第6話 インストール

 バイザー越しに見える仮想画面で、『Brave Battle Online』のダイアログのステータスバーがゆっくりと進んでいく。


 しばらくすると「Brave Battle Online-Trial-のプレイデータが存在します。Brave Battle Onlineへデータコンバートしますか? YES/NO」の確認ダイアログが表示される。


「これは、YESでいいのかな?」


「うん。それで初回で一番時間がかかるキャラメイクが省略できるよ」


「キャラの外観とかは、ゲーム始めてからも変更可能だから、何も考えずにYESでいいんじゃないかな?」

 

 榎崎さんと大鍬さんがアドバイスをくれる。私はその言葉に従って、YESボタンをクリックする。


 すると、データコンバートのステータスバーが現れるが、すぐに警告メッセージが出る。


「あれっ、なんか変なのが出てきた」


 私は予想外のことにオロオロするが、榎崎さん達は慌てることなく「何が出たの?」と聞いてくる。

 私は不安になりながら、出てきた警告メッセージを読み上げる。


「キャラクター情報、もしくは装備情報に損傷データがあります。そのままコンバートしますか? って書いてある」


 その言葉に2人は「なんだろ?」と首を傾げるが、大鍬さんが思い当たった事があるのか「あっ、もしかしたら」と声を上げた。


「直前にプレイした時に大きなダメージを受けたりしなかったかな? もしかしたら、そのダメージが傷跡データとして残っているかもしれない」


 そう言われて、思い出す。


 直前のプレイってことは、師匠との最後のバトルのことだ。そういえば最後に最終奥義を受けてたんだった。


「大きなダメージ、受けてたかも」


「やっぱり。

 でも、まあ基本的には問題ないはず、かな?

 逆に傷跡データはレアだから、ヘルプ機能で戦闘に支障がないか確認して、問題なければそのままで大丈夫だと思うよ」


 大鍬さんが説明してくれるが、あまりピンとこない。


「ねぇ、美月。どういうこと?」


 私の言葉を代弁するように、榎崎さんが質問する。


「うーん、なんて説明したらいいかな。

 ゲーム内では基本的に傷は発生しないんだけど、見た目的に傷跡付きのキャラクターにしたいってニーズが一定層にあって、それを実装する方法として、ベータ版やトライアル版でダメージを受けた状態でコンバートするって方法があるの」


 そう言われても、あまりピンと来ない。


「たとえば『頬に十字傷』や『北斗七星みたいな弾痕』、『隻眼』みたいな特殊な外見データね」


「あぁ、俗に言う厨二病外見ね!」


 榎崎さんは納得したようだが、私はそれでもピンと来ない。


「まぁ、傷跡情報は後から非表示設定も出来るから、美月の言う通りヘルプで確認して問題なければ大丈夫だと思うよ」


 そう言われて、私はとりあえずヘルプ機能で確認する。

 ダイアログの端にあるスピーカーのマークをクリックして音声入力で確認する。


「その損傷データは戦闘に支障をきたしますか?」


『いいえ。戦闘には影響ありません』


 すぐさま、システムメッセージが返ってくる。


「問題ないみたい……」


「それなら『YES』でどんどん行こう

GOGO~」


 榎崎さんが嬉しそうに言う。


 私はその流れに乗って、YESを押して先に進む。


 あとは何事もなく、ステータスバーを眺めているとインストールが完了したのだった。


「終わった」


 インストール画面に「finish」のボタンが表示されたのを見て、そう報告する。


「やった、早速、一戦バトりたいとこだけど、流石にダイブする時間はないよね。ギャラリーモードでキャラクター見せて」


 早速、榎崎さんが嬉しそうに私のすぐ横に椅子を持ってきて座る。近すぎる距離と、いい匂いにドキリとする。


「早く、早くー」


 無邪気な笑顔で急かしてくる。


 私は早速、『Brave Battle Online』のアイコンをタップして、ゲームを起動する。


 タイトル画面に「スタート(フルダイブ)」「設定 (ギャラリーモード)」「終了」の選択肢が表示される。

 私はその中から「設定」を選択すると、目の前にマスコットモードの『Snow』が現れる。


「わぁ、可愛い!

 すごい、なにこれ雪の妖精? めっちゃ可愛いんだけど」


 画面共有した榎崎さんが嬌声を上げる。


「周りでキラキラしてるのって、レアエフェクトの『ダイヤモンドダスト』だね。

 すごいクオリティ……」


 遅れて大鍬さんが感嘆の言葉を溢す。


 私からしたら慣れ親しんだアバターなのだけど、二人にはとても好評みたいで良かった。

 入院していた時は時間があり余っていたので、キャラメイクはとことんやり込んだのだ。


 大鍬さんがレアと言っているエフェクトは、おまけのミニゲームをずっとやってたら手に入ったものだった。

 雪の妖精をモチーフにしているので、この『ダイヤモンドダスト』のエフェクトはお気に入りだったりする。


 私は目の前に表示されているアバターの頭を指で軽く撫でると、ゆきんこアバターは嬉しそうに微笑んだ。

 触られた時の反応もオートアクションとして細かく設定してあるのだ。その設定が引き継がれているか確認する意味も含めて撫でたのだが、我ながらのアバターだけど、めっちゃ仕草が可愛いかった。


「か、可愛い…… 私も撫でていい?」

「私も!」

 榎崎さん達が目を輝かせながら聞いてきたので、私が頷くと、二人は私のアバターを優しく撫でては「可愛い」を繰り返した。


「あぁ、可愛い……って、はっ! 違う。マスコットモードのアバターを愛でるのが目的じゃなかった。真雪ちゃんのノーマルモードのアバターを確認するのが目的だった!」


 やっと本来の目的を思い出した榎崎さんが我を取り戻す。


「そうだった。マスコットモードがこれだけ可愛いってなると、ノーマルモードも期待できるね」


 大鍬さんも我を取り戻したみたいだ。


「ごめん。最後にログアウトした時、マスコットモードだったから、その姿が最初に表示されたみたい。

 見た目をノーマルモードに切り替えるね」


 そう言うた、私はメニューウィンドウを表示させると『見た目』をノーマルモードに切り替えた。


 少し撥ね気味のワイルドな印象の銀髪と、キリッとした眉と鼻梁。その瞳には闘志が漲っており、両腕には手甲が装備され、戦闘の邪魔にならないようにぴっちりと体を覆うバトルスーツを身に纏った女性が表示された。


 自分で言うのもなんだけど、病弱で虚弱な私とは似ても似つかない凛々しい姿のアバターである。


「ノーマルモードもすごい凝ってるね。なんかすごく格好良い」


「職業は『拳闘士』で、属性『水』なんだね。戦績はーー」


 そこまで言うと、榎崎さんと大鍬さんは互に見合わせる。

 なんて言うか、マスコットモードな時と違って歯切れの悪い反応であった。なにかおかしいところがあるのかな?


「戦績 1勝388敗かぁ……」


「う~ん、職業も属性も、今のブレバトでは不遇って言われているものだね……」


 言いづらそうに榎崎さんが呟く。


 不遇、なのか。私は師匠としかバトルしたことがないからその辺のことは分からない。

 師匠からは「良い選択だな」と言われたんだけど……


「いや、ダメって訳じゃないよ。ただ、初心者には厳しいかなって。でも、ここまで細かく設定されているアバターだし、このアバターで勝てるように、スキルとか戦略を立てれば勝てるようになるよ」


 榎崎さんから励ましの言葉をかけられる。


「そ、れ、に」


 榎崎さんは私のアバターの頭の上で、指をくるりと回す。

 するとアバターの表示もくるりと回り、背中部分が見える角度となった。


「背中がめちゃくちゃセクシー」


 私のアバターが装着していたバトルスーツは背中部分が大きく破損していた。

 肩から背筋、腰の部分まで白い素肌が丸見えになっており、その背中には大きな肉球型の痣が刻まれていた。


「えっ、えーーーっ! なにこれ、ヤダ。恥ずかしい」

 私は慌てて私のアバターを手で隠す。自分じゃなくても、自分に似せて作ったアバターがあられもない姿をしていたのである。恥ずかしくて顔が一気に蒸気する。


「なになに、見せてよー。減るもんじゃないし~」


 嬉しそうに榎崎さんが私の手を退けようとする。


「減るよー、私の精神力がガンガン減ってくから~」


 私は必死にガードする。嬉しそうに見てないで、大鍬さん、たすけて!


 そんなやりとりをしているうちに、午後の授業開始5分前の予鈴がなった。


 おおー、これぞ天の助け。


「ほら、もう午後の授業始まっちゃうよ」


 そう言って、私はメニューの「終了」を押下した。


「朱音ちゃん、悪ノリしすぎだよー」


「ごめ~ん。真雪、許して」


 大鍬さんの遅すぎるフォローに、榎崎が手を合わせて謝る。


「も~」


 私は膨れてみせるが、すぐに笑みに変わった。

 榎崎さんも大鍬さんも釣られて笑い出す。


 これが私の憧れていた学園生活なのだ。


 こんな日々がこれから続くのかと思うと、私の胸は大きくときめくのであった。

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