第2話 悲しき炎

 東海北高校は、1学年に6クラスあり、2学年から文系と理系に分けられ

1から3組が理系、4から6組が文系になっている。

 それぞれ成績上位の物を集めたクラスが一つづつ作られ

理系が3組、文系が4組になっている、2年4組の沙姫さきは文系の選抜せんばつクラスにいることになる。

 1年生は3学期の始まった1月中に文系か理系を選択する。

 竜弥たつやは尋ねる

   「沙夜さやは、文系理系どちらをえらぶの?」

   「当然、理系よ。法医学者ほういがくしゃ監察医かんさついになるの、解剖かいぼうをするわ。」

と沙夜が答えると竜弥の頭には、喜々としてメスを振るう沙夜の姿を思い浮かべる

   「竜弥は、どうするの?」

沙夜の質問に竜弥は

   「まだ、やりたいこともないし、得意不得意な教科もないしな、決めていな

    い。」

と答えると沙夜は

   「決めてないじゃなくて、決まらないんでしょ。」

と続ける。

 竜弥の中では、彼の成績なら、成績上位の沙姫と同じクラスになれるという考えがあったが、そんな浮ついた気持ちで決めていいのかという考えとせめぎあっていた。


 章氏健二しょうしけんじは、高校を中退して5年位、働く所もなくブラブラていたが、1月から工場の工員として働くことになった。

 健二は、中学生の頃から5人の友人といつも行動を共にして、ケンカ、恐喝、盗みといろいろ問題を起こし、高校1年の時、恐喝で警察に捕まり、学校を退学した。

 5人は、3年位前から自分の家に寄り付かなくなり、たまり場で寝泊まりしていたが、健二だけは彼らと異なり、2、3日に一度は自宅に顔を出していた。

 今、健二は一人である、昨年の5月から突然、5人の友人は姿を消してしまったのである。

 5人は全く自分たちの家に帰っていないので、家族は行方不明になっていることを

知らず、警察に捜索願そうさくねかいは出されていなかった。

 一人になった健二は、行く所も無くなり、自宅でゴロゴロしていたが、親の知り合いの社長が経営する工場へ行くことになった。

 工場は、朝宮町あさみやちょうの南側に位置する朝尻町あさじりちょうにあり、朝尻町は倉庫街そうこがいに工場が点在しており、古い建物も多い。

 また、健二と友人たちのかってのたまり場は、使われず放置された倉庫でこの町の倉庫街の中にある。


 友人の影響を受け、ブラブラしていた健二だが、休むことなく工場に通い

仕事も慣れないながらも少しづつ覚えていく。

 1月下旬、健二は仕事を終えて自転車で帰路に着く、時間は午後6時頃だが、冬は闇の訪れは早く、朝尻町の倉庫街は闇に包まれている。

 自転車をこぐ健二の前に二つの人影を認め、脇を通り過ぎようとしたが、人影は知った顔である。

 健二は、エイジとカツヤの二人の名前を思い出し、嫌な奴に会ったと思う、二人は、健二と友人たちのグループと対立するグループのメンバーで、特にエイジはリーダー格である。

   「よう、健二じゃないか。」

   「こんなところでチャリ乗って何してる。」

とエイジが声を掛ける

   「関係ないだろ。」

健二が応じる、二人ははやし立てる

   「おまえたち消えたんじゃなかったか、なんでお前いるんだ。」

   「消えてセイセイしてたんだぜ、今頃でてくるなよ。」

   「他の奴らは死んじまったか?」

   「あははははははー」

健二は、こらえて無視し立ち去る。

 エイジは、健二の後ろ姿を見る、獲物を狙うヘビのような目で・・・

 2月上旬、健二は、いつものように仕事を終えて家路についている、自転車に乗って人通りのない、倉庫街の一角に通りかかったところ、突然、5、6人の人影にかこまれる。

 そして、彼は自転車ごと押し倒され、囲まれたまま何度も足蹴りされる

   「顔はやめとけ、殺すなよ。」

という声を聴きながら痛みに耐える。

 しばらくすると足蹴りはやみ、聞き知った声が聞えてくる、エイジだった

   「工場で働いているんだな、えらい、えらい。」

   「30日が給料日だから、金持っているだろう、明日ここに10万持って来

    い。」

   「そういえば、お前妹居たなぁ、代わりに女子高生でも構わないんだぜ。」

エイジは健二のことを調べつくしているようだった。

 健二は苦痛で声も出せず動けずにいた。

 エイジたちは、健二の返事を待たず

   「分かったな。」

と言いながらゆっくりと立ち去って行った。

 その光景を見ていた者がいる、闇の中から男が現れる、真冬なのに男は黒いジャケット姿である

男は言う

   「話は聞いた。」

   「私は逢儀京司おうぎきょうじ、君の名は?」

   「し、章氏健二しょうしけんじ。」

健二は痛みをこらえ名乗る

   「しょうし、良い名だ。まずは痛みを取ってやろう。」

逢儀は模様が描かれた紙を彼の上に乗せると右手をかざす、すると痛みが和らいでいく、健二が動けるようになると逢儀は問いかける

   「力が欲しくはないか。」


 翌日の夜、健二はエイジたち6人組の前に立つ、エイジが聞く

   「金、もってきたか?」

   「ああ」

健二は答え、ジャンバーの右ポケットに右手を入れる。

 エイジたちはニヤつく、いい金づるができたと思いながら

しかし、健二が取り出したのは、トランプ位の大きさの紙で丸い円の中に模様が描かれている

   「くらえ!」

彼は声に出し、紙をエイジに向ける。

 すると紙は炎を出して燃え上がり、火球かきゅうが前に飛び出し、エイジの顔面に取り付き頭部を炎で包む。

 エイジはもがくが炎は離れず、耐えられなくなり空気を吸い込むと高温に熱せられた空気が喉を肺を焼く、彼が倒れても炎は彼の頭部だけを焼いている、他の5人は慌てて逃げ出すが誰一人逃げられない。

 カツヤやほかの仲間は、彼らのたまり場である県道沿いのゲームセンター跡でエイジたちの帰りを待っいるが

彼らは帰って来ることはなかった。

 数時間後、通行人が、頭の焼けた人が6人倒れているのを発見し、119番通報し、消防署から警察署に連絡された。

 路地は、黄色いテープで封鎖され、救急車も駆けつけたが倒れている6人を病院へ運ぶことはなかった。

 顔は見分けがつかないくらい焼けていたが、なぜか頭以外は全く焼けておらず、持ち物や、指紋から誰なのか判明した。

 彼らは、泥棒や傷害などで警察に捕まったことがあったのである。


 東海警察は、エイジの仲間たちを警察署へ同行し聴取した。

 聴取内容から、エイジたちは章氏健二から金を脅し取ろうとしていたこと

それは事件の起きた日であったことが分かった。

 東海警察はさらに健二を同行し聴取した。

 健二は

   「妹を拉致らちすると脅され、仕方なく10万をエイジに渡した。」

   「10万は、前の晩に自宅近くのコンビニでおろした。」

と話した。

 しかし、6人の所持金を合わせても10万円もなかった。

 さらに健二に聞くが

   「金を渡して直ぐ分かれた。」

   「後は何も知らない。」

と言い張るだけであった。

 警察の捜査で、健二の言う通り、コンビニの防犯カメラにATMを操作する健二の姿が映っており

銀行口座も同日10万円引き出されていた。

 また、現場には、灰となった紙片が採取されただけで油などの使用の痕跡はなく

どのようにすれば他を焦がさず頭を焼いたのか見当もついておらず

警察では、事件と事故の判断もついていなかった。


 カツヤたちは、エイジたちを殺したのは健二だと決めてかかっている。

 カツヤは彼に復讐するため彼の妹をおとりにすると主張するが、エイジたちの死に様に仲間たちは逃げ出し残ったのは二人だけだった。


 健二の妹、章氏しょうしあやは、東海北高校の2年5組の生徒であり、自宅から高校まで30分位かかるが徒歩で通学していた。


 エイジが死んでから2週間後、人通りのない住宅街の路地に黒いワゴン車が止まっている。

 下校中のあやが黒いワゴン車の横を通りかかると突然、スライドドアが開き

彼女を引き込み走り去っていく。

一瞬の出来事であった。

 健二は仕事を終えて、いつものように家路に着こうとするとスマホに電話がかかっくる

   「健二、やってくれたな、どうしてくれるんだ。」

   「カツヤか?」

健二が聞くと

   「ああ、妹は今、俺の前に転がっているぜ、あはははーーー」

カツヤの言葉に健二の表情が豹変ひょうへんする

   「妹に何かあったら許さんぞ!」

   「今のところは無事だ、お前をぶち殺したら、妹さんには俺たちの傷ついた心

    をいやしてもらわないとなーーー体で」

   「ゲームセンター跡だ、早く来い!」

カツヤは電話を切る。

 ゲームセンター跡は、つぶれた後、そのまま放置されている建物で

県道沿いの朝尻町の南端みなみはしにある。

 健二は息を切らしながら自転車でゲームセンター跡にたどり着く

建物の横には黒いワゴン車がとまっている。

 建物の中に入るとカツヤの他二人が待ち構え、床には妹のあやが縛られ横たわっている。

 カツヤはナイフを持ち、他の二人は鉄パイプを構えている、健二は、ゆっくりと3人の前へ進む、ジャンバーの右ポケットに右手を入れながら・・・

カツヤは怒りを目に宿していたが他の二人は怯えを隠せずにいる、対する健二も無言のまま険しい顔をしている。

 突然、カツヤはナイフを腰だめに構えて健二に突っ込む、すかさず健二がポケットからトランプ位の大きさの紙を3枚取り出すと飛び出したのは火球ではなく、彼の怒りを表すような激しい炎の流れである。

 カツヤたち3人は炎の流れに飲まれ、火だるまになる。

 さらに炎の勢いは建物の内装にまで及ぶ。

 健二が、横たわっていたあやを担ぎ建物の外に出た時には、建物は炎に包まれている。

 拘束を解かれたあやは、泣きながら健二に抱き着く。

 しかし彼女は落ち着くと健二に問いただし始める

   「ケン兄、あれは何?あいつら死んじゃったよね。」

健二は答える

   「死んで当然の連中だ。」

   「殺しちゃだめだよ。どうしちゃったの?ケン兄!」

あやが詰め寄る。

 彼は黙って立ち去る、あやを残して、誰かが通報したのか消防車のサイレンの音が

聞えてくる。


 火災現場から3人分の炭化たんかした焼死体が発見された。

 現場にいた章氏あやは警察に保護された。

 帰宅が遅く、スマホにも連絡が着かないことを心配した母親が警察に通報していたのである。

 東海警察署で、あやは母親同席のもと事情を聴かれる。

 あやの話は、母親を動揺どうようさせる。

   3人組に黒いワゴン車で連れ去られ、あの建物に拉致されていたこと

   3人はカツヤ、ショウ、キンジと呼び合っていたこと

   3人は、あやをおとりにして兄を呼び出し、殺そうとしていたこと

   兄の持っていた紙から、炎が噴き出し3人と建物を焼いたこと

   兄はどこかに立ち去ったこと

を彼女は説明した。

 警察は、あやの話は筋が通っていたが、健二が紙を持っていた件は

他の物を持っていたのだろうと断じた。


 竜弥のクラスに1年3組の奏汰かなたがやって来る。

 席についている竜弥に奏汰は話しかける

   「健二さん覚えているか?」

竜弥は章氏健二しょうしけんじことを思い出し、一つ上のあやさんの兄で、悪い仲間と何かと悪さをしていることを知っていた

   「うん、また何かしたの?」

   「朝尻で2件、焼死体が道路にあったのとゲームセンターの火事あったろ。」

   「あれに健二さんかかわっているらしいんだけど、行方知れずで警察が探して

    いるらしいんだ。」

と奏汰が説明する。

 そこへ沙夜が声をかける

   「その人を二人で探すの?」

奏汰は、後ろの席の沙夜にやっと気づきゲッと表情が固まる

   「どうしたの?」

と沙夜が奏汰を冷たい目で見つめる。

 奏汰はじゃーと話を中断しそそくさと撤退する。

 竜弥が声をかけるが聞えていないようである。

 沙夜は矛先ほこさきを竜弥に替える

   「で、どうするの?」

   「どうするも何も、話途中だし、分からない。」

と竜弥は骨の話でないのに喰いつきがいいなと思いながら答える。

 その日の夜、沙姫の部屋に沙夜が入って来る

   「いいことを聞いたわ、朝尻町の2件の焼死体の話よ、沙姫。」

   「健二という男がかかわっていて、警察が探しているそうよ。」

沙姫が言う

   「2件て倉庫街とゲームセンター跡のこと?」

   「男を探すつもり?沙夜。」

沙夜は続ける

   「ええ、倉庫街の死体は頭だけ焼けてどうしてそうなったか分かっていないん

    でしょ。」

   「何か面白いことになりそうじゃない、幸い健二の顔は竜弥が知っている

    わ。」

沙姫は考えながら

   「そうね。普通じゃないし、魔法とか使っていたりするかも。」

と言い、沙夜も

   「ええ、黒幕がいるも。」

期待しながら言う。

 二人は次の休日健二を探すことにする竜弥を連れて・・・

 次の日、沙夜は竜弥に話しかける

   「次の日曜日、空いている?」

竜弥は予定がなかったため

   「うん」

と答える

   「7時に向かいに行くから、よろしくね。」

沙夜の言葉に彼はデートか、デートなのかと思いつつ

   「分かった。」

と答えてから、不安に駆られ

   「何の用事?」

と彼女に聞くが、微笑みながら

   「内緒、お楽しみよ。」

とはぐらかされてしまう。


 日曜日の朝7時、沙夜が古馬ふるま家を訪れる。

竜弥の左隣には、上機嫌の竜弥の母親がいる、沙夜は

   「おはようございます。舟戸沙夜と言います。」

   「いつも古馬君にお世話になっています。」

と母親に挨拶する、母親は

   「母の千鶴子ちづこです。」

   「これからも竜弥と仲良くしてください。」

と挨拶を返す。

 竜弥は廊下の奥から父親の視線を感じている。

 沙夜と外に出ると竜弥の不安は的中していた。

 エンジンがかかった車が止まっており、運転席には舟戸姉妹の父親

後部座席には沙姫が乗っている。

 車の後部座席には舟戸姉妹が座り、助手席には竜弥が座る

父親が運転しながら彼にはなしかける

   「古馬竜弥君だね、娘たちから話を聞いているよ、父親の舟戸竜一ふなどりゅういちだ、よろ

    しく。」

   「今日は巻き込んで申し訳ない。」

竜弥は聞く

   「今日は何をするのですか?」

彼の問いに驚いたように竜一は

   「え、沙夜、何も話していないのかい。」

沙夜は

   「お楽しみにしたの」

と答え、竜弥に言う

   「健二を倉庫街で探すのよ、竜弥、顔知っているでしょ。」

竜弥は慌てて

   「倉庫街はまずいよ。悪い奴がたむろしているかも、やめよう。」

と止める。

 沙姫と沙夜は、微笑みながら口を揃えて

   「大丈夫よ。」

と言い、さらに竜一は全く心配していない様子で

   「竜弥君、娘たちからはぐれないようにするんだぞ、二人も竜弥君を守りなさ

    い。」

と言ってのけた。

 竜弥は心の中で叫ぶ

   お父さん付いて来ないんですか!

   女の子に守られる俺って何なんだー

車は彼に逃げる機会を与えす、朝尻町の倉庫街の近くに止まる。

 竜一は3人を車から降ろすと帰って行く。

 沙姫と沙夜はそれぞれミネラルウォーターの入ったウエストポーチをつけている。


 沙姫と沙夜は竜弥に健二はどんな人間か質問し

   「名前は章氏健二で、2年の章氏あやの兄であり、中学頃から悪い仲間と悪さ

    をしている。」

と彼は答える。

 3人は倉庫街の地理に不案内である。

 3人は手当たり次第に倉庫や工場を見て回り、人が居れば健二の所在を聞く。

 正午近くまで3人は回るが収穫はない

   「もうあきらめない?こんなに回っても見つからない、だから無理だよ。」

竜弥が弱音を吐くと沙姫が言う

   「根気が大切よ、獲物を追い詰めるのも楽しまなくっちや。」

彼は

   今、獲物って言った狩りをしているのか?

と思うが口に出さなかった.


 3人組の青年が通りかかり、沙姫と沙夜を品定めするように見る。

 彼らの中で一番体格の良い青年が前に進み出て

   「君たち、道にでも迷ったの、送ってあげるから、俺たちに付き合わない。」

と顔をニヤつかせて言う。

 竜弥が沙姫と沙夜の前に出る、青年が

   「君には用はないから、引っ込んで。」

と言うと竜弥は

   「道に迷ってないです。」

   「用がありますから。」

とはっきりと言う。

 青年の顔つきが変わり、脅すように

   「お前には用はないんだよ、どけ!」

声を荒げるが、彼はどかなかった。

いや、みとどまった。

 青年は彼の胸ぐらをつかみ

   「わかっているだろうな」

顔を赤くし、すごむ。

 竜弥は殴られることを覚悟する。

 沙姫と沙夜は、それぞれウエストポーチの中のミネラルウォーターに手を伸ばす。

 その時

   「こらっ!何をしている!」

と中年の声がする。

振り向いた青年たちは口々に

   「青木だ。」

   「やばい。」

と言い、竜弥を離し立ち去る。

 青年たちの後方から近づいて来るのは、東海警察署の青木刑事だった。

 竜弥は青木に

   「助かりました、ありがとうございます。」

と言うと

   「君たちはこんなところで何をやっているんだ。」

と聞かれる。

 3人は、健二を探していることを話す。

 青木は、言う

   「それは警察の仕事だ。」

   「この辺はさっきのようなやからがうろついているから早く帰りなさい。」

沙姫は

   「刑事さんは健二を探しているのですか?」

と尋ねるが青木は仕事のことは離せないと答えなかった。

 青木にうながされて3人は立ち去る。


 青木は、空き倉庫や廃業した工場を中心に健二を探す。

 そして、夕刻に近づいたころ健二と友人たちのかってのたまり場であった空き倉庫にたどり着いた。

 青木は健二を事件で取り扱ったことがあり、面識めんしきがあった。

 倉庫に入ると薄暗い倉庫の中に健二はいた

   「健二、青木だ、話をしたい。」

青木が話しかけると健二は

   「話すことはありません。」

   「見なかったことにしてくれませんか、青木さん。」

と答える。

 さらに青木は

   「君が脅されていたことは知っている。」

   「本当のことを知りたいんだ。」

食い下がると健二は

   「お願いです、放っておいてください。」

とこらえるように言う。

   「話を聞かせてくれ、悪いようにはしない。」

説得を続けるが、健二は

   「もう、遅いんだ!」

とジャンバーの右ポケットからトランプ位の大きさの紙を取り出し、青木に向ける。

 すると紙は燃え上がり火球が青木に向かって飛び出す。

 青木は、紙の話を知っていたので間一髪で左に飛びかわすと古い鋼材の陰に身を隠す。

 そこは青木一人ではなかった。

 沙姫、沙夜と竜弥が身を隠していた。

 竜弥がどうもと挨拶をすると青木はあきれて

   「君たちは何しているんだ。」

と小声で言う、沙姫が

   「刑事さんの後をつけた方が効率良いと思いまして。」

と言うと沙夜が続ける

   「ここからは私と沙姫の番。」

 二人はウエストポーチの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、青木に

   「内緒ですよ。」

と言いふたを開け右手のひらに流しだす。

 しかし、水は手のひらから流れ落ちることなく、手のひらの上で球体になる。

 そして、球体を握ると刀の形に変化する、

 沙姫と沙夜が健二の前に出ると再び健二は火球を飛ばす。

 二人は刀をすかさず水を盾の形に変え、火球を防ぐ。

 盾は火球に当たっても全く蒸発することはなく、むしろ鋼鉄のような硬さを感じさせる。

 健二が右ポケットに手を入れると沙姫は盾を刀の形に変え、健二に向けて振ると

刀の先が離れ刃が健二向けて飛んでいく。

 それは健二の取り出した紙を引き裂く。

 青木は健二が沙姫と沙夜に気を取られているうちに後ろに回り込もうとしている。

 健二は右ポケットに手を入れたまま動かなかった、

 紙を使い果たしたのである。

 沙姫は刀を盾に戻し、健二が動かないことから、手持ちの紙がなくなったのを察し、沙夜に目配せをする。

 二人は同時に盾を構えたまま健二に突進する、盾は鋼鉄のような硬さをもって健二をはじき飛ばした。

 健二の後ろに回り込んだ青木が彼を取り押さえ手錠をかけた。

 そして、スマホで警察の応援を呼ぶ。


 青木は二人に質問する

   「一体あれは何なんだ。」

   「超能力ですよ、人に話しても信じてもらえないですけど秘密にしてくださ

    い。」

沙姫が応じる。

 竜弥は道理で父親が心配しない訳だと思っていると

   「竜弥もお願い。」

と沙夜に釘を刺された。

 倉庫には5人のほかもう一人いた。

 気配を消し切り裂かれた紙を回収し夕暮れに影のように立つ。

 その影は黒いジャケットを着ている、存在感を消す身の内は

   見つけたぞ、とうとう見つけたぞ。

   本物だ、あれこそ私がいたる道の先にあるものだ。

歓喜かんきに打ち震えていた。


 帰りの車の中で父親の竜一は機嫌がよかった

   「そうか力のこと知れてしまったか。」

   「うちの家系は龍神りゅうじんまつっていてね、時々、水を操る者が出てくるんだ。」

   「その中でも沙姫と沙夜は強力な力を持っている。」

竜弥は彼の話を聞きながら、そうなのかと思いつつ、動じていない自分に気が付く。

 竜一は少しトーンを落として竜弥に言う

   「どうだい?君の相手に。」

   「今なら沙姫でも沙夜でもどちらでもいいぞ。」

   「君の好みの方を選ぶといい。」

竜弥は慌てて

   「冗談はよしてください。」

と言うと竜一は

   「まあ、冗談と言うことにしておこう。」

と話を切る。

 竜弥は、もしかして本気だったのかと思いつつ、後からの視線を気にする。


 数日後、青木は沙姫と沙夜を呼び出した

   「どうしたの刑事さん、女子高生と逢引あいびきなんてらしくありませんよ。」

沙姫が茶化ちゃかすと青木は困ったように

   「そういうな、どうしても発火の原因がわからなくてなあ。」

   「あの倉庫に紙が残っているはずでは?」

と沙姫が質問すると青木は

   「それがないんだ、探してもいまだ見つかっていない。」

と首を振る

   「刑事さんが自分の目で見たんだからそれでどうかならないの?」

沙夜が続けると青木は言う

   「それこそ君たちの超能力と一緒さ、誰も信じてくれない、実際に紙から火を

    噴きださせない限りね。」

さらに

   「今日は君たちの意見を聞きたくてね。」

   「去年の封筒の事件とこの事件は共通しているしてると思わないか?」

沙姫が

   「同じように魔法のようなものを使っているわ。」

沙夜が

   「絶対、陰で手を貸している人が居る。」

しかし、そこから先は3人の憶測おくそくにとどまった。

 的を得ているとも知らず・・・









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