第4話 初登校

 5月の連休明け、久々の学校に活気あふれる生徒達が校門に向かっている。


 普通の生徒ならば、平凡な登校風景である。


 けど、私にとっては特別な1日。


 校門に続く坂道の手前に、一台のバンが止まる。

 その車の外装には「手作りパンHIIRAGI」の文字と、ポップ調のパンの絵が描かれている。


「ふぅ……」


 車内で私は大きく深呼吸すると、扉を開ける。

 外の空気が車内に入り込み、香ばしいパンの匂いが車外へ広がる。


 私は鞄の中身を確認して、ゆっくりと車を降りる。


「真雪。ここまでで本当に大丈夫か?

 父さんが一緒に学校まで付いて行こうか?」


 運転席からお父さんが心配そうにこちらに視線を向けている。


「大丈夫。もう一人で出来るから。

 お父さんもお仕事あるでしょ?」


 その言葉にお父さんは「そ、そうだが、しかし真雪のためなら」とこちらを見つめる。


「ダメだよ、お父さん。お仕事、やっと軌道に乗ってきたって言ってたでしょ。私は大丈夫だから、お仕事頑張って」


 拳を作って大きく頷いて見せると、お父さんは涙を浮かべながら「お、お父さん、がんばる!」と頷き返した。


 私はにっこり笑って見せると、車のボタンを押して車の扉を閉める。


 渋々車を発止をさせたお父さんに手を振り、私は校門に向かう坂道を歩き出す。


 他の生徒たちの歩く速さに比べると、ゆっくりな足取りだがらしっかりと歩を進める。


 初めての登校。初めての制服。


 歩きながら、自分が浮いてしまっていないか他の生徒をチェックする。


「う、みんなスカートの丈、短いな」


 まず感じたのがスカート丈の短さ。生徒手帳の校則欄には「膝上10cm」って書いてあったなずなんだけどな……


 自分のスカートを見下ろしながら、歩いていると、快活に話す生徒の声が後ろから聞こえてきた。





美月みつき~、昨日のブレバト特集見た?」


「うん。見たよ、朱音ちゃん」


「やっぱり女王クイーンの戦いは何度見ても凄いよね。最年少でプロ契約して雲の上の存在だけど、あれで私たちと同じ高校生だからね。

 もうホント凄いよね。こう、シュバッ! シュバッ! って」


朱音あかねちゃん、後ろ向いて歩いちゃ危ないよ。あっ!」



 だんだん近づいてくる声に、慌てて振り返ろうとした時、ドンと衝撃。


 振り返った状態で、私は後ろ向きにたたらを踏んで、バランスを崩す。


 あ、ダメだ。転ぶ……


 頭で分かっていても、身体がついていかない。

 目をつぶってお尻に来るであろう衝撃に備える。が、その直後にふわりと浮遊感を感じ、痛みは訪れなかった。


「ごめん。大丈夫?」


 すごい近くから声が聞こえる。


 私は瞑っていた目蓋開くと、目の前には仄かに茶色に染めた髪をサイドテールに纏めた女子生徒の顔があった。


「だ、大丈夫、です……」


 そう答えると、「良かった」とその顔がひまわりのようにに微笑んだ。

 その明るい笑顔にドキリとする。


 どうやら、この子が私を受け止めてくれたようだ。


 でも、この声って、さっきぶつかった声と一緒。ってことは、私が倒れる一瞬の間に回り込んで受け止めたって事?


 凄い身体能力だ。

 リハビリをしてやっと人並み程度に動けるようになった私とは比べものにならない。


「もう、だから危ないって言ったのに」


 もう一つの声が近づいてくる。


 声の方に視線を向けると、長い黒髪を三つ編みに纏めた女子生徒が駆け寄ってきていた。


「って、えっ、あの、女の子同士、そういうのって……」


 三つ編みの子は、近くまで来ると顔を赤くしてなにかモゴモゴ言い始めた。


 ん?


 どうしたんだろう。登校中の生徒たちの視線もこちらに集まっている。


 あれ? この体勢ってもしかして……


 お姫様抱っこ。



「はわわ……」


 どう反応したら良いかわからず、私の口から言葉にならない声が出る。


「いや、そんなつもりじゃ。あの、ごめん。すぐ下ろすね」


 私を抱きとめたサイドテールの生徒は、慌てつつもゆっくり私を地面に下ろした。



「ごめん。どこか痛めたりしてない?」


 サイドテールの生徒が心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。


「だ、大丈夫です。私こそゆっくり歩いててごめんなさい」


 慌てて両手を振って、頭を下げる。


「敬語なんて使わなくていいよ。私も同じ1年だから」


 顔を上げると、サイドテールの生徒が制服のリボンタイを指差してにっこりと笑う。

 指差されて揺れるリボンタイは、一年生を表す青のストライプ柄であった。


「私はE組の榎崎えのさき 朱音あかね。こっちは親友の大鍬おおくわ 美月みつき。貴女は?」


 サイドテールの元気な子が榎崎さんで、大人しそうな三つ編みの子が大鍬さんか。うん、覚えたぞ。


「わ、私は柊木 真雪です」


「また、敬語」


「えっ」


 ですます調でも敬語になるのか、えっとなんて言ったらいいのかな。あまり人と話す機会がなかったから、どうしたら……


「もう、朱音ちゃん、いじわるはダメだよ。柊木さん、困ってる」


「ははは。こめん。冗談、冗談。真雪ちゃんが可愛い過ぎるから、ちょっと困らせてみたくなっちゃって」


 榎崎さんは気さくに笑うと、ペロリと小さく舌を出した。


 可愛い、えっ、私が?


 あまり外見を褒められたことが無かったので、言葉の端に出てきた可愛いの言葉に顔が上気する。


「よろしくね。真雪ちゃん」


「は、はい」


 差し出された手を握り返し笑顔を返す。

 その上から、大鍬さんも手を重ねて「私も、ね」と柔らかな笑みを見せた。



「ところで朱音ちゃん、ゆっくりしていて良かったんだっけ?」


 手を離すと、大鍬さんが小声で榎崎さんに訊く。

 えっ、と聞き返す榎崎さんに、大鍬さんが耳打ちをする。


「あー、忘れてた!

 美月に宿題を写させてもらうために早く登校したんだった」


 そう叫んで榎崎さんが飛び上がる。


「同じ一年生だったら廊下ですれ違うかも知れないね。その時はまたお話ししよう。

 美月、急ぐよ。

 じゃ、またね!」


 榎崎さんは捲し立てるようにそう言うと、大鍬さんの手を引いて校門に駆けて行く。


 呆気に取られつつも、手を引かれながら優しく手を振る大鍬さんに手を振り返しながら、私はこの学校で初めて会話した二人の生徒を見送った。




 県立神里かみさと高等学校。


 それが私が通うことになる学校の名前だ。


 近代的な設備を取り入れた学校で、バリアフリーの設備も整った綺麗な学校である。


 緑や田んぼの残るこの地域では指折りの名門校らしい。



 校門にも入場ゲートが設けられていて、生徒手帳に埋め込まれたICチップを読み込んで登下校管理をしている。


 初登校で緊張しながら、入場ゲートを通ると、電子案内板で職員室を確認して、耳掛け型の電子端末を起動して音声経路案内を使って職員室を訪ねた。


 そのあと、担任となる先生に連れられて教室に向かう。


 因みに担任の名は柏葉かしわば 真純美ますみ先生。

 スーツの似合うスレンダーな女性だ。


 先生曰く、私が入るのは一年E組らしい。


 5組ある女子クラスの一番成績が悪いクラスらしい。転入試験で良い点をとった私は本来もっと上のクラスに配属されるはずなのだが、人員が追加できるクラスがここしか無かった。バカばかりだけど、いい奴らばかりだから安心していいよ、と移動中に気さくに話しかけてくれた。


「んじゃ、呼ぶまで廊下で待っててくれ」


 そう言い残して先生は教室に入って行く。


「おーし、お前ら連休は楽しんだか?

 今日からまた学生として勉学に励む日々の始まりだ。席につけー」


 先生の声が教室に響く。


 柏葉先生は1ヶ月で生徒の心を掴んでいるらしく、一つ二つ生徒と簡単なやりとりをすると、話題を切り出す。


「今日からこのクラスに仲間が増えるぞー」


 その言葉に教室がざわつく。



「え、こんな時期に転校生?」


「いや、連休中に問題を起こして、上のクラスの奴が移動になったとか?」


 憶測が飛び交う。


 なんだか、胸がドキドキしてきた。


「健康の問題で5月からの編入って扱いだ。

 先月まで入院していた子で、体が弱いらしいからみんな気を使ってやれよ。


 よーし、柊木。入ってこい」


 先生の声。


 ドキドキする胸を押さえて、小さく頷いてから一歩踏み出す。



 初めての学校。


 初めてのクラスメイト。


 どんな学校生活が待っているのか……


 期待と不安で胸が高鳴る。



 生徒の視線がこちらに向く。


 動悸が限界にまで高まる。


 ゆっくり教壇まで歩を進めると、黒板がわりの電子モニタに、私の名前と簡単なプロフィールが表示される。


「柊木。自己紹介」


 先生に促され、教室に目を向ける。



「えっと、あ、あの……


 柊木 真雪 と言います。


 よ、よろしく、お願い、します」


 ありきたりな自己紹介。それでも、これが私の精一杯であった。


 私は深々と頭を下げると、教室内に拍手が起こった。


 顔を上げると、拍手が止む。


「て、事だから、皆、柊木をよろしくな」


 先生がそう締めくくる。




 そんな、教室の中、慌てて前の席の生徒の肩を突く女子生徒がいた。


(朱音ちゃん、朱音ちゃん!)


(なに? いま宿題写すの忙しいんだから)


(前、前見て。編入生!!)


(え、どんな子が来ても別に変わらないでしょ?)



 必死に机にかじりついていたサイドテール生徒が顔を上げる。




 あっ



 私の声と、サイドテールの生徒の声が重なる。





「朝、私がお姫様抱っこした子ーーーーー!!」


 サイドテールの生徒――榎崎 朱音が声を上げて立ち上がる。


 その言葉に、私の顔が一気に沸点を超えて真っ赤になる。




 こうして、早くも今朝あった二人の少女と再会することとなったのだった。

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