが夢中なんだよねー」


 大鍬さんがそう言って、榎崎さんに視線を送る。


 私は「へー、あのアニメの主人公ってモデルがいるんだ」と思ってると、


「嘘っ! クイーンがモデルのアニメなんかあったんだ!?」


 と、榎崎さんが驚きの声を上げた。


「……いや、むしろ社会現象にまでなった大人気アニメの方を知らない朱音ちゃんに私が驚いてるんだけど……」


 苦笑しながら大鍬さんが言葉を溢す。


「クイーン?」


 聞き慣れない単語に首を傾げる。クイーン、女王のことだよね。うーん……


「ブレバトの絶対王者、最強の剣士であるプレーヤー名『SaeKa』だよ」


 身を乗り出して榎崎さんがいう。


「えっ、ぶればと? さえか?」


 熱量を持って語られたのだが、私の中ではどんどん知らない単語が増えていく。

 うー、勉強なら問題なくついていけたけど、やっぱり本物のガールズトークは難しい……


「って、柊木さんが困ってるでしょ」


「あ痛っ」


 榎崎さんのサイドテールの頭に、大鍬さんがチョップを入れて話を止める。


「ごめんごめん。朱音はブレバト、特にクイーンの話になると周りが見えなくなるからね。


 えっと、ちゃんと説明するね。


 ブレバトっていうのは『Brave Battle Online』ってタイトルのフルダイブ型のゲームのことね。

 ブレイブ・バトル・オンライン。略してブレバトもしくはBBOビービーオーって略されることが多いかな?」


 大鍬さんが優しく説明してくれる。


「あ、それなら知ってる。

 病院のリハビリでそのゲームの試作版を使っての治療もあったから、私もやったことあるよ」


「えっ、真雪ちゃんもやったことあるの?

 ブレバト、めっちゃ楽しいよね!」


 私の言葉が終わる前に、榎崎さんが私の手を取って興奮気味に語りかける。


「だから、柊木さんが困ってるでしょ」


 大鍬さんの二度目のチョップが炸裂した。


「あたた…… ごめん、つい」


「知ってるなら話が早いかな。

 フルダイブ型の格闘ゲームだね。

 過去に世界的な疫病が流行った時に、外出規制されてる中で爆発的に人気となって、今やeスポーツの花形。全国大会や四年に一度の世界大会も開かれるような大型コンテンツになってるの」


 大鍬さんの説明に「なるほどー」と相槌を打つ。


 そっか。私の知っているのは病院用にカスタマイズされた試作版だったからわからなかったけど、めちゃくちゃ有名なゲームだったんだね。

 師匠に出会うまでは、あのゲームは動けない患者さんたちのコミニュケーションツール、ほのぼの系のゲームだって思ってたからな……

 お医者さんも「疑似的に自然鑑賞、日光浴、風のさざめきを感じられるこのゲームは、ネイチャーセラピーの効果もあるので、暇な時は自由にダイブしてもらって構わないよ」と言っていた。

 まぁ、師匠に会ってからはゴリゴリの格闘ゲームになったけど


 私は師匠との修行の日々を思い出して、小さく苦笑する。


「そのゲームの中で一番の盛り上がりを見せる全国高校ブレバトグランプリ、通称e甲子園で公式戦50試合以上戦って負けなし。無敵の学生王者として君臨しているのが、プレーヤー名『SaeKa』。京都府立祇園女子高校の三年、姫野宮ひめのみや 冴華さえかさんなの。

 ゲームの中では男女や年齢の差が無くなるから、一年生の女子が#王者__チャンピオン__#になってもおかしくないの。そんな中で、高校一年生の時から一度も負けなし2年連続で学生王者を取得しているのがSaeKaなの。けど、女の子が学生王者ってのもおかしいから、SaeKaのことはみんな女王クイーンって呼んでるんだ」


 大鍬さんの説明に「なるほどー」と頷く。


「で、朱音ちゃんは去年の全国高校ブレバトグランプリの決勝を全国放送で見て、どっぷりブレバトとクイーンにハマっちゃったってわけ」


「はい。がっつりハマりました」


 榎崎さんは、相槌を打つ代わりに敬礼ポーズをして答える。そのやりとりを見て自然と笑みが浮かぶ。


「ねー、真雪ー。もし興味あるならお今度一緒にブレバトやろうよ」


 学食の惣菜パンにかぶりつきながら榎崎さんが私を見て言う。


「うん。だけど、私がやったことがあるのはトライアル版だから、あまりゲームの事は分からないよ?」

 自信なく答えるが、その回答に榎崎さんは両手をあげて喜んだ。


「あー、これ、朱音ちゃんのやる気スイッチ入っちゃったわー」

 大鍬さんがお弁当を咀嚼しながら苦笑する。


「そしたら、ご飯食べ終わったら早速インストールしよ! トライアル版やってるならデータコンバート出来るからキャラメイクも簡単に終わると思うし」

 ひまわりのような笑顔を浮かべて、榎崎さんは手元にあったパンをすごい速さで食べ尽くしていく。


「そんなに急いで食べても柊木さんが食べ終わらないとインストールできないでしょ」


「あ、ごめん。私も急いで食べるね」


「あ、いいよ。気にしないで。早く食べ終わって、ブレバトのインストーラーを用意しとくだけから」


 パンを頬張りながら榎崎さんがサムズアップのポーズを見せる。


 そうこうしているうちに、榎崎さんは昼食を食べ終え、手と口を拭くと、慌ただしく耳掛け型の端末をいじり始めた。


 私が食べ終わる頃には、榎崎さん準備は万端になっていたらしく、すぐに私へ『Brave Battle Online』のインストーラーを転送してくれた。


「受け取れたよ」

 インストーラーを受け取ったのを確認して私が言う。


「よーし、じゃあ、早速インストールだー」

 にこにこしながら榎崎さんが声を上げる。


「うん」

 頷いて、私は『Brave Battle Online』のアイコンをダブルタップするのであった。

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