第1話 4通の封筒

 東海北高校高校は、朝宮あさみや町の東隣の町、朝倉あさくら町の丘陵地きゅうりょうちの中腹にあった。

 高校の周辺には畑や水田が点在するものの、全体的に新興住宅街に囲まれている。

 沙姫と沙夜、姉妹が住む舟戸ふなど家は、高校から歩いて15分ほどの所にある。

 舟戸家は、新興住宅の中にあったが、朝倉町に古くからある家である。

 舟戸沙姫と舟戸沙夜は、市外のレベルの高い進学校へ進む学力があったが

家から近いという理由で東海北高校へ通っている。

 2年4組の舟戸沙姫は、クラスの中で明るく人気がある。

 そして。校内ではエースパイロットとして有名である。

 彼女の足元には、同級生、上級生、下級生問わず、恋する男子の討ち死にしたしかばねが転がっていた。

 一方、1年2組の舟戸沙夜は、目立たないというより入学して2ヶ月経っても友人がいなかった。

 しかし、校内で有名である。

 入学時から沙姫の妹であることとその容姿で全校中の注目を集めた。

 アプローチする男子も少なからずいた。

 沙姫と異なり沙夜は、男子の誘いを断らなかった。

 つまり、その全員と付き合ったのである。

 その結果は散々なもので彼女と交際を続けられる者は、誰一人いなかった。

 彼女との会話についていけないのである、粘る者もいたが心を折られた。


 クラスの中で沙夜の席の前の席には、古馬竜弥ふるまたつやが座っている。

 彼は少しぼーっとした感じのする生徒だが、何事も器用にこなす要領の良さを持っていた。

 休憩時間、竜弥は、突然、後頭部を突っつかれる。

 びっくりして振り返るとそこには沙夜のうっとりとした顔がある。

 竜弥は、沙夜の愛らしさにドキドキしつつも平静を装い

   「何?」

と尋ねると沙夜は

   「つい、頭の形が良かったから」

うっとりしたまま答え

   「俺の頭の形そんなにいい?」

竜弥は尋ね返す、それに対して沙夜は、

   「骨がね」

と答えると竜弥の頭の中は

   ????????・・・

考えることをやめ

   「ふーん」

と言い、会話を打ち切った。

 翌朝、竜弥は声をかける

   「おはよう!今日の俺の頭蓋骨(ずがいこつ)はどお?」

沙夜は挨拶を返す

   「おはようございます。素敵です。」

   「でも、頭蓋骨(とうがいこつ)とも言いますわ。」

二人に日常の会話はなかったが、奇妙なは続いた。

 この挨拶は、1年2組いや全校にとって異様な光景だった。

 廊下で1年3組の奏汰かなたが竜弥を呼び止める。

 奏汰は同じ中学校出身の友人である。

   「どうしたんだ、タツ、噂になっているぞ、あの舟戸沙夜とどういう関係なんだ。」

   「あれに毒されているんじゃないよな?」

竜弥は要領を得ない様子で言う

   「何を言ってるんだ、ただのクラスメートだよ」

奏汰は分からないのかといわんばかりに

   「クラスメートならあれと話しなんかしないだろ」

と訴えかける。

 竜弥は奏汰の剣幕に驚きながら、落ち着かせようと

   「だけだ、あとは何もないから」

となだめにかかるが

   「それが変なんだ!」

   「タツ、頼むから戻ってきてくれーーー」

奏汰はとうとう涙ながらに懇願こんがんし始めた。

 竜弥は困り果てながら、思考をめぐらす

   彼女は骨にしか興味がなくて、誰も彼女に付き合いきれないことは知ってる。

   朝の挨拶がちょっと変わったものであることも理解している。

   朝一番に見る彼女の笑顔は気持ち良い。

   彼女はかわいく見える、はっきり言って好みだ。

   俺はかれているーーー

   しかし、会話は成り立たないし

   そんなはずはーーー

考えはまとまらない。


 夕刻、住宅地の中の児童公園には少年が一人ベンチに座り、ほかには人影はない。

 1年3組の御厨史郎みくりやしろうはベンチにうなだれて座り、じっと動かない。

 時は過ぎ、夜闇よるやみが迫ってくる。

 すると闇の中から男が一人近づいて来る、残暑が厳しい9月上旬なのに男は黒いジャケットを着こみ汗一つかいていない。

 男は彼の前まで来ると名乗る

   「逢儀京司おうぎきょうじ、君は?」

御厨はうなだれたまま動かず、名乗らない。

 逢儀は続ける

   「まあいい、君の望みを叶えよう。」

その言葉に彼はピクッと動き反応を示す。


 9月12日、市内の竹やぶの中で女性の惨殺死体が発見された。

 被害者は東海北高校1年3組佐藤恵理さとうえりだった。

 高校では全校集会を行い佐藤恵理の死を伝えたが

その時には、うわさが校内を駆け巡った後だった。

 噂の内容は

   殺される前続けて意味不明の手紙が送られてきた。

   手紙は4通で3通が校内の下駄箱に入れられていた。

   最後の1通は自宅に届いていた。

   自宅に手紙が届いた時、佐藤恵理が友人に知らせていた。

   佐藤恵理は、腹を切り裂かれて死んでいた。

というものだった。


 9月8日朝、佐藤恵理は、下駄箱の中に白い封筒が入れられているのを見つける。

 封筒は普通の物で、恵理は

   ラブレターなら工夫が必要ね、これは期待できないなー

と思いながら、人目のない所へ行き、少し期待しつつ封筒を開ける。

 中には、意味不明な模様が描かれた紙が入っていただけだった。

   いたずらね

と恵理は決めつけ紙を封筒ごとゴミ箱へ捨てる。

 9月9日朝、恵理は、再び下駄箱の中に白い封筒を見つける。

 いたずらと思いつつも中をみると昨日とは異なる意味不明な模様が描かれた紙が入っていた。

 9月10日朝。三度、下駄箱で白い封筒を見つけると恵理はさすがに気持ち悪くなり、封筒を教室へ持ち込み友達に見せる。

 中身はやはり意味不明の模様が描かれた紙が入っていた

   「やだ、なにこれ」

   「いやがらせじゃないの」

   「気持ち悪い」

友達は口々に言い、結局、次に封筒が来たら先生に相談することになった。

 9月11日夜、佐藤恵理の自宅に白い封筒が届く

恵理は、困惑する

   どうして家まで

   どうして、どうして、どうして・・・

   キモイ、キモイ、キモイ・・・

   どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・

恵理は、動揺したまま白い封筒を見せた友達の一人にスマホで電話した。

   「家に来ちゃったよー」

   「どうしよう、もう嫌だー」

友人は、恵理が混乱しているのを感じつつ尋ねる

   「来たって、あの封筒?」

恵理のすがりつくような声が聞こえる

   「そう、どうしたらいい?」

   「家、知られちゃったよー」

友人は、落ち着かせようと答える

   「何も言って来ていないでしょ、いやがらせだけかもしれないよ。」

   「今は、お父さんとお母さんに相談しようよ。」

少し落ち着いた恵理は

   「・・・うん、ありがとう、またね。」

と言い電話を切った。

 恵理は両親に相談しようと白い封筒を手にする。

 しかし、その前に封筒を開ける。

 いや、開けてしまった。

 恵理が、両親に白い封筒のことを相談することはなかった。

 恵理は部屋着のまま、サンダル履きで玄関を出ていく、恵理の部屋には、白い封筒と紙が落ちていた。

 紙には意味不明な模様が描かれている、他の3枚の紙と異なるのは、一言書かれていた

   築山公園つきやまこうえんに来い

と・・・

 佐藤恵理は、夜道を歩く、まるで魂が抜けているかのように無表情にゆっくりと静かに、やがて築山公園にたどり着く。

 築山公園は、恵理が子供の頃、よく遊んでいた小さな公園で竹林ちくりんに隣接し夜は薄暗い

   「よお」

声を掛けられ恵理は我に返った。

 前には、公園隅の街路灯を背に御厨史郎みくりやしろうが立っていた。

 御厨は自宅が割と近く、小学校からの知り合いであり、9月の初め、ふった少年であった。

 恵理は、先ほどまで家の中にいたはずなのに知らないうちに公園の中に立っており

前に御厨がいることに驚き慌てた。

   「私どうしたの?」

   「御厨、あんた何をしているの」

   「なんなのこれ」

御厨は、恵理を落ち着かせようと

   「佐藤、大丈夫だから」

   「話を聞いて」

   「もう一度、僕のこと考え直して」

と言いながら、手をつかむ、すると

   「いやーーー、離してーーー誰か、助けてーーー」

叫び始める。

 恵理は突然ショックを受け昏倒こんとうする。

 御厨は左手にスタンガンを持っていた。

 恵理を何とか担ぎ上げると重さに耐えながらふらふら竹林に入って行く、人目につかないように・・・


 恵理は、口にぬらっとした感触で目を覚ます。

 眼前に御厨の顔があり、とっさに逃げようとしたが体が動かない、仰向けに横たわる恵理の上に

御厨が覆いかぶさっている。

 不快感から力任せに抵抗した恵理は、御厨から抜け出すことに成功し、駆け出す。

 しかし、暗い竹林の中を走るのは不可能だった。

 すぐ足を取られ転び、倒れこんでしまう。

 倒れこむ恵理に御厨は話しかける

   「好きなんだ。」

   「諦められない。」

   「僕のことを考えてくれ」

これに対し恵理は、激しい拒絶で反応する

   「無理、無理、無理、無理、無理、無理、ーーーーー」

   「あんた、キモイのよー」

御厨は、体中で何かが外れるのを感じた。

   お前は僕のものだ

   前からずーっと、ずーっと、ずーっと想っていたんだ

   手に入らないならいっそ・・・

恵理の服が生暖かいもので濡れていく、腹には御厨が掴んでいるナイフが刺さっている。

 人のものとは思えないような叫びが恵理の口から発せられる。。

 御厨は、これまで感じたことのない高揚感こうようかんに包まれながら手に持つナイフを操る。

 しばらくして竹林は元の静けさを取り戻す。


 東海警察署では、佐藤恵理の殺人事件について捜査本部が作られていた。

 変質者との照合や佐藤恵理の家族や関係者からの聴取などが行われ

特に封筒の中の紙を見た友達は、重要な参考人だった。


 警察の捜査が続き、教師も生徒も動揺と不安が織り交ざるさなか

9月15日朝、例の白い封筒が届けられる。

 1年5組の鈴木尚子すずきなおこは、下駄箱の扉を開け中に封筒を見つけると驚きのあまり、声もなく、その場に腰砕こしくだけ座り込む。

 校舎出入口付近を見張っていた数名の教師が異変に気づき駆けつける。

 教師たちが鈴木尚子を助け起こそうとすると彼女は、震えながら自分の下駄箱を指さす。

 そこには、話に聞いていた白い封筒があった。

 教師たちの中の一人が警察に通報する。

 警察に通報した教師は、警察から封鎖や下駄箱に触らないように指示され、警察が来るまで誰も封筒に触れなかった。

 駆け付けた警察によって校舎出入口は、黄色いテープで囲まれ封鎖され、鑑識が写真を撮り、下駄箱の中の封筒を回収する。

 そして、後から登校した生徒たちが下駄箱を使えないため、1限目の授業は中止となった。

 鑑識によって、封筒は慎重に開封され、中に入っている紙が1枚取り出される。

 その紙には丸い円の中に梵字ぼんじのような模様が描かれていた。


 夕方には、校舎出入口には監視カメラが取り付けられた。

 翌日、鈴木尚子は学校を欠席した。

 その後、封筒が届くことはなかった。

 学校は、次第に落ち着きを取り戻していく。

 10月4日、1時限目と2時限目の間の休憩時間、古馬竜弥は後ろの席にいる沙夜に後頭部を突っつかれる。

 竜弥が振り返ると、沙夜は自分の唇に右手の人差し指を近づけてシーッと静かにするポーズをしている。

 次に沙夜は机の中から白い封筒をこっそりと取り出し

   「来ちゃった。」

と竜弥に小声で言うと封筒を開け、中から紙を取り出し、二人で紙に描かれた模様を見ると、人に見られないように直ぐ封筒と紙を机の中へしまい込む

   「何の模様だと思う?」

沙夜が尋ねると丸い円の中に梵字ぼんじのような模様を見た竜弥は

   「よくわからないけど、おまじないのような感じがする。」

と答え、さらに沙夜が落ち着いているどころか、何か良いことがあったような雰囲気に戸惑いつつ

   「先生に言わなくてもいいの?」

と聞き返す

   「誰にも内緒にしてね、約束」

竜弥は、約束しながら

   骨以外のこと話したの初めてだな

と思いながら沙夜に危険が近づいていることに複雑な気持ちになる。

 その夜、舟戸家では、沙夜が姉の沙姫の部屋に入って、沙姫に封筒を見せる

   「良い物が来たわ、沙姫。」

沙姫は封筒を見ると良いことでもあったように答える

   「楽しくなりそうね、沙夜。」

   「で、どお?」

さらに首尾について沙夜に聞く

   「知っているのは、私たちとクラスの男子一人だけ、内緒にするように約束し

    たわ、沙姫。」

沙姫は考えを巡らせ

   「証人はいた方がいいわね。」

   「その男の子は彼氏?沙夜。」

と言うと沙夜は

   「クラスメートよ」

   「クラスで一人だけ話をしてくれるの、古馬竜弥という子よ、沙姫。」

その後二人で紙に描かれた模様について考えるが答えは出なかった。

 10月5日、また、竜弥は沙夜に後頭部を突っつかれる。

 また、沙夜に白い封筒が届いたのだ、封筒は下駄箱ではなく、沙夜の机の中に届いている。

 沙夜と竜弥は、昨日と同じようなやり取りをした後、沙夜が確認する

   「封筒を開けた時、何か匂わなかった。」

竜弥は、細かく見ているなと感心しつつ

   「うーん、気づかなかった。」

と答える。

 10月6日朝、3通目の封筒が届けられた。

 沙夜と竜弥は、封筒を開ける時の匂いに注意しつつ、封筒を開ける。

   「匂いした。」

   「少し甘い匂いね。」

と話し合い、中から紙をとりだして見る。

 たまたま、早く教室に来ていた担任の山中先生は、二人のやり取りを見つけギョッとする。

 そして、直ぐほかの生徒に知られないように生徒指導室へ連れていく。

 生徒指導室で30分位待たされた後、応接室に場所を移す。

 応接室には担任と教頭がおり、沙夜と竜弥の座った所の正面には、教師ではないスーツ姿の中年男性が座っている。

 男性は、名乗りながら訪ねる

   「東海警察署の青木です。」

   「封筒をもらったのは、どちらかな?」

沙姫が、軽く右手を上げ

   「私です。」

と答える。

 青木は、沙夜の落ち着いた態度を不審に思いつつ沙夜に向かって

   「舟戸さんでしたね。」

   「封筒を見せてくれませんか。」

話しかけると

   「お断りします。」

と予想外の返答が返ってくる。

 青木は反応に戸惑いつつも理由を聞く

   「どうしてですか?」

沙夜は

   「私の物だからです。」

   「せっかくの手紙ですから大切にしなくてはなりません」

と言い放つ。

 青木は、担任に聞く、

   「本当に例の封筒だったのですか、見たのですか?」

山中先生は

   「確かに見ました。白い封筒と丸の中に模様のある紙でした。」

   「古馬から舟戸に行ってくれ。」

   「お前ら仲いいんだろ。」

青木に答えるとともに竜弥に頼み込む

竜弥は、いつの間にか仲良し認定されていると思いつつ、沙夜を説得できるか考え

   「無理です。」

と結論付ける。

 話が進まないまま、学校から連絡を受けた沙夜の母も駆けつける。

 事情を聴いた母は、封筒の件に驚きつつも沙夜のことについては

   「娘が決めることですから」

と娘の味方になる。

 竜弥はこの間、沙夜に迫る危険について考える

   犯人はなぜ4通も封筒を出す

   3通の封筒は学校に届く

   最後の4通目は自宅に届く

   3通については意味不明の模様だけ

   封筒の中には、気づかないような匂い

   4通目の内容については知らない

   何らかの方法で呼び出す

   模様と匂いがセットなら・・・

そして、気づく

   相手が封筒を開け紙を見ることで用を果たしている、もう用済み

かたくなに拒否を続ける沙夜に竜弥が話しかける

   「もうらないじゃないの。」

沙夜は、少し考えて、封筒を青木に渡す。

 封筒は警察に提出することになった。

 しかし、沙夜への聴取は進まず、青木が聞いたのは、封筒が朝、机の中に入っていたことだけで、何通目かも分からなかった。


 10月7日、朝、沙夜の机に封筒は届いていない。

 東海警察署では、舟戸家を張り込むことになった。

 舟戸家は、朝倉町の中でも広めの敷地であり、敷地の周りは木製のへいで囲まれ

正面は木製の両開き扉があり正門に向かって右側に脇戸わきどがあった。

 また、正門の両開き戸は車の出入りのためかあけ放たれており、ポストは脇戸の左隣に塀に埋め込む形で取り付けてあった。

 警察官が2名は、このポストが見える位置で少し離れたところに車を止め見張っている。

 夜になり、暗がりからパーカーのフードを被った人物が現れ、舟戸家のポストに何かを入れる。

 警察官たちは静かに車を降り、その人物を確保すようとするが、入れ替わりどこにいたのか古馬竜弥が現れる。

 竜弥は、沙夜を止めるか、犯人の所へ一緒に行くつもりで、舟戸家の向かいの家の駐車車両の陰に身を潜めていた。

 そして、誰かがポストに白い物を入れるところを見て、舟戸家の門から中に入り、ポストから白い封筒を取り出す。

 だが、竜弥は封筒を開け、紙を見ると、その場に封筒と紙を落として、外へとゆっくり歩きだす。

 警察官たちは、竜弥の行動に邪魔され、パーカーのフードを被った人物を見失う。

 彼らは、車の無線機を使ってパーカーのフードを被った人物を手配し、封筒を回収するため舟戸家を訪れる。

 応対に出たのは沙夜の両親で、封筒はなく、沙姫と沙夜の姉妹も居なくなっていた。


 沙姫と沙夜は脇戸の左隣、つまりポストの上に取り付けられているインターホンのモニタカメラを使って監視していた。

 二人は、黒い影が近づき、マイクがポストに物を入れる音を拾うのを確認する。

 そして、こっそり勝手口かってぐちから外に出て正門へ行くと竜弥が外へ出ていくところであった。

 二人が紙を拾い見ると模様が描かれている以外に

   七曲公園上ななまがりこうえんうえに来い

とプリンターで印刷したような文字で書かれていた。

 沙夜に佐藤恵理や古馬竜弥のような変化は現れなかった。

 沙姫と沙夜は、それぞれミネラルウォーターのペットボトルが入ったウエストポーチを着けると

勝手口から裏側のくぐり戸を使い外へ出る。


 七曲公園は東海北高校の近くにあり、付近では一番大きい公園で丘陵地の斜面を使って作られており、下に大きい広場があり、公園の西端は展望の良い高台になっておりうえと呼ばれている。

 高台と広場は崖のような急斜面でへだたれ、公園端の坂道でつながっている。

 最初に古馬竜弥が公園うえにたどり着き、無表情に魂が抜けたように立つていると

いきなり彼に黒い影が襲い掛かり昏倒こんとうさせられる。

 黒い影だったのは、フードを被った人物で手にはスタンガンを持っている。

 間もなく、沙姫と沙夜が微笑みながら坂道を歩いて上がってくる。

 上に到着すると沙夜の顔から微笑みがなくなり、大きく目を見開く、竜弥が倒れている。

 沙夜は竜弥に駆け寄ろうとするとその隙をつくようにフードを被った人物が突っ込んでくる。

 沙姫が人物の背後を取りパーカーを掴み引っ張ると直ぐに離しバックステップする。

 フードを被った人物は、スタンガンを持った手を後ろに振るが、沙姫はすでにそこにいなかった。

 そして、フードがめくれて御厨史郎の顔があらわになる。

 御厨はすわった目をしているが口元はニヤついている。

 沙姫は

   「あら、素敵な顔。」

と思ってもいないことを言う。


 沙夜は、御厨のことは眼中になく、竜弥を調べる

   出血はない

   呼吸はある

気絶しているようなので

   生きている

と安心するが頭を打っているといけないので動かさないようにする。


 御厨は得物をスタンガンからナイフに替えて、沙姫に切りかかっている。

 沙姫は徐々に後退し後ろには急斜面が近づいている。

 はたから見ると沙姫が追い詰められているように見えるが、御厨の息が上がっているのに対して、沙姫は余裕の表情である。

 うえはしまで来ると御厨は沙姫を上から切り裂こうと、右手に持ったナイフを大きく振り下ろす。

 沙姫は、御厨の右手首を右手で掴むとナイフを体の外側に外すとともに御厨の前へ行く力を殺さないまま

かがみこみながら御厨に背中を向け、彼の体を自分の背中に乗せ跳ね上げてその体を地面にたたきつける。

 しかし、そこは地面はなく急斜面であった、御厨は投げられた勢いのまま斜面を転げ落ちていく

御厨は下まで落ちると動かなくなる。

 そこへ、手配の人物を探している警察官が通り、探し物が落ちていることに気づく。

 それを見た沙姫は

   「まぁ、ここまでね。」

と残念そうに言う。

 やっと竜弥が目を覚ますと沙夜は

   「生きていたのー、残念。」

と心にもないことを言う

   「厳しいなー」

と言いながら、体を起こそうとすると沙夜は慌てて

   「動いちゃダメ、頭打ってるかもしれない。」

と押し止める。

 竜弥は、沙夜の態度に可笑おかしさを感じ、普通の会話もできるなと思う。

 沙姫が、竜弥に声をかける

   「あなたが古馬竜弥君ね、ちょっと聞くけどナイフとか凶器持っている?」

竜弥が

   「持っていない。」

と答えると

   「それならいい。」

と沙姫は用件は済んだかのように言う。

 下では、警察官が集まってきている。

 沙姫は手を振る、警察官に気づいてもらえるように・・・

御厨は死んでいなかったが全身打撲で骨も折れているかもしれなかった。

 2台の救急車が御厨と竜弥を病院へ運ぶ。

 沙姫と沙夜は警察署に行き、事情を話す。

 二人の話は

   インタホンのモニターカメラで確認して外に出ると古馬竜弥が正門から外へ出

   て行った。

   ポストの下には開封した封筒と「七曲公園上に来い」と書かれていた紙が落ち

   ていた。

   七曲公園の上に行くと古馬竜弥が倒れており、突然、パーカーの男にナイフで

   襲われた。

   沙姫がおとりとなって男から逃げているうちに急斜面まで追い詰められた。

   沙姫がとっさにしゃがんだら男はバランスを崩して急斜面を転げ落ちた。

   沙夜は古馬竜弥の介抱をして、彼は警察官が到着したころ目を覚ました。

というものだった。

 深夜になったこともあって、二人は後日詳しい話をすることになった。

 警察まで迎えに来た二人の父は、帰り道を運転する車の中で沙姫と沙夜に話しかける

   「万が一のことはないだろうけど、荒事はなるべく避けてくれ。」

二人は声をそろえて言う

   「分かっています、お父様。」


 古馬竜弥は一晩入院することになった。

 病院には青木刑事がやってきた。

 しかし、竜弥には舟戸家で封筒を開けた時から七曲公園で舟戸姉妹に会うまでの

記憶が全くなかった。

 竜弥は退院後、警察署で再度事情を聴かれた後、舟戸家への不法侵入と

届け物。つまり封筒の損壊のため反省文を書かされた。


 数日後の休日、竜弥は、沙夜に自宅に招かれる。

 沙夜の部屋には、沙夜と竜弥のほかに沙姫もいる。

 沙姫が話し始める

   「この前は挨拶もできなかったから来てもらったの。」

   「私は舟戸沙姫、沙夜の姉です。よろしくね。」

   「舟戸ではまぎらわしいから沙姫、沙夜と呼んで。」

沙夜が続ける

   「私、竜弥と呼ぶから沙夜と呼んで。」

竜弥は、頭の中に沙夜と竜弥と呼び合う二人の姿に狂乱を起こすクラスメートの姿と

背を向け去っていく友人奏汰かなたの姿を思い浮かべつつ

   「沙姫先輩と、さ、沙夜でいいですか?」

と尋ねると沙姫は

   「いいわよ。それともお姉さんて呼ぶ?」

とからかい、竜弥はあたふたする。

 沙夜は、冷静を装いつつ

   「挨拶はもういいでしょ。」

   「本題を始めたいわ。」

と話を進めようとする。

 沙姫が話題を変える

   「どうして、竜弥君は一人で公園に行ったの?」

   「操られたりしたの?」

竜弥は

   「公園へ行くまでの記憶がありません。」

   「封筒の匂いと紙の模様に催眠効果のようなものがあったと思います。」

と考えを述べる

   「犯人一人で全部できたと思えないわ。」

沙夜が続けると竜弥は質問する

   「ところで、4通目の封筒の中はどうだったのですか。」

   「封筒を開けたところから記憶がないので・・・」

沙姫は

   「あれは警察に提出してしまったわ。」

   「紙には模様と七曲公園上に来いと書いてあったわ。」

   「そういえば、沙夜に影響なかった?」

と質問に応じつつ、沙夜に聞く

   「影響なかった、たぶん封筒を開けた時いなかったから、まるで魔法みたい。」

沙夜は言う。

三人の話し合いの結果は

   視覚と嗅覚に作用する魔術のようなオカルトじみた方法でおびきだしたこと

   犯人以外に第三者がいるかの可能性が高いこと

   犯人が殺人を犯した理由は分からない

であった。

 休み明けの1年2組は、竜弥、沙夜と呼び合う二人に騒然そうぜんとなり、竜弥をあわれんで手を合わせる者まで出た。

 その日、警察は殺人事件の犯人逮捕を発表したが、犯人は少年のため氏名を伏せられていた。


 沙姫、沙夜と竜弥の3人は応接室に呼ばれた。

 応接室には、東海警察署の青木刑事が来ていた。

 青木は

   「こんにちわ、今日は聴取でなくて、意見を聞きたくて来たんだ。」

というと、沙姫が代表して

   「私たちの意見ですか?」

質問すると青木は

   「犯人は、骨折で入院して・・・」

突然、骨折という言葉に沙夜が食いつく

   「骨折!どこの骨ですか!!」

勢いに押されて青木が

   「み、右前腕だ」

を答えると沙夜はさらに前のめりになって

   「橈骨とうこつそれとも尺骨しゃくこつ!どっちなの!!」

と追求すると青木は

   「そこまでは分からん、なんでそんなに詳しいんだー」

と悲鳴を上げたい気分になりながら言う。。

 沙夜が落ち着くのを待って、青木は再度話を始める。

 青木の要件は、犯人が被害者を呼び出した方法がはっきりしないので

当事者の意見を聞きたいということだった。

 3人は集まってそのことを相談したことを説明し

   視覚と嗅覚に作用する魔術のようなオカルトじみた方法でおびきだしたこと

   犯人以外に第三者がいるかの可能性が高いこと

を話した。

 話を聞いた青木は

   魔術というのはあれだが、薬物による幻覚げんかくか・・・

と考えを巡らせながら3人に礼を言って話を打ち切った。

 応接室を退出する際、同席していた担任が竜弥の肩を軽く叩き

   「大変だな、がんばれよ。」

と小声で言う。

 沙夜と竜弥の中は担任に誤解されているようだった。


 御厨史郎は入院中の時から

   佐藤恵理殺害とその方法、理由

   白い封筒を出した件

   舟戸姉妹と古馬竜弥を襲った件

の全てを認め話している。

 4通の白い封筒を使った訳と被害者たちをおびきき出した方法を除いて・・・

 御厨は退院後は警察署の調べ室で聴取されていた。

 刑事は辛抱強く白い封筒を使った訳と誘き出した方法を聞き出そうと粘りながら

   まさか、来いと書かれた手紙で夜中に一人でノコノコ行くやつ居ないよな

   いや、舟戸姉妹以外には居ないかー

と考え、一つ疑問に突き当たる

   この手間のかかることを一人でやったのか

と・・・

刑事は彼に

   「本当に一人でやったの、誰かかばっていない?」

と質問する

   「一人です。」

さらに

   「誰か居るんじゃないの?」

と聞くと彼はいらだつように

   「居たらどうするの?」

と質問で返すと突然、苦しみだした。

 刑事は慌てて助けを呼ぶ。

 御厨は、まだ話していないのに、なぜ?と苦しみに耐えるが

段々と意識が遠のいていった。

 警察に救急車が駆けつけるが既に遅かった。



 別れ際、逢儀京司おうぎきょうじは、御厨に彼の胸を指さし、文字を書くように動かしながら

   「もし、私のことや術のことを話したら、君の心臓は止まる。」

   「よく覚えておいて欲しい。」

と告げていた。









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